海外で起業を目指してみたものの、、、、

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簡単な自己紹介。

僕、昨年11月に楽天を退職。
楽天には、7.5年在籍した。入社したのは2005年。楽天が、プロ野球チームを作った年。僕は、営業で新人賞を取り、楽天市場の仙台拠点の立ち上げメンバーに選ばれた。
営業で新人賞を取ったとはいえ、まだ新卒1年目。部署は、自分1人。何をどうして良いかわからなかった。地方拠点で、どう営業しても良いかわからないまま、結果を残せず、東京に戻された。
営業から企画に異動になり、僕は入社3年目になっていた。仕事のほとんどが事業立ち上げだった。権限も仕事の内容も決まっていない混沌とした職場が大好きだった。担当するサービスは、スタートダッシュに失敗して、途中から自分が登板するという仕事だった。ほとんど、やりたい人が居ない仕事で押し付けられるような形で担当をすることになった事業だ。
楽天の発行するポイントをばら撒けば、サービスが簡単に立ち上がるとみんな思っている。実際は、そんなことはない。ポイントをばら撒いて、ほとんどの新規事業が失敗する。そのタイミングで送り込まれることが多かった。あるサービスでは、TSUTAYAさんをネット経由の単月の申込数で追い越し業界で首位に立ち、あるサービスでは、自分の加入前に比べ単月の申込数で80倍にし、3年で黒転した。
事業を立ち上げるというのは、いつも戦争だった。死ぬほど大変。でも、それ以上に自分の加入によって、大きく事業を伸ばすというのは快感だった。大きな事業では出来ない挑戦的な取り組みを実施し、結果を出せた。不振のタイミングで加入するので、失敗してもほとんど責任は問われない、自分にとってはリスクのないチャレンジだった。楽天を辞める最後の頃、僕の企画は1年で3回、社長である三木谷さんに成功事例として報告されるなど、僕は企画職として結果を残していた。

転機

30歳を超え、ベンチャーで成功する同世代が目立つようになる。コミュニティファクトリーの松本くんとの出会いは衝撃的だった。自分と同い年で、同じ大学なのに、すごいやつが居ると思った。彼は、ヤフーに自分の会社を10億で売却するなど、大成功をしていた。
その他にも同い年の成功している経営者が羨ましかった。今から考えると、甘すぎる判断だが、自分でも起業は簡単に出来ると当時は思っていた。
僕の家業は、和菓子屋だ。食べログの評価は、4.0程度あり、3年連続で食べログベストスイーツを頂戴している。その頃からワイアードカフェを運営するカフェ・カンパニーさんとのお取引が始まった。彼らが、うちのお菓子を飛ぶように売ってくれた。実家のお菓子を使って、何かが出来ないかと思った。

決意

日本で廃れつつある和菓子を、海外で再ブランディングして、日本で復活させるという目標を掲げ会社を辞めた。
親日な国なら和菓子を文化として根付かせることが可能だと思った。大学の友人が、台湾でカフェをやっていることもあり、僕は台湾に行くことにした。その友人のカフェの近所に、抹茶和菓子屋が大ヒットしていた。
ところが、台湾についての調査を進めたところ、台湾には日本統治下時代から残る和菓子屋がいくつもあった。さらに、和菓子の博物館もあり、和菓子はまったく新しい文化ではないという事がわかった。
日本では、うちも含め和菓子と洋菓子をミックスすることで成功するお店が多いが、台湾でもそのトレンドが来ていた。僕は洋菓子に和菓子のエッセンスを加える事を差別化として考えていたが、それが差別化にならない事に気が付かされた。台湾人経営の小林煎餅というチェーンがアジア圏で拡大を進めていた。彼らは人形焼からティラミスまで販売する。
台湾を断念し、どこで出店をすすめるか悩んでいたところ、北京でサッカースクールを経営する楽天の先輩に「台湾よりも中国の方がチャンスに溢れている。」とアドバイスをもらった。そして、僕は中国を見に行く事にした。

中国へ

想像以上の国だった。大気汚染、反日も気になったが、いたる所でみる建設中の建物、経済成長が目で見て分った。台湾よりも参入の余地が大きいと思った。僕は、進出先を台湾から中国に切り替えた。
先輩経由で、中国飲食業界の重鎮を紹介してもらい、幸いにして出店計画を進めていくことになった。そこで分ったことは、中国はリターンも大きいが、その反面、投資額も大きいことがわかった。たとえば、有名な所では、九州の味千ラーメンやシュークリームのビアード・パパが中国全土で600店舗あるそうだ。彼らは、中国が成長をし始めるタイミングで参入した。しかし、今からでは投資額は桁違いに大きい。
上海を中心に、急拡大中のある台湾系のドリンクチェーンがある。彼らは1号店をオープンして、半年で20店舗以上をオープンしたそうだ。1店舗3,000万円の投資だとすると、半年で6億円の投資をしたことになる。どれだけの日系企業がそこまでリスクを取れるだろうか。
中国への進出計画も暗雲が立ち込めていたものの、先輩経由のご紹介で日系の大企業がノーリスクで出店をさせていただけることになった。破格の条件だった。僕は、半年間、店舗オープンに向けて頑張った。しかし、残念なことに店舗オープンの2週間前に破談となってしまった。

日本へ戻る。。。。

中国での失敗のため、僕は日本で生活の基盤を作ることにした。楽天を退職して、もう9ヶ月が経っている。まだ、何も形ができていない。
先日、縁あってハワイに行った。アメリカの食べログYELPで5つ星を獲得した飲食チェーンのオーナーに気に入られ、共同事業を持ちかけられた。楽天時代身につけた営業力と英語力は錆びていなかった。
自分の実家もそうだが、人脈、ネットワーク、僕は素材を形に出来るだけのものを持っていない。ハワイで大評判の飲食店なら、第二のエッグスンシングスになる可能性を秘めているが、自分にはそれが生かせない。。。。
会社員時代、上司の意思決定に不満を抱いていた。経営判断、時間の使い方、多くの不満を抱いていた。しかし、意思決定はかなり難しいと気が付かされていた。自分は不満ばかりに目が行っていたが、不満を持っていない部分も会社は決めてくれていたんだ。
何でも出来る気でいたが、自分は何も出来ない事がわかった。

まずは、日本に基盤を作りたい。
和菓子を世界に広めるために!
読んでよかった
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IT系ビジネスのストーリーが多いなか、和菓子の世界戦略、楽しく読ませていただきました。
サラリーマン時代と経営者では得られる情報も異なるし、判断の仕方も微妙に違うと思います。頑張ってください!
面白かったので他のストーリーも少し読ませていただきました。
今後、どんな風に和菓子屋さんが拡大していくのか、楽しみです。和菓子好きとしても応援します。

ありがとうございます!!!頑張ります。

頑張って下さい。実店舗にはいろいろなハードルがあると思います。私も途上です。いつかアメリカで石井さんのお店に会える日が近いことを心から願っています。

ありがとうございます^^

こんにちは。今ドイツにいるのですが、ロシア人の友人が和菓子や餅アイスについて聞いてくるので、『?』と思っていたら、モチアイス、海外では雪見大福とは違う形で進化しているようで。。。検索したらハワイにもモチアイスの店があり、友人はウクライナのこの店(http://www.itisflowerscafe.com/en/cafe/desserts.html)のライセンスを問い合わせ中とのことで、この店大人気だそうです。
ということで餅に可能性を感じる今日この頃です。和菓子、行けますよ!せんべい・あられも良いのではないかと。頑張ってください!!

ありがとうございまっす!!

石井 勝也

1981年生まれの32歳。 2005年に楽天に新卒入社。楽天市場の仙台拠点の立ち上げ、新規サービス3つの立ち上げを経て、2012年11月独立。 現在は、インターネットの仕事で生活費を稼ぎつつ、和菓子を世界に広げるべく、日々頑張っています。

石井 勝也さんが次に書こうと思っていること

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石井 勝也

1981年生まれの32歳。 2005年に楽天に新卒入社。楽天市場の仙台拠点の立ち上げ、新規サービス3つの立ち上げを経て、2012年11月独立。 現在は、インターネットの仕事で生活費を稼ぎつつ、和菓子を世界に広げるべく、日々頑張っています。

石井 勝也

1981年生まれの32歳。 2005年に楽天に新卒入社。楽天市場の仙台拠点の立ち上げ、新規サービス3つの立ち上げを経て、2012年11月独立。 現在は、インターネットの仕事で生活費を稼ぎつつ、和菓子を世界に広げるべく、日々頑張っています。

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