古き良き…?鳥籠のような女子校から外の世界に冒険していった話

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意外に楽しい小学校受験

母に連れられるがままに、お稽古に通っていた中の一つがお受験対応の幼児教室でした。
目的が小学校受験だということは認識しないままに、「上手にできたらメダルを貰える。」「お友達と先生みんなから拍手をしてもらえる。」「1位だったときはニコニコしながらお母さんが美味しいおやつを買ってくれる。」
そんな単純なことが嬉しくて楽しく通っていたら、模試や本番も通過してしまい、伝統ある女子校に入学することになっていました。意味がよくわからないままにも、「特別な学校に行ける!」ということが嬉しく、子供ながらに優越感のようなものに浸っていたのかもしれません。採寸に行ってつくってもらう制服や校章の特別感がとても嬉しかったのです。唯一、憧れていた「赤いランドセル」ではなく黒くてエンブレムの入った仰々しいランドセルを背負ったときは少しガッカリしたのを覚えています。

ちょっと特殊な、不思議な世界

トントン拍子の受験で入った学校は
「お医者さん・弁護士さん・社長さん・有名企業のお偉いさん」
だいたいこのどれかに属するようなお父さんを持つ子どもたちばかりで、小さいながらに「なんで同じ子供なのに持つ親で暮らしや世界が違うの?」と答えの出ない疑問を抱えながら一般ピープルの私は過ごしていました。
私の父は仕事も好きだけど、それ以上に趣味や自分の時間を大切にしながら生きている、所謂普通の「サラリーマン」でした。子供ながらにその小さなプライドを守ろうとするあまり「パパはなんで社長さんや先生にならないの?」と父や母に面と向かって文句を言ったこともありました。
子供だった自分にとっては、その社会がすべてで私の家族がマイノリティだと思っていたからです。
今となれば、私が属していた社会が特殊だと言うわけですが、小学生の自分には辛い現実でしかありません。「世の中不公平だ!」みたいなことばかり考え、斜に構えてしまいました。
お受験で身につけた学習力で「勉強しなくてもテストはとれる」という勘違いを自分に摺りこんでしまい、小学>中学>高校とどんどん成績を下げ、部活のテニスだけを楽しみに学校に行き、文法・古典の授業を全て居眠りで逃げていた日々のツケがまわり、国公立に落ちて私立大学に行くことになりました。

外に出てみた大学時代

そんなこんなで母の願いにそっぽを向き、女子大へのエスカレーターから逃げた先は男女比8:2のマンモス校でした。気がつけば周りは男友達ばかり。女子として扱ってもらえないというデメリットはありながらも気を使わない関係性に安心しました。
「経営」「デザイン」「建築」を好きなバランスで取れるというカリキュラムは我儘な私にとっては最高な環境で、アントレプレナーシッププログラムではデザインチームを立ち上げ、地域の中小企業さんからお仕事を頂戴し、ロゴ・プロダクトデザイン・商品パッケージやイベント企画を任せていただくなど、好き勝手自由気ままにやらせていただきました。
テニサーのリア充感に圧倒された私はスポーツ推薦しかいない体育会の硬式庭球部に無理矢理入れてもらい、毎日真っ黒になりながらテニスに明け暮れていました。
女子校時代に培ってきた「常識」や「価値観」は時に周りの学生、先生、社会人の皆さんに打ち砕かれることもありましたが、反対に女子校だからこそ持っている強さや思考は時として武器になりました。

我流で決めた就職先

大学で得た仲間や先生方のように、私自身のキャラクターや個性を肯定してくれる人たちに助けられ、徐々に自分と向き合うことで、「母の望む自分」と「そうではないと自覚している自分」の間で悶々としてきた自分を自覚し、その上でどう生きて生きていきたいのか考えることができるようになりました。
その結果選んだのは、大手でもなく、メガベンチャーでもコンサルでもなく、内定をいただいたなかでも特に小さかった100名程度のベンチャー企業でした。
今はそこで、波にもまれながら、毎日楽しく働いています。

働いていて実感することは、「環境」は言い訳に使うものではなく、自分で操って好きなように変えられるものだということです。
今いる「環境」の中に入っていると、そこにある価値観や判断基準が「すべて」かのように感じてしまいますが、実際はそうではありません。世界を見渡せばネットだけで生きる「環境」もあれば、自然とよりそって動物らしく生きる「環境」まで様々です。
情報化した現代においては、自分にどれだけの選択肢があるか自覚し、そのなかで自分が欲しているものがどれなのか考え、選ぶことで人生はいかようにも変えることができます。
とは言え、環境は平等ではありません。しかし時間は平等です。時間の使い方次第で環境をどこまで自分のものに出来るかも変わってきます。

閉塞感に陥るのは、折角の時間が勿体ないです。
外を見て、自分をみて、自分の「好き」と向き合ってみてください。


ザクッとした概要でしたが、何か伝わるものがあれば幸いです。
ご拝読いただき、ありがとうございました^^
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Takesada Mami

デザインするつもりでしたが 縁あって教育系で働いてます。 子どもの自由さと素直さが好き。

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