Hi-STANDARDの音楽に魅せられた中学生が15年後ライブハウスのブッキングマネージャーになった話

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Hi-STANDARDとの出会いは中学1年生。

そのころ頃俺は既に音楽が好きでギターもそこそこひけて、親父の影響でベンチャーズやフォークソングや当時流行ってたGLAYなんかをひいたり歌ったりしていました。

自分のまわりにはこの頃から音楽が好きな友達がたくさんいた気がします。

テンポもミディアムでなんならバラードが好きだった!

5歳から続けていたピアノの教室にその日も行こうと準備していた。小さい頃はマジで泣きながら練習して、いやいややっていたピアノも、この頃にはなんか楽しくなってた。

支度をしてる時に、数時間前に親友のエージが貸してくれたCDを聴いてみたくなった。

『これ、兄貴が貸してくれたんだけどやばいぞ!ハイスタって言うらしい!』

ふーんと思ってかりたCDをコンポに入れて再生すると、

聴いた事無い歪んだギターリフ、やばい歌声、半端じゃないドラム、そしてとにかく早い!!

震えが止まらなかった事を今でも覚えてる。

むしろ思い出すと今でも震える。

【ANGRY FIST】は今でも自分の一番大切にしてるアルバムです。

しばらく呆然としていたら、おかんが怒って

『はやくピアノ行きな!!!!』って入って来た笑

それからしばらくの間はハイスタしか受け付けない体になってました。

バンドをはじめる


中学生だからみんなそれなりに不良で、

タバコ吸って、茶髪にして、、お酒飲んで、、、

中学生らしい青春をおくっていました。

その当時自分の通っていた中学校は、世間的に"不良"がいっぱいいる中学校

(でも自分は真面目に塾に通っていた)

やっぱ不良は音楽が好きなんですね

みんなハイスタの虜でした

なんなら中学校のリレーでハイスタのCLOSE TO MEかかってましたからね

中学生はお金がないからよく町田の古着屋巡りに行っていました。

安くてカッコイイ服探すぞ!つって!

その当時の町田はカッコイイお店がたくさんあったんです。

今でも通っているのはSEEK&DESTROYですね!

よくPIZZA OF DEATHのバンTを買っていました!

中でも一番行ったのはディスクユニオンです!

わかる人にはわかると思いますけど、今から15年前の町田ディスクユニオンは、最高の場所でした。カッコイイパンク発信基地です。

今はSEEK&DESTROYの向かいのビルの1階にありますが、

昔は北口のマツキヨの裏にあったんです。すっごい小さいの!!!!!

よく中古のCDを買いに行きました!!

そのころBRAHMANやREACH、TROPICAL GORILLA、EASY GRIP、Short Circuit

等たくさんCDを買いあさり日々【メロコア最高-!!!】て叫んでました。

この頃の日課は部屋で"一人MOSH"です。笑

中学3年生くらいになるとメロコア、スカコア、ハードコア、ヒップホップ

とにかくかっこいい音楽を探すようになりました。

この頃は深夜に"Hang-out"てインディーズの番組がやってたんです。

あと雑誌だと"WARP"です!

そこで山嵐やSOBUTやBOMB FACTORY、MINOR LEAGUE等を知りました。

10年後自分の主催イベントに出演してくれるなんてこの頃は思ってもいないです。

この辺の事はあとで書きますね。

中学3年生の時はじめてバンドを組みました。

中学校の卒業式で演奏するためです。

EASY GRIPやMr.ORANGE、ゼリー等を演奏しました。

バンド名は【REVER BLOW】

いっちょまえにデビュー狙ってました笑

この頃はがむしゃらに練習してました。

はじめてライブハウスに行ったのも15歳中学3年生でした。

ライブハウスにはまる

高校生になりSLOTをはじめ、金銭的に余裕が出て来たのでライブハウスに通うようになりました。

その頃は町田PLAY HOUSEによく行きました。

とくにSOBUT、トロピカルゴリラ、SPREADのライブには必ずと行っていい程行きました。

そこでラバーソウルを履いた鋲ジャン着たモヒカンの兄ちゃん達にまぎれてモッシュしてました。

不思議と絡まれた事はありません。みんないい人です。

あ、本厚木で一度からまれました!!

その日はファジーに"鉄拳"と"宇頭巻"を観に行っていました。

今は"UZUMAKI"ですね!

いやーやばかったねーと友達とマックの前で座ってマックくってたら、

ヤクザが車から出て来て

『てめーらどこでマックくってんだよ!!』

と言われ

もちろん心の中では

【いや、ここマックだし】

と思いましたけど、こころの奥にしまいこみ

何発か弱いパンチをくらい暗闇に連れてかれそうになったから逃げました。

あの時のあいつらみつけたらぶっ殺します。

そんな感じで俺のライブハウス人生がはじまりました。

高校の軽音楽部に入部し、

1年生も終わりかけた頃、はじめて本気でバンドを組みました。

最初はB-DASHのコピーバンドでした。

すぐにオリジナルをやろう!!

と曲をつくりまくり、ライブハウスのブッキングにもたくさん出演しました。

たまにバンドを集めて企画をやるようになりました。

町田ACTさんが多かったです。

いろんなライブハウスに行っていろんな話を聞いて。いろんなバンドに出会って。

その頃から『ライブハウスで働いてみたい』て思うようになったのかもしれません。

高校生活も残りわずかだし、卒業見込みも出ないし、とりあえずバンドしかやる事がなかったのでライブハウスでバイトしてみたい!!ってテンションのみで履歴書もって町田のレンタカー屋さんの目の前のライブハウスに行きました。

したらそっこー受かったのでバイトさせて頂く事になりました。

受付やったり、BARカウンターに入ったり、照明をやったり、イベントを組んだり

はじめての事が多くてすごく刺激になりました。

朝から夜中まで、ライブハウスって夜だけ営業してるんじゃなくて、たくさんやる事があるんだなーと。つらいなーと。

そして高校を卒業しました。

"バンドマン"と"バンドやってる人"の違い

卒業後、高校生からやっているバンドも軌道にのりはじめ、

属にいう『いい対バン』『いいイベント』にたくさん誘って頂けるようになりました。

このころはブッキングライブで50〜80人くらい動員してましたからね!

今考えればそりゃ誘われますよね。笑

『いい対バン』『いいイベント』て若手バンドマン達はかなり重要な用語だと思うんです。

ブッキングライブって、名前も売れてないバンドが4〜6バンド集まってるライブハウス主催の毎日やってるイベントです。登竜門的な。

でもお客さんも呼びづらいし、お金もかかるし正直辛いんです。

でも

いつかあのイベントにでたい!

とか

あのバンドと対バンしたい!って思うんですよね!!

ブッキングの人が恐かったり、厳しかったり、間違いないアドバイスくれたり。

でもたまにライブハウスへの不信感が生まれたり。

終演後の清算でブッキングに1時間以上反論した事もあったな-...

そんな中で揉まれてバンドは成長して行くんです。

で!やっと『いいイベント』に出演出来ても、そこでまた試練が。

----打ち上げです----

ブッキングライブだと誰かが言わない限り、打ち上げないんです。

しかも打ち上げとかめんどくさいから終わったら帰りたいじゃないですか??

でもね、違うんです。

『いいイベント』に出ると違ったんです。

それまでは

"お酒の一気飲みは危ない!"

"痙攣しだしたらやばい"

違うんですね。バンドマンて。

そこで先輩バンドマンの方々や箱のスタッフさん

いろんな方と話しました。

【なんであんなに酒飲まなきゃ行けないんだよクソが!】

て俺も最初は思ってましたよ。

でもやっぱり違うんです、バンドマンって。

そーやってどんどんバンドマンになって行きました。

ターニングポイント

無事に二十歳を迎え、法的に何やっても良くなった頃、バンドが解散しました。

バンド歴4年くらいでした。

とりあえず音楽やりたかったしバンドがやりたかったので、いろんなDTMを勉強して自分でデモCDを作ってメンバーを探そうとしましたが全然見つかりませんでした。

PCに向かって家で泣きそうになっていると、一本の電話が。

今じゃとんでもなく売れている同い年のバンドマンからだった

(初期の代表作は『もしも』『人生出会い』等)

【知り合いのレコード会社の人が"面白い若い奴"探してるから会ってみない?】

面白い?若い奴??

全然良くわかんないけど、暇だし音楽のことが出来るならとすぐアポをとり、会いに行く事になった。

よくわからないのでいつも通りの、ダボダボの服に坊主にCAPと言う代表的なヤンキースタイルで都会へ向かった。

駅からしばらく歩き、怪しい倉庫街が広がり出した。


自分
怪しい。。

完全に怪しい。そして到着した先は小汚いがバカでかい倉庫だった。


自分
なんだここ・・・


ピンポーン


インターフォンを押し名前をいうと自動で扉が開いた。ボロボロなのに自動?なんなんだここ!

そして中に入るとそこにはすごい光景が広がってた!

レコード会社に就職

ぴっかぴかのでっかいフェラーリが飾ってあり、ぶち抜きの2階建てになっていて、真ん中には透明のエレベーター。めちゃくちゃでかいテレビに、マンガコーナー、BARスペースまである。そして奥の方からはREC中の音もする。

どうやら超VIPのレコーディングスタジオの用だ!

すると少し背の小さな関西弁のおっちゃんが出て来た!

M本さん
おーよくきたなーまぁ座りいやー

この少しちっちゃな関西弁のおじさん。

この人が俺の人生で出会えて良かったNO.1のM本さんだ!本当にいろんな事を教えてくれた。たくさんの出会いをくれた人です。

とりあえず座れって言われたから座ると、何も言ってないのにコーヒーが出て来た。はじめてだこんな場所。

終始ビビってたのを覚えてる。

そこからM本さんといろんな話をして、


M本さん
新人のスカウトを探してる。お前おもろいから明日、本社来いや。

ちなみにこの会社、知らない人が日本にはいないだろう超一流企業だった。

お笑いがメインだがレーベル業務に力を入れて行きたいって感じだった。

次の日、年に1回着るか着ないかのスーツを着て神保町へ向かった。

ちゃんと書き直した履歴書を持って。

バカでかいオフィスビルの入り口でタバコを一服し気持ちをおちつける。

入り口のきれいなお姉さんに、あのーとわけを話す。そして会議室へ通された。

すると、会社の中でも重要なポジションぽい人達が座っている。

あとでわかったんだけど、取締役、取締役、どっかの社長、M本さんだったらしい。

そして挨拶を済ませると、

【じゃあ今後の音楽業界をどうしたいか話して下さい。】て言われた。

えぇぇぇぇぇ無茶振りキター!!!!!!!!!!!!!

このとき自分、21歳になりたてほやほや。

こわい物なんて虫と幽霊くらいだ!そこで1時間だったか2時間だったか、今の音楽業界はクソだ!俺が変えてやる!!!てノンストップでやってしまった。。しかもホワイトボードまで駆使して。

というわけで受かった。笑

そこからはライブに経費で行きまくりデモCDを集めまくり、たくさんの土地にライブを観に行った。時には鈍行電車で地方に行き、最終新幹線に乗って、しかもくそ重たいビデオカメラを担いで。でも楽しかった。

月に1回のプレゼンの為に資料もたくさん作った。

このときPCも大体自力で覚えた。請求書のだしかたとかも!


STUDIO勤務

毎日毎日芸能人や大物ミュージシャンや会社社長とお話する日々がはじまった。

とても勉強になる事ばかりで刺激的な毎日だった。

ただ品川まで毎日車で通っていたし給料も多いわけではないので、想像の通り極貧生活だった。

電車がある時間には仕事が終わらないので。

仕事後もM本さんが業界のいろんな話をしてくれた。会わせたい奴がいるといってたくさんの"面白い人達"を紹介してくれた。

面白いっていうのは、お笑い的な事じゃなくて、

【こいつ(の人生)おもろいでー!】て事だ!

それなりにマジでキレられたり怒られたりたくさんしたけど、今いい思い出として残ってるのはホントに感謝してるって事だと思う。

この頃出会った某SNS会社の社長もいまだに連絡をくれる。

こんなただのライブハウスのブッキングマネージャーなんかを気にしてくれてるとても尊敬する人の1人です。

ある日、A&Rの上司に


上司
お前V.Aつくれ
自分
へ・・・?
上司
新録でディレクションしてV.Aつくれ!



マジか。遂にCD作れと言われた!!やってやる!!

大好きな地元バンドマン達にオファーし、

毎日夜中も働き詰めで、レコーディングエンジニアとあーでもないこーでもないと進める業務は楽しかった。そこでレコーディングの事も少しだけど学べたし、効率がいいRECのしかた、MIXとは、マスタリングとは、TDとは。音楽の仕事が少しわかった気がした。

CDが完パケしてからの、宣伝、流通、出版、入稿、ライブ制作

これも自分でやった。この頃の自分は頑張ってたとぶっちゃけ思う。笑

わからない事ばかりだから楽しかった。

このとき出来たCDが『HOMIES』

そのままイベントタイトルにした。

はじめてのイベントはクラブチッタ川崎

今考えると意味不明だ。1300人収容のデカ箱。

あの当時は何でも自分で出来ると思ってがむしゃらだったから、ブレーキがついてなかったんだと思う。もちろん死ぬ程大変だったし大赤字だった。

【もおイベントなんてやらない】て思った。

ライブハウスの世界へ

違うチームに入れと言われた。

たぶん出世的な感じだったと思う今考えたら。

でも音楽の仕事が出来なくなるかもしれない。

ここで5年頑張れば色々みえてくるだろうとかいろいろ考えたけど、音楽の仕事がしたかったので『やめます』と言った気がする。

ビジネスミュージックじゃなくてミュージックビジネスがやりたかった

(ここテストにでますよ!!赤線ひいて!!)

元からイベントを組むのが好きだったのでひょんな事からライブハウスで働く事になった。

この頃出会ったのが"絵描き"の女です。夢をみてるやつと夢の話したのはじめてかも知れない。

大事な仲間です。

今自分を支えてくれてるのは仲間の存在が全てですね。

それまでの自分は何でも1人でやれる!やってやる!!

頼れる仲間みたいな存在が一人もいませんでした。

でも今はたくさんいます。夢を語れる仲間が。

夢を叶えて、まだまだ先を見せてくれるやつらもいる!

あのオナナナーてバンドがそうですね。笑

なんだかんだM○Hには10代で出会っています。

軽音部時代です。

はじめてみたときバンドやめようって思いました。笑

かっこよすぎて。

V.A "HOMIES"を作るってなった時も、レーベルに入ってて参加出来なかったけど、ライブのMCでたくさん宣伝してくれたり、DEAD POP FESでDJで誘ってくれたり。ホントに感謝してる!いつか恩返したい。焼肉とかで。

他店のブッキング、渋谷の金髪もそうですね。

あいつがいなくちゃ自分ココまでやれてないです。ライバルで弟だと思ってます。

そういう大切な出会いがたくさんありました。これからもたくさん面白い奴に出会えるようにガンガン攻めていきたいですね!

で!ライブハウスでのブッキングですよ!!

全然やり方わかんねー!!!

だって教えてくれる人いないんですもん。ブッキング俺しかいなかったし。

でも、用は出演してほしいバンドに声をかければいいんでしょ!?て思ってた俺は鬼の用に出演依頼を出しまくる!!24時間だしまくる!!ライブ行きまくる!!

面白い事もたくさん出来たと思う!!

山嵐やMINOR LEAGUE。自分が10代で憧れていたバンドさんにも出演してもらうって、一つの夢も叶えられた。

でも実際問題ブッキングライブが難しいんです。

HOMIESはやっぱさくさく決まるんですね!!"いいイベント"の枠なんですよたぶん。

でもライブハウスを支えるのは地元の若いバンドなんですよ。やっぱり!!

自分的にも新しく出会ったギラギラした奴らと頑張りたい!って思ってたし。

だから若いバンドを誘ったり、みつけて来たり、いろいろしてみたけど全然うまくいかなかった。正直悔しい思いばかりでした。

この頃からDJで誘って頂いたり夜の渋谷の遊び方も覚えて行きました!DJ練習した事無いのに!!

いろんな場所へ行って。自分を、箱を売り込む。

そんな毎日でした。それしかやれる事がわからなかったから。

まー麻雀は相当やってましたけどね。笑

おやじ死す



簡単に説明すると親父が酒飲みすぎて死にました。笑

本望でしょう!笑

このころ働いていたライブハウスをやめました。

自分でイベント組んだりしてみよう!!と思っていろいろやりました。

海の家でやったりもしたし、好きなライブハウスでやったり。

でもはたからみたら中途半端な感じだなーとか思いながら毎日飲み歩いてました。

そしたら現上司から、【うちこないー?】て言われたので、親父も死んじゃったし、しっかりしようと思い、入る事になりました。

今の職場です。

自分のやり方の筋を通す

今のライブハウスに来て来週でちょうど3年です。

ブッキングマネージャーに任命されたのはまだ半年前くらいです。

【ブッキングマネージャーとはこうあるべきだ】

そういうのはやっぱりあります。自分もどちらかというと昔気質な仕事をするタイプなので、思う事もあります。

例えば、ブッキングマネージャーは店にいるべきだ。

間違いないと思うんですが、自分バンドマンだったら

『ライブも観に来ない奴にライブなんて誘われたくない』

絶対思うんです。

てか好きなんだから観に行きたいしね!直接観て誘いたいし。

だから自分は全国各地どこにでも出没します。

【自由でいいね】

よく言われます。どこにでも出没するので。DJもするので。

でもね、自由なわけないですよ。この仕事。24時間電話なりっぱなしですし、例え酔っぱらってても大事な連絡の時には素面に戻れなきゃいけないですし。

自分のやり方通させてもらってる以上"売り上げ"は絶対落としちゃ行けないんです。

なんの仕事でもそおですよね。

ライブハウスていうのもイメージがふあふあしてるだけで会社なんです。

横浜のライブハウスのブッキングマネージャーて看板しょってるわけですから、バンドマンよりバンドマンらしくがもっとーです。

STOMPIN'BIRD/OVER ARM THROW/NUBO

横浜の先輩のライブをみると涙が出るんです。

ぶちあがったらMOSHしちゃいますし。笑

でもそれでいいんです。ずっとそうやってきたんで。

そうやって6年前にはじめたHOMIESというイベントは、2013年9月現在で95回やってます。

来年頭には100回目を迎えます。すげー祭りにしてやりますよ。

最後に


ここまで読んでくれてありがとうございました。

暇なんですね。笑

Hi-STANDARDの音楽に出会ってこの業界にいる。

それは間違いありません。だから一番好きなバンドはハイスタです。一生。

この話を読んでライブハウスて場所が少しでも理解してもらえたらうれしいです。

"変な髪型のTATTOOはいった酔っぱらい達がなんか柄悪そうにしてる場所"

これは間違いないんです。笑

でもみんな筋の通ったかっこいい奴らだと思いますよ。喧嘩もほっとんどおきません!たぶん道歩いてた方が遭遇します。

自分はライブハウスで学校で教えてくれない事をたくさん学びました。ほんとに。

もしライブハウスに行った事がない人がいたら、横浜の中華街、マリンタワーの裏のライブハウスに来てみて下さい。

そこには非日常があります。酒でも飲んで笑いましょ-!!

非日常をこれからも創り続けます。

読んでくれてありがとう。

読んでよかった
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最高のストーリーっす!

ハイスタいいですよね〜私も好きです!!

感動しました!!

自分もがんばります!!

文章を読んで、凄く心から感動しました!
僕も、自分の夢に向かって、頑張ります!
音楽やライブの出会いも大切にして行きます!

ハイスタは俺も好きだったなぁ…(笑)専門の寮で顕がハイスタ聞いてて、んでそのままはまってメロコアやスカコアのライブやクラブ行ってはしゃぎまくってた!
NEWLIFE!ハイスタのNEWLIFE聞いたときからメロコア好きの新しい人生が始まった気がする位、リスペクトしまくった!
なんでかわからへんけど、ハイスタの横山さんにも会った。スネイル・ランプの方々にも会わせてもらった!ゲルググのげんさんはいつもライブ前に遊びに来てくれた。俺が作ったウォレットチェーンをかっこいいって買ってくれてPOTSHOTのリュージ君からも注文をしてもらった(笑)
ただの美容師でなーんも無かったはずやのにハイスタ聴いてからメロコアにはまって、はまった時代のはまった人たちに実際に会うことがデキタだけでもあのときはすげーテンション上がったなぁ(笑)
あの時の気持ちちょっと思い出したら変にテンション上がって今ハイスタが部屋に流れてます(笑)
10代最後から20代前半の短い期間の思い出だけど田舎から出てきた人間が夜中のミナミうろちょろしながらハイテンションで弾けまくれたのはメロコアと出会ったからなんやろなー
そー考えたら今は連絡も取れてない同じ寮生やった顕には本当に感謝だな\(^_^)/

学生時代ハマった音楽がほぼ同じでライブもよく行ってたのでこうゆう道もあったんだなって思いました。これからもがんばってください!!感動しました!!

内容的に同じ世代ですかね。
僕もハイスタ大好きです!

自分メロコア聴きまくって、ライブも行ってた世代ですので共感しました。
赤字のクラブチッタのライブ行ったかもです
売れる前のM●H出てましたかね?
もしそうならば、なんでバンドメンバー良いのにガラガラなんだろう?って思いました。
大変でしょうけどもまた昔のような、インディーズでもチャートに食い込んでくる時代になるように頑張って下さいね。

なんだろー?
読んでよかったと思えてしまった。
僕も音楽すごく好きなので。
ありがとうございます。
すごく力を貰えました。

神崎 彰久

Club Lizard Yokohamaのカリスマブッキングやってます! ジャンルは関係なく 感情が伝わってくる音楽が好きです。 この業界ガチでどーにかしてやろうと目論んでます! 仕事をする上で 【GIVE and TAKE】 これが一番大事だと思ってます! --才

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神崎 彰久

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