魚も命がけや
鳥羽の友人の父は漁師。七十年間、沿岸の漁をしてきた。
宵に仕掛け、未明に網を上げ、水揚げする。町一番の大きな漁船を操り、妻と漁に出る。妻は寒暖に痛みガサガサになった手で綱をほどき、夫は海を見た瞬間から眼光鋭い狩人になる。
口癖は、
「魚も命がけや」
初夏にはスズキを追い、タコを獲り、冬には小舟に乗り換えてワカメを刈る。アナゴが大漁であれば干物にし、伊勢エビよりもメバルを好む。
盆と正月、それに日曜日には漁をしない。荒れた日には海神を祭る山上の神社を参拝する。
「魚も命がけや。自分も命がけやなかったら、魚は獲れん。無理しても、そう簡単にはあがってこんわ」
漁師だからこそ、海の怖さを知っている。これまでに何人も仲間を失った。
だから、心から無事を祈る。
「腰が曲がってきたで。もうやめたらどうや」
友人が言っても、その父は聞かない。そして、あたりまえのように漁に出る。
日曜日、友人は僕を釣りに誘う。
その父が、
「釣れるとええのう」
海を眺め、目を細め、風を感じて言う。
「飛び島の沖へ行け。キスが釣れる頃合いや」
漁師の助言は見事にあたる。
あるときには、
「イルカ島の裏へ行け。サバや」
またあるときには、
「今日はカキ筏でアジにせえ」
キス、サバ、アジ、いつも百匹釣り上げる。友人は父と母と妻のために少しの魚をもって帰る。
「釣った魚はうまい。網で獲った魚はあかん。網の中で苦しんで、苦しんで、あがってくるから血が臭い」
自分が獲る魚よりずっと小さい魚を見て喜ぶ。
八十六歳。生粋の漁師。寡黙で目立つことは嫌い。
今なお命がけで漁をし、力強く生きている。
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