無名教師の冒険 星にのばされたザイル編

 冒険と言ってもたいした話じゃない。仕事柄、旅が多く危険とも遭うもんだが、ここでは仕事を離れての話。

Les Alpes françaises

 あれはまだ、フランスにいた頃、地元の友人らに連れられてアルプスに登るはめになった時だ。山登りなんて興味もなく、山の名前も知らなかったが、3000m付近の頂上に着く頃には、すっかりアルプスの自然の美しさに心を奪われ、声を上げるほど感動するようになっていた。
 頂上で友人が遠くを指さして教えてくれた。「あそこに見えるのがモンブラン。ヨーロッパじゃ1番高い。」と、言っていたことは記憶に残っている。正直、どれがモンブランだったのか、今じゃ覚えてないが、アルプスと登山の魅力には、それ以来どっぷりはまってしまっている。
ところで、こんな映画がある。

Les Horizons Gagnés

Un film de Gaston Rébuffat “Les Horizons Gagnés” with René Vernadet 1974, FRANCE (ガストン・レビュファ監督・出演 『星にのばされたザイル』 1974年フランス制作)」→モンブランを登る1シーン
 ガストン・レビュファ(1921-1985) は映画監督というより、フランスのアルピニスト、山岳ガイドとして紹介したい。この映画では、国籍も職業も年齢も異なる6人のアルピニストらが、ロープでつながれたガストン・レビュファのガイドで、アルプスをひたむきに登る映像が二部構成で90分にわたって映し出される。
 フィクション混じりの映画ではなく、ただ淡々と、美しく険しいアルプスの景色が、クラシック音楽を背景に流れていく。この淡々とした静けさが、かえってアルプスの雄大で峻厳な姿、四季折々の美しい姿を際立たせているように思う。セリフまわしもなく、聞こえてくる言葉は、ガストン・レビュファの詩的なナレーションのみ。彼がどれだけアルプスを愛し、いかにして希望や夢をもったか、そしてアルピニストらの友情を、詩情にのせて語るドキュメンタリータッチな映画だ。
 初めて山の素晴らしさを知ったアルプスへと誘ってくれたフランスの友人、それにこの映画のDVDをくれた人生と登山の先輩でもあるワイン好きな仲間を思い出させてくれる特別な映画でもある。
 アルプスの美しさや、ガストン・レビュファの深遠で詩的な言葉は、映画をご覧頂くのが一番だろう。大自然を目の当たりにすれば人間など塵のような存在だが、それでも自然界で一番強い力は皮肉なことに人間に宿っている。
 映画でもラストで“Là où il y a une volonté, il y a un chemin”(意志ある所、必ず道あり)と語られていることからも、自然界で最も強い力は人間が生み出す「意志」だと信じる。
 映画では、この前に「無理せず、分相応に、全身で心から楽しみ、親しみをもつこと」を前提としていることからも、「意志」とは、とにかく自分の思い通りにするという意味ではない。知識や技術をいくら身に付けていても、「意志」なくしては工夫を重ねることも、知恵を絞ることもできないという意味だ。言い換えれば、あらゆる知識も技術も、そこに精神性がなければ生かされない。つまり、何にしても「意志」の有無が重要なのだ。

Là où il y a une volonté, il y a un chemin

 ところで、山には垂直に登れる道もあれば、煙突の中を両手両足で支えて登るような岩壁もある。初めて、オーバーハングと呼ばれる天井のような岩壁にぶら下がった時は、進む先が見えず、どこに手足を引っかけても、「こんなの登れるわけがない。絶対に落ちる」と恐怖で体が動かなくなった。
 それまで身に付けた技術も知識も、持っていた最新の道具も、「意志」を失えば、まるで役に立たない。また、スラブと呼ばれる手も足もかけるところのないような岩壁を初めて登った時は、そのガラスのように滑らかな岩に指さえも掛からなかった。しかし、この時は「絶対に登ってやる」と、「意志」を失わず、ついにはオンサイト(初挑戦で一度も落ちることなく登りきること。) できた。すると、あれだけ恐怖を感じた岩壁に愛着を感じたものだ。
 道が開けるのは山だけではない。仕事でもそうだ。気がつけば言語教育業界に足を踏み入れていたが、経済的に不安定で、社会的地位もなく、言ってみれば常に先が見えない「オーバーハング」状態だ。それでもまだ、この業界にしがみついている。それはやりたいことがあるからだ。この「意志」を失わなければこそ、オーバーハングもスラブも乗り越えられる。そこに道があるかどうかではなく、ただ意志があるか確認すれば良い。
 山では強く冷たい風に体を震わせたり、雪や雨で視界も意志も奪われそうになったりもした。それらは仕事でやりたいことを続ける際の周囲の声に似ている。「前例がない、道がない」からやめろ、あきらめろ、と。しかし親しみと楽しみを持てば「意志ある所に、必ず道あり」。「意志」とは目標を失わずに立ち向かう事だろう。

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