ちょっと大阪からママチャリで神奈川まで帰った話

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「俺、コレで帰っていい?」

「はっ??」

夏の暑い日、僕は大阪にいた。
彼女と付き合い始めたのは、その年の1月。中学からの幼馴染で、一度付き合ったこともあるが、一方的にフラれ7年がたった。ようやく訪れたチャンスに人生をかけてアタック!!


それからは、僕は東京、彼女は大阪と世間一般的に言う遠恋の始まりだった。

月に一回は交互に行き来し、連絡はお互いウィルコムで毎日取り合った。

そして初めての彼女の誕生日(7/21)に、、彼女の職場の同僚の方々にパーティーを開いてもらい、サプライズゲストで登場するという何ともアホなことをやっていた。
このパーティーには3ヶ月の準備期間を要した。まったくもってアホである。


それから、長い長い夏休みを一緒に過ごしていた。



仕事??



もちろん彼女は毎日仕事に行っていたよ。僕もちゃんとそれを部屋で見送っていた。何の問題もない。

彼女は大阪の梅田という、とても有名な街で美容室のレセプションをバリバリとやっていた。僕が言うのもなんだが、仕事がデキる女性だ。

夕方、自転車で迎えに行って、二人乗りで帰ってきたりしながら、付合いたった1ヶ月で終わってしまった失われた青春をもう一度噛み締めていた。


離れているからこそ、一緒にいられる時間がとても充実していて、一つ一つが思い出になっている。

今はあまり思い出せないが...


しかしながら、いつまでも一緒にいられるわけではない。そう、別れというものは遅かれ早かれ必ずやってくるのである。そう金八先生が言ってました。


そして、帰ると決めてからあることを思いつきました。


どーせ帰るなら、自転車で帰ってみよう♪


えーえー、どーせバカちんですよ(´Д` )

でも絶対後後に話のネタになるって思いましたもん。その時点でスイッチ入っちゃって、ヤル気満々!!

日本一周とかいいんです。皆やってるから。


ちょっと彼女のうちから自転車で帰る距離が

人より長いだけ。

という方が、個人的に面白かったので、


「俺、コレ(彼女のママチャリ)で(東京)帰っていい?」


当然で、コイツ急に何言い出してんの??的なリアクション。
うむ。そりゃそーだわ。だって


確実に昭和の自転車だもん。

え?ギア?って何?


状態ww


ご近所を大根ぶっさしてブイブイいわせるのには最高の一台。現にそーやって彼女は普段使いをしていたのだから、自転車の方からしてもまさか、半径5キロ圏内を軽く突破していく旅なんか想定されて作られてない。


ママでもない人間を乗せて、長距離移動なんて屈辱だ!!


と言わんばかりの抗議にあった。

という夢はまだ見ていない。


もちろん、驚いたのはチャリだけではない。いや、チャリが驚いていたのかは知る由もないのだが。


彼女も必死で考え直せと訴えてくれたが、行くと決めたら行く性格なので、それをよく理解してくれて

「じゃあ、地図をプレゼントするから、ちゃんと無事に帰ってよ。」

と、5000円ぐらいの分厚い日本地図を買って手渡してくれた。

止めて、怒って、バカじゃないかと訴えられたら、さすがに嫌われたくないので、考えたかもしれない。え?意思弱えーなって?

そりゃそーですよ。何が大切かってことですから。

けれど、そんなことは絶対言わないって思ってたから、多分行こうとも思えたんだろうと思う。ありがたい。

出発の朝。

僕はリュックと寝袋と日本地図をもって、1万円を握りしめ出発した。

1万円??

それを少ないと取るか、多いと取るかは、あんたの冒険心の大きさだろ( ̄ー ̄)?←イミフ



別れの間際、彼女が涙ぐんだのには少々ヒヨったが、

「気を付けてね...」

と、送り出してくれた。


気分はワクワクドキドキ、まだ知らない自分へ会いにいくために、知らない土地を見るために、僕は大阪を東へとこぎ始めた。

読んでよかった
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門田 隆稔

山奥の木造の小学校跡を宿泊施設にした、ほっと平山で奮闘中!!

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