フィリピンの田舎町で見かけたあるおじいちゃんの話

今日の昼食は路上の屋台だった。
掘っ立て小屋の中で昼食を食べていると、この小屋は店のおばあちゃんの自宅の前に立てられていることに気がついた。自宅の作りは壁も屋根もコンクリート造りで豊かとはいえないものの、ひどく貧しいとも言えない感じだった。
何気なく自宅を眺めていると、軒下におじいちゃんが寝かせられている。廃材と木切れで手造りされたリクライニングチェアに寝かせられているおじいちゃんの足は枯れ枝のように細い。首にはよだれ掛けのためか、着古しのTシャツが巻かれている。
おじいちゃんは目だけをきょろきょろ動かして辺りを眺めている。脇の小さな机には、ピンクの水差しとスパイダーマンがプリントされたプラスチックのコップが置かれている。
近くの木陰では20歳くらいのニーチャンがヤンキー座りで一服している。耳に挟んであった1本きりのしわしわのたばこを丁寧にまっすに伸ばすと、ゆっくりとマッチで火をつけた。鼻の穴からうまそうに紫煙を吐き出して、何をするでもなくぼんやりしている。ちなみに今日は木曜日。
鼻から紫煙を吐き出すニーチャンを見つけたおじいちゃんは「あ、あ、あ、」と声を出す。ニーチャンは面倒くさそうにおじいちゃんに近づく。おじいちゃんはニーチャンの口にくわえられている1本きりのたばこを指差して、今度は「う、う、う、」と声を出した。
ニーチャンは苦笑いしながらもタバコを自分の口からおじいちゃんの口に移し変える。おじいちゃんはうまそうに一服し、こちらも鼻から紫煙を吐き出す。おじいちゃんは目をビー玉のようにまんまるにして一服終えた後、ピンクの水差しを指差した。ニーチャンは仕方なさそうに、スパイダーマンのコップに水を注ぎ、ゆっくりとおじいちゃんに飲ませてあげた。
その様子を見ていたおばあちゃんが何やらわめきながらおじいちゃんの方に歩いていって、ニーチャンを追い払った。話されていた単語から判断するにおじいちゃんは末期の肺がんらしい。おじいちゃんはおばあちゃんに叱られているが、ボケているのか、ボケたふりをしているのか、全く我関せずといった感じで青空を眺めている。おばあちゃんはおじいちゃんの口もとをTシャツで拭うと、また店に戻った。
追い払われた若者が自分の斜め向かいに座った。「あなたのおじいさん?」と聞くと「違う」と答える。「近くに住んでいるの?」と聞いてもはっきり答えずに、何となく通りかかっただけで、さっきのおじいさんとは初対面だというようなことを私に話した。
それからニーチャンはまたぼーっと座っている。もちろん何も注文しない。おばあちゃんも追い出さない。私は食事が終わったのでたばこを取り出し、ニーチャンに1本差し出す。しばし二人無言でタバコを吸った。私も、おじいちゃんとニーチャンと同じように鼻から煙を出してみた。
おじいちゃんが寝かされている椅子の軒下には大量の子供服が干されている。きっとこの家の子どもたちのものだろう。学校が終わる夕方には、おじいちゃんは孫たちに囲まれてにぎやかな時間をすごすのだろう。
おじいちゃんは、おそらくまともな治療を受ける機会はなかっただろうが、家族に看取られて幸せな最後を迎えるのだろうと思った。自分はこんな幸せな最後を迎えることができるのだろうか。
こんなことを感じつつ屋台を出た後にお金を払うのを忘れていたことに気がついた。
すみません、明日必ず払いに行きます。

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