コネで適当に決まった就職がその後の生き方を変えた その2

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衝撃のガソリンスタンド研修

新入社員は4〜5人に振り分けられ、本社からガソリンスタンドの所長に連れられて、所属先のガソリンスタンドに向かった。私はほかの4名の男性新人と一緒に、例のいちばん怖そうな所長の後をついて歩いていった。車の前で所長は、「荷物車に乗っけろよ。電車賃だけは持っていけよー。んじゃーなー」。リクルートスーツの新人5人は、手ぶらで地下鉄に乗って所属先のガソリンスタンドに向かった。みんなで、あの所長はアタリかハズレかを予想して、盛り上がった。
スタンドに着いて、2階の事務所に通された。所長直々に、研修中の心構え、仕事に取り組む態度などを諭されるのかと思っていたら、制服を渡されて、勤務時間のシフトの話が終わったら、あとは所長の漫談が始まった。レモンサワーを飲みながら。
結局夕方まで所長のとりとめのないおもしろ体験談を聞いて、その日は終わった。
翌日からガソリンスタンド勤務が始まった。時間よりも少し早めに出勤して、着替えを終えて階下に降りようとしたら、所長が「これでジュースでも買ってこいよ」と小銭を渡された。「え? ……え??」。自販機で紅茶を買って2階に戻ったら、「まあ、ゆっくりしていけよ」と所長の話が始まった。えっと……、私の仕事の時間はとうに始まっているのですが……と思いつつ、所長の話が終わらないので仕事に行けない。やっと終わって階下に降りていった。こんな初日でいいのか?
ガソリンスタンドの仕事なんて、ガソリンを入れる、窓を拭く、くらいのことしかイメージできていなかった。私たち新人は、もちろんそれくらいしかやらせれもらけなかったけれど、それでもお客さんごとに注文を聞かなくても動けるようになっていなくちゃいけなかったり、思った以上に覚えることがたくさんあって、メモを取りながら仕事を覚えていった。デスクワークではなく、立ちっぱなしだし、先輩たちは走り回っているので、その合間合間にメモを取って少しずつ覚えた。
一日に何度となく窓を拭いたり、洗車の拭き上げをしたりするので、腕が筋肉痛になった。水仕事も多いから、当然手は荒れた。荒れた指先は石けんで洗ってもとれない黒い汚れが染み込んでいた。お風呂に入ると、熱いお湯がしみた。体力的につらいな、と思うことはあった。でも、そんなのは小さなことだった。
朝の所長とのおしゃべりタイムは、その後もたびたびあって、ときどきすごく長く話し込んでしまったりして、主任から「ずいぶんゆっくりだったね」と言われることも。ですよねー。主任は、私のせいではないのは承知してくれていたけれど。
所長は“アタリ”だった。人を使うのがすごく上手な人だった。温かい人だった。だから先輩たちもみんな優しくて、きちんと指導してくれた。お昼はみんなあほみたいに食べて、私のお弁当を見て、みんな「そんなの3秒で食っちゃうぞ」と言った。仕事が終わると、みんなあほみたいに飲んだ。私もそのころいちばん飲んでいた。
ガソリンスタンドのすぐ隣のお寿司屋さんに連れていってもらって、おいしいお寿司やお刺身を食べさせてもらった。面白い経験談をたくさん聞かせてもらった。アルバイトで来ていた同い年の女の子と仲良くなった。毎日楽しくて仕方がなかった。

ホームシック

大型連休中は、同じ会社が経営しているホームセンターに研修に行かされた。ガソリンスタンドに行く前は、先入観で早くホームセンターの仕事に行きたいと思っていた。が、蓋を開けてみたらホームセンターは地獄みたいだった。誰も気にかけてくれない。誰もかまってくれない。かまってくれないっていうのは、昼休みや帰る時間になっても、店長が声も掛けてくれないっていうこと。
現場の手伝いに来ているのに、何をすればいいのか分からない。レジのサッカーをいきなりやらされたり、倉庫で商品を出すのを手伝わされたり、その日、そのときによって、あれやってて、これやっててと言われて、自分が役に立ってるのか、お荷物になってるのかさえ分からなくなった。たった1週間のホームセンター勤務だったけど、もう毎日泣きそうだった。パートのおばちゃんとおしゃべりしたりする時間だけが、小さな救いだった。
もう、ガソリンスタンドに帰りたいよお。所長や先輩たちと仕事がしたいよお。ガソリンスタンドは4月上旬から下旬まで働いてあっという間に日々が過ぎていたのに、ホームセンターの1週間が長く長く感じた。人との温かい交流って、こんなにも人の気持ちを変えるんだなと、つくづく実感していた。
ホームセンターの研修が終わって、やっとやっとガソリンスタンドに戻った。他の新人たちもそれぞれ別の店舗に研修に行っていたけど、帰ってきてみんなほっとしていた。みんな、私と同じ感想を抱いたようだった。
2カ月のガソリンスタンド研修を終えて、本社勤務になる日が来た。ガソリンスタンドのみんなと離れるのは寂しいけど、本社での仕事もがんばろうと思っていた。が、やっぱり人の冷たさに心が折れそうな日々が続いた。
今思えば、新人で入って、そのまま本社勤務にならなくて、本当によかったと思った。ガソリンスタンドとホームセンター研修を受けてみて、仕事をしながらでも心の交流は持てる、温かい人と人との交流があれば仕事もはかどる、そんなことを身をもって感じられたのは、貴重な経験だったと思う。そういうことを知らずに本社勤務を始めてたら、本当に心がポキッと折れていたかもしれない。
新人時代の2カ月の研修は、私に社会で生きていく自信を授けてくれた。所長は先輩たちが、働く厳しさも楽しさも教えてくれた。本社勤務になってからも、それが私を支えてくれた。そして、私が本社をちょっとずつ変えていった。ほんの些細なことだけど。
読んでよかった
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Sakai Tomoko

バイリンガルなwheelchair-erの夫を持ち、08年生まれの息子、10年生まれの娘の二児の母で、フリーでライターやってます(子育てのため現在はほぼ休業中)

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