大学時代の親友の話を最後まで聞いてやれなくて後悔している話
いつものようにセブ市の下町の雑踏を歩いていると,見覚えのある男の後ろ姿を目にした。そのまま少しその男を目で追い,それから恐る恐るゆっくりと近づいていった。彼は甲高い声で露店の主人と何やら話している。間違いない,人違いではない。胸が詰まりそうになりながら声をかけた。
「Y,おまえ,Yか。何やってんだ!おい,,,」
彼が答える。
「よぉ,松井かぁ,久しぶりだなー。お前こそ何やってんだい,こんなところで。」
もう,ほとんど言葉にならない。
「何やってるって,,,」
彼がニヤつきながら,僕の肩をたたきながら口を開く。
「まあまあ,いろいろあってな,とにかく飯でも食おうや,なー。」
ここで目が覚めた。これまでこんな夢を幾度となく見た。しばらく見なかった夢だったが,数年ぶりに見た。この夢のせいで今日は一日何もできなかった。この夢を見るとき,そこで話すことはだいたい同じなのだが,場面はその時に住んでいる土地になる。ロンドンで,バンコクで,セブで,彼は必ず下町の雑踏の中にいる。
大学時代一番親しかった彼が亡くなってもう10年以上が経つ。同じ専攻でお互い一人暮らしだった。それほど友人が多くなかった僕は数年間ほぼ毎日彼と過ごした。大学卒業後はすぐに就職した僕と違い彼は旅とバイトの日々を続けていた。半分は学生気分の抜けきらないやつだと呆れながらも,半分は自分の生きたいようにまっすぐ生きる彼をうらやましく思っていた。
最後に話したのは,ある夜だった。残業続きで疲れているところに携帯が鳴った。公衆電話からかけているとのことだった。特に何の用件もなく,近況をだらだらと話した。眠気を抑えて聞いているこちらのことを気にするでもなく,いつも以上に饒舌だった。が,それは会話が途切れることで電話を切り上げられるのを恐れているようでもあった。
「おれはさぁ。実はやりたいことがあってさ,考えてんだよ。次戻ったらさ,,,」
やりたいことがあるなら,旅なんかやめてさっさと始めろよと思った。これが最後の旅だとか言って,どうせ金が貯まったらまたどこかに行くんじゃないか。その時はいつも同じような話をする彼が煩わしかった。
しかし,これが彼にとって最後の旅になった。というより彼は旅先から戻らなかった。まだまだ寒さが残る北関東にある彼の故郷で葬儀が開かれた。半信半疑だった。彼は既に旅先で遺骨となっており,直接対面することはできなかった。遺影を見て友人の一人が言った。
「Y,ホンマに死によったな,アイツ。」
その時,初めてYは死んだんだな,とぼんやり思った。
しかし同時に,実はこの遺骨は他人のもので,案外まだどこかをブラブラしてるんじゃないかと本気で思ったりもした。そんなことはあり得ないのだが,僕は今でもどこかの町で彼とひょっこり会えるのではいかという期待を捨て切れていないらしい。
もし会えることなら,今度は以前きちんと聞いてやれなかった彼の考えを最後まで聞いてやりたい。
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