「ゴキブリ」と「結婚」

これは、学生時代に書いたエッセイ

黒光りしているんだよ?
しかも飛ぶ!
動きはすばしこいし、
いつどこから出てきても合理性がありそうで、
とにかくおいらはゴキブリが大嫌いだ。
というよりも怖い。
なんとしても如何ともしがたいほどにゴキブリが怖い。
その昔ガキの頃はと言うと、何故だかハエ叩きでつぶせたのだけれど、
今は何が何でも怖い。
見るだけで怖い。
誇張ではなくて、とにかく目にした瞬間に
心臓が鷲掴みにされたように収縮して、
転瞬本当に飛び上がってしまう。
自分でもびっくりするくらい飛び上がれる。
火事場のなんとやらで、
平常時の(或いはスポーツテストの時の)倍くらいは飛び上がってしまう
けれど、

その時はびっくりしている暇はない。
一瞬金縛りにあって動けないが、
そのあとはもう腰が砕けて
正に這々の体という人間らしからぬ動きで身体が動き、
猛烈なダッシュで5メートルは逃げる。
逃げるのだ。
心拍数が極端に上がって、急激な血流が体中に走る。
顔は勿論こわばっているだろう。
多分。
そんなことも気が付かずに逃げる。
とにかく逃げる。
言葉が出なくなる。
突発性の言語喪失に陥って、
どもることもたまにあるおいらであるが、
とてもじゃないがその比ではないくらいどもりながら、

「ごごごごごごごごご、ごごご、ごきごきぶごきごきぶりがっ!」
誰かにぶつかったりしたらそんな言葉が出てくる。
本当に。
とんでもない醜態だと、いつも思う。
勿論事後的に。
そんなわけで、
おいらは一人暮らしが大好きだけれども
ゴキブリだけは怖い。
幸いにして今のマンションでゴキちゃんにお目にかかったことはないのだけれど、
それでも夏場はびくびくものの生活を余儀なくされる。
一人でいることがこれだけ怖いと感じる瞬間はない。
ゴキブリというあんなに小さな昆虫が、
おいらの精神に与えるダメージほどでかいものはない。
一瞬でも(ゴキブリがいるんじゃないか?)という思考が働いた瞬間に怖くなる。
ゴキブリは実体を伴わなくても十分に怖い。
ゴキブリがこの世に存在するというその事実だけで、
おいらの精神はずたずたになってしまうのだ。
一応おいらもおびえているだけではなくて、
ホウ酸団子を常に置いているし、
クモもたくさん飼っている
(≒部屋にいるクモは大事にしている)。
小さなクモは卵を、大きなクモは成虫を、きっと食べてくれるに違いない
というどこの馬の骨ともわからない知識を、
おいらは後生大事に信仰している。
けれども、
それでもホウ酸団子がゴキちゃんの舌をうならせるに値しないかもしれないし、
クモだってお腹が一杯のこともあるだろう。
つまり、
事前予防的な措置は必ずしも目的を達成するとは限らないのだ。
だから余計に怖くなる。
事後的な措置も考えざるを得ない。
そこで考えられる選択肢はそれほど多くない。

一つは
おいらがゴキブリに慣れる、
或いはゴキブリを屁でもないくらいに思うくらいに修行する。
でもそんな修行をどうやってするのか考えたくもないし、
修行だってしたくもない。
できることなら避けたい選択肢である。

二つ目は
ゴキブリを見ないでやっつける方法を会得する。

精神を研ぎ澄まし、
あの「カサコソ」という音を聞いた瞬間に
自分からの距離・相対位置を割り出して
なんらかの方法で叩くか吸い込むかとにかく殺す。
でも死骸の処理はどうするんだろう。
やっぱりおいらには無理臭い。

三つ目は
ゴキブリ退治の機械を発明する。

二つ目の超能力(?)を機械に反映させて、
センサーでゴキブリを発見してレーザーでやっつける。
更にその死骸の処理までやってくれる。
嗚呼、こんな機械を発明した人には
ノーベル平和賞とノーベル科学賞(そんなものあるのか?)の両方を進呈するべきだ。
世界の平和、
いや少なくともおいらの平和は十分すぎるほどに充たされることだろう。

四つ目は
ゴキブリを世界から絶滅させる。

どこかの自然維持団体だかなんだかが反対しようとも、
生物学者やゴキブリホイホイ製造業者が総勢で反対しても、
それでも有無を言わさず絶滅させる。
そもそも神様がいるのなら、
あんな生物をこの世に創ったのが間違いだったのだ。
或いは人間を創ったことが間違いだ。
ゴキブリと人間と、
その両者を同時に存在させる神様が悪い。

五つ目は
誰かと一緒に住む。
男女問わず、
とにかくゴキブリを退治する勇気のある人ならいいのだ。
とにかくゴキブリを退治をしてくれる人が恋しい。
愛おしい。
その人は神様だ。
いや、神様よりも神様だ。

でもおいらは気の合わない人と一緒に住むのはご免被りたい。
一人暮らしが好きだから、
親しい人でもなるべくなら一緒に住みたくない。
好きな人ができてその人と一緒に住みたいと思って、
更にその人がゴキブリを退治できる人ならなおのこと
好都合なのだろう。
わがまま勝手な意見ではあるけれど。

もしその人がゴキブリを退治できなくても、
おいらがその人をとても好きであるならば、
きっとその人を守るためにも
ゴキブリ退治を自分でできるようになるだろう。
畢竟問題は解決するのである。
ゴキブリ退治はきっと、
結婚と深い関わりがあるんだろうと、
おいらは思っている。

書いた直後の2001年、私は結婚した

そしていま、
たまにはゴキブリを退治しながらも
ほとんどはゴキブリ退治を夫に丸投げしながら
「ベストを尽くして」生きているのだ。

これほどにも、
ゴキブリという小さな生命体は
人間の人生を大きく揺るがす存在なのである。

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