おとうさんも家族?



仕事に打ち込み家庭を顧みない後輩がいた。

深夜残業をモノともせず、定時になっても帰ろうとしない典型的な終電帰宅型のビジネスマン。共稼ぎだった。小学校一年生になったその息子が作文を書いた。

題名は、「帰ってこない家族」。

作文は父の日にちなんだ学校開放デーに教室の壁に貼りだされた。

「題名を聞くだけでつらいです。」

後輩は嘆き、僕は腹を抱えて笑いこの話を聞いた。

その数年後、幼稚園で長女が描いた家族の絵には僕がいなかった。長女を中央に妻と義母。その三人をハート模様やチューリップの花が飾っていた。

「これは誰?」

僕が問いかけると、

「わたしやよ。」

長女は答える。

「これは?」

「おかあさん。」

「この人は?」

「ばあば。」

「おとうさんは?」

「おらん。」

「なんでおらへんの?」

「言わん。」

あっけなく会話が途絶える。

後輩の思いを垣間見たような気がして、たまらすに電話すると、

「お風呂に一緒に入ってください。それが一番いいです。先輩のところは女の子だから、もうあと何年も一緒にお風呂に入れませんよ。今を逃したら一生ありません。」

この助言以来、長女と一緒に入浴することを心がけた。お風呂でレッスンという日本地図や世界地図を風呂場の壁に貼り、どこの温泉に行ったことがあるとか、どの国におかあさんと一緒に旅行したいとかいう話をした。

あるとき、アンパンマンの風呂椅子で髪をしゃかしゃか洗っている長女が、

「なあ、おとうさん。『カテイ』って何?」

泡だらけのうなじで問いかけた。

「家庭か?」

「おかあさんはな、『サザエさん』の家族のことやって言うんやけど、どういうこと?」

「家族はわかるのか?」

「おかあさんやばあばが家族やろ。」

長女は小首をかしげる。ざぶりとお湯をかけると向き直り、

「そしたら、おとうさんも家族?」

一時、どきりとして僕が口をつぐんでいると、長女はしたり顔で、

「おとうさんも家族やよな。おとうさんは、おウチにあんまりおらんけど、おるときはいつも遊んでくれるから。」

幼い長女は思慮深く学び、僕に気づきを与える。

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