世の中のことはすべて無意味かもしれないという話

仏教の根本思想は「苦」であり,「空」であるということらしい。
「苦」とは何か。それは文字通りこの世は様々な苦しみに満ちているということでこれは理解しやすい。では,「空」とは何か。それは,この世界のあらゆる,物質,行為,思想といったものには一切意味がなく,無価値であるという考え方らしい。
そして「無常」とは,万物は常に変化し一つの形を保ちえないということ。これはわかる。しかし,それに続く「無我」という概念はもっと破壊的である。常に変化するということは,その変化の対象である何物かの実在を予感させる。しかし,「無我」という概念は変化の主体さえも否定する。変化するもとになる「あるもの」さえも存在しえないのだから,そもそも変化自体が虚構であるというわけだ。
この「無我」の概念は仏教が興る以前のウパシャッド哲学を変化の主体すら存在しないという1点のみにおいて完全に否定する。ウパニシャッドでは「無常」は唱えられるが,変化の主体を否定することはない。
仏教の根本思想はこのように過激で絶望的だ。この世には善も悪もなく,あらゆるものは本質的に意味がない。時間にも価値はなく過去,現在,未来もない。ただあるのは苦しみに満ちた今,この瞬間のみ。これが未来永劫続く。こう考えれば,この世はまさに無間地獄である。だからこのような現在,すなわち輪廻からの解脱が救いとして唱えられるということなのだろう。
まったく,これはどういうことか。まるで救いがない。そこにあるのはニヒリズムだけではないのか。仏教から泉のごとく湧き出てくるとされる慈悲と寛容の源泉はどこにあるのか。その正体は全てを無意味であるとしたうえでの漆黒の放任なのだろうか。
人は自分が無意味であることに耐えられない。だが,本来自然とはそこに一切の価値判断も含まれているものではないだろうということは直感的にはわかる。だが,人はこの無意味に耐えられないのだ。
だからこそキリスト教などの二元論をもとにする宗教では,もともと一体で連続している自然を善と悪に分け,それらを神と悪魔とした。このように考えれば,善と悪,神と悪魔はもともと同根の存在であり,片方の存在なしにはもう片方も存在し得ず,それは相互に補完し合っているともいえる。ゾロアスター教もこのような思想に基づいており,世界は善と悪との永遠の戦いの連続であると捉える。
しかしだ,人がいくら自然を善と悪に分かつとも,やはりそれは無意味であろうという「空」の前には二元論も跪かずにはおられない。現代思想における脱構築もこの圧倒的な「空」の前では今さら何をといった感じだろう。
人は何らかの意味付けなしには生きていけない。全ては無意味だと本能的に感じているからこそ,何らかの構造にすがりつく。だから,その藁にもすがる思いの構造を破壊して悦に入ってみても,結局,人は何も納得できないし,得るものはない。これが,脱構築の本質的な弱点だろうか。この袋小路の行きつく先はやはりニヒリズムだ。
ちなみに,この「空」は数字の「0」と同義であるということらしく,やはり「0」は「空」そのものだ。そこにはなにもない。意味も価値もない。ただ,ないという概念は確固として存在し「0」として可視化され得る。考えれば考えるほど不可思議な現象だ。
では,私たちはこの「空」からどのような希望を持ち得るのだろうか。ニーチェは仏教思想における「空」を弱者の諦観として退けた。そして,永遠に繰り返される現在を受け入れ,肯定していく思想を「超人」に託した。これが彼の言うところの永劫回帰の思想である(と私なりに理解している)。
過去も現在も未来もなく,苦しみの中で永遠に繰り返される現在を「空」としたゴータマ・シッダールタ。そして,それを受け入れ笑いと共に踏み越えていこうと唱えたニーチェ(しかし,彼は狂死する)。この両者の思想は,つまり,どういうことであるのか。この絶望的な思想からどのように希望への跳躍を図っていけばよいのだろうか。
おそらく,すべての物事が「空」であるならば,そもそも絶対的な「苦」すらも存在しない。だから,この私という存在は大きな自然の一部としてあるがままを受け入れ,毎日を楽観も悲観もなく精一杯生きろということなのだろう。が,そう簡単にはこの境地に達し得ない。こんな結論ではあまりにもありきたりだ。これだけぐるぐる回った結論が「毎日を精一杯生きろ」だって?
全く実感が伴わない。しかし,これがいつかわかる日が来るのだろうか。その日を楽しみに待ちたい。
仏教が世界的な宗教に成熟(あるいは堕落)していく過程には救済やら現世利益やらというアリを引き寄せる砂糖菓子のようなものがくっついてくるのだが,それはおそらく仏教思想の本質ではないだろう。
人はこの「空」を前にしていかに生きるべきだろうか。

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