難病と向き合う!!

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CIDPという病気をご存知ですか?




”誰でも突如訪れるかもしれない不治の病。あなたは病気について深く考えたことがありますか?

私は持病を持つまで難病と言う言葉さえ知ることが無く暮らしてきました。もしもまだ、元気な身体でいられたら・・・そんなジレンマを持ちながら難病CIDPと闘病中の私のストーリーをご覧ください。”

※CIDPとは(慢性炎症性脱髄性多発神経炎)の略語です。20万人に1人~3人の発症例で珍しい病気です。


適当な人生を変えた事とは?




義務教育を受け、普通高校を卒業した私は、父が営む建築関係の仕事をしながら職業訓練学校に通っていました。

仕事も順調で、国家資格2級を取得し、手職さえ持っていれば、これから先も安泰だと、派手に遊んでた時期も懐かしい。

飲み会・ドライブ・旅行など、正に幸せの絶頂期、仕事に必要な免許も沢山取得して、自信に満ち溢れた生活でした。

もちろん、様々な失敗も経験して、それをバネに頑張ることも忘れてはいません。

特に、お酒を飲んでの失敗談は星の数ほど溢れています。

高校時代の同級生とワイワイ楽しい飲み会を繰り返しては、面白い事の追及を惜しんだりはしません。

当てのないドライブで、あちこちの県にフラリ旅に出てみたり、意味の無いグルメツアーを決行したりの遊びたい放題の日々を送っていました。

そんな私に、人生の転機ともいえる事が起こりました。

遊んでばかりで、地元に何も貢献していなかった私が、地元の自警団に入団したのです。

規律厳しい団体で、すること成す事が重々しく息苦しい・・・

自由にできない生活が耐えられなくて、いつしかお酒に頼ることが増えていきました。

本当に弱い人間なのでしょう。お酒を飲むどころか浴びているような、もはやアルコール中毒状態になってしまったのです。

毎日のようにお酒に頼る日々、ある日、地元の先輩に誘われて、加入していた商工会の青年部がお祭りで生ビールと焼き鳥のお店を出店するので、遊びに来ればよいと誘ってくださいました。


出店先に出向くと、数人のがテントの下で美味しそうな焼き鳥を売り、その傍らで生ビールやフライドポテトも販売されていて、その周辺は活気に満ち溢れていたのです。

最初は遠慮がちに青年部の方に挨拶をしていたのですが、いつの間にかゴミを片付けたり、荷物を運んだりして、次第に輪の中に溶け込んでいました。


こうして数日後、地元商工会青年日に加入するため、商工会館へと足を運び、1員として認められることになったのです。


めまぐるしくも充実した日々!


仕事も順調で1人で現場を回り、商工会青年部と地元自警団の行事をこなすのは大変なことです。


月に数回~十数回の行事に参加すると、ほとんど仕事になりません。


しかし、それでも人との繋がりが広がっていくのが楽しくて夢中になっていました。


この頃でも、お酒は結構飲んでいました。


毎週のごとく宴会の日が続いて、体力的にも厳しい物が有りました。


それでも、楽しいことは出かけなければ体験できません。


こうして割り切ることで、仕事と行事参加を両立して来たのです。


思えば長い期間のはずなのに、今となっては本当に短くしか思い出せません。


何百人の人と、お酒を交わしてきたことでしょう・・・


本当に、良い思い出がたくさん出来て感謝しています。


億劫だ!病院へ行く決意をするまで・・・


それは突然、身に降りかかった最悪の事態の、序章に過ぎませんでした。


ある日、朝目が覚めると強烈に左手が仕しびれているのに気が付きました。


毎日、力仕事をしているので、身体が無理しているのだろうと思っていたのです。


何とか仕事現場に到着したのですが、とにかく手に力が入らない。


当日は新築の棟上げで、多数の職人さんと協力しなければならないのに・・・


そんな気持ちとは裏腹に、握力は戻らないまま1日が過ぎてしまった。


「明日には治っているに違いない」


そう自分に言い聞かせて、その日は早めに就寝しました。


病院に行くのも面倒だし、眠っている間に回復するだろう・・・


次の朝、左手どころか左腕全体が強烈にしびれていました。


何が起こっているのだろう、もう数日仕事を休むしかない。


力仕事はしないで、取り掛かっている現場の様子だけ見て回ることにしたのです。


そして、現場に居た職人さんから言われた一言でゾッとしました。


「私の友人も手がしびれて病院に行くと重病だといわれたみたいだよ」


まさか、自分には関係ない話だけど・・・


「早めに病院に行った方がいい」


この言葉通り、病院で診てもらえばすぐに分かるだろうし、安心できるかも・・・


早速、病院へ行くことに決めました。


どうして私が・・・突然の病魔!!


手がしびれているので、「整形外科」が妥当なのだろう。


以前から、持病の痛風を診てもらっている病院に行くことにしました。


痛風を発症して依頼、実に15年以上もお世話になっている病院は信頼度も高い。


けれど、事態は一転してしまったのです。


血液検査、レントゲン検査、MRI検査などの精密検査をしてもらっても原因がわからない。


「なぜだろう、こんなにしびれが酷いのに・・・」


その病院の先生は他のクリニックで調べてもらうように紹介状を書いてくれました。


そして、次の日に指定のクリニックで心電図をとった後、身体のあちこちに電気のコードみたいなものを取り付けられての検査です。


説明を聞くと、脳から身体に伝わる速度を計測できるというものでした。


おおよそ2時間位の検査は全て終了しました。


しばらく待っていると、ようやく結果を告げられた。


診断の結果、何も異常が見つからないということでした。


「また?なんで2度も同じこと告げられるんだろう」


念の為に、高度な医療機器が揃った総合病院で再検査をするように言われ、再び検査することになったのです。


再度精密検査を受ける・・・


再度、精密検査を受けるためにやってきた某病院。


薄暗い院内はどんよりとした空間で覆われて、妙な緊張感に襲われてしまう。


細かい検査をたくさんして、やはり以上が見つからない様子。


そして、1人の医師が深妙な顔で数枚の書類を見せ、黙々と説明を始めた。


それは、腰椎搾取(ルンバール)を提案することだったのです。


長い針を背中から挿して髄液を取り出して調べたいとのこと・・・


想像しただけでも恐ろしい。


そうはいっても、しびれの原因が分かるのなら受ける価値はあると思う。


自分で決めるしかない!その医師に腰椎搾取をお願いした。


同意書の書類にサインをした後に、ベッドの上で横向きに寝かせられる。


背中を丸めるように指示され、絶対に動かないことを厳重注意された。


最初に麻酔をされるのだけど、体質的に麻酔が効きにくい。


3本麻酔をしたところで、いよいよ脊髄に針を挿入されるのだが・・・


「痛いっ!!!!!」


強烈な痛みで体が動いてしまいそう・・・


しかも、しばらく針を刺されたままで、髄液が規定量まで採取できるのに時間が掛かる。


何も会話もできないくらい疲れ果てていた。


ようやく、髄液を採取し終えると、1時間頭を動かさずに安静にするように言われ、ベッドの上で休んでから一時帰宅することになった。


告げられた事実!!


数日後、検査結果報告を聞くために病院へ行きました。


もう、腰椎搾取は受けたくない・・・


受付で外来手続きを済ませて、神経内科の病棟に案内される。


ここも、薄暗くて閑散としてるような雰囲気が漂う。


建て増しを繰り返したようで、全体が不格好になっていることも有るのでしょう。


診察室前の椅子に腰掛けている人は皆が頭を垂れている。


この様子も異様で、病気の重さを物語っているようでした。


そして、名前を呼ばれたので、診察室に入った。


デスクの前に座っていた医師は、腰椎搾取をした人でした。


顔を見ただけで腰が痛くなてきそう・・・


その医師は、検査結果が書かれているであろう書類に目を通しながら質問してきた。


しびれが始まった時期、その前後で激しい下痢がなかったか、四肢でしびれが強いのはどこか・・・


いくつかの項目をメモして、沈黙が続いたが、医師がこちらを向いて告げたこと・・・


それは「ギランバレー症候群」という神経系の難病だというのです。


医師が言ってる病気のことが分からないので驚きようもない。


絶望を招く病気


時期は年末で、仕事も何とか間に合わせてる状況。


そして、行事の参加も重なっているので、医師と相談して翌年に入院するようになったのです。


最後の行事参加、商工会青年部は、隣の県で行われた大きな大会に出席し、異例の数百人との大宴会も経験できました。


自警団の最終行事は、出初式で雪が舞う中の我慢大会のようなもので、前進がしびれているような感覚に襲われました。


けじめを付けたことで安心して治療に没頭できる。


ギランバレー症候群は難病でも治る病気と言われている。


数ヶ月かかってもしっかり治して仕事に復帰しなければ!


しばらく仕事はできなくなるので、関係社に連絡を入れて待ってもらうことにしたのです。


予定では1ヶ月位で様子を見るとのことでした。


治療法はIVIgと言われる免疫グロブリン大量療法です。


これが本当に時間が掛かるのですよ・・・


5日間もかかる上に、10時間ほどかけて生理食塩水と同時に点滴をする。


気が遠くなりそうな治療法なのです。


しかも、後で分かって驚いたのが、高額であること!


献血ベニロン-I5g(溶解液付) 瓶 53483円だそうです。


400mg×体重×5日間:体重50kgの人は20000mg(=20g)×5日で100g必要なので、100g÷5g×53483=100万円以上なんですよね。


実際は150万円くらいかかりました。


入院費と治療費の合計は220万円だったんです。


もちろん高額医療制度使わないと破綻してしまいます。


症状が悪化してる?


IVIgの治療をしてから数週間経つと、左腕のしびれは残ったまま左足もしびれ始めた。


「治療が効いていない?」


医師に足のしびれを訴え、相談してみた。


しばらくすると落ち着くと言われ、リハビリも始めた。


発病して依頼、徐々に身体の可動域に制限が出てきている。


「このままでは動けなくなってしまうかも・・・」


だんだんと焦りはイラツキへと変わってしまう。


人と会話することにさえ憂鬱になってきている。


そしてお見舞いに来てくれた人の助言で新たな展開が始まったのです!


つづく・・・

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木藤 勝則

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