2500時間の就職活動をして手に入れた大手銀行の内定を辞退し、親不孝で買い物依存症の僕が起業した話

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大手企業の内定をとることが人生の勝ち組だと勘違いしていた大学時代の僕。

その勘違いに気づかず、就職活動に2500時間を捧げた。


大手銀行の内定獲得後。

就職することに疑問を抱き、誰にも相談せずに内定を辞退。


そのことがきっかけで「クズ野郎。親不孝な奴だ。」と罵倒され、ほとんどの友達を失った。

学生生活が一変し、極度のストレスから買い物依存症になり半年で300万円の借金を背負うほどまでに生活が荒れた。


内定獲得まで順風満帆に進んでいた人生から、僕の内定辞退という一つの決断でドン底まで人生が落ちた。そんな僕は卒業後、起業の道を選んだ。





大手企業=勝ち組?!




大学3年生の春。

僕は就職活動の話をテレビや学校でたびたび耳にするようになった。


就職活動をするまで一年を切っていたが、まったくリアリティを感じなかった。というのも、人生を大きく変わる就職活動でさえもとりあえず時期が来たからやらなければいけないものくらいにしか考えてなかったからだ。


そんな僕でも、大企業に就職したいというのはなーんとなくだがあった。

給料よさそうだし、モテそうだし、知名度も高そうで入ったら安定・安心なんだろうなと何も調べもせずにそう妄想していたからだ。それとどうせ同じ時間を働くなら色々と得なほうがいいというすごく単純な動機があるくらいだった。

根拠はないが大手企業=勝ち組というだとも勝手に思い込んでいた。


ニュースでは就職難、就職難とか言われていたが、実感が全然湧かずにいうほどでもないだろうと楽観視をしていた。普通に就職活動をすれば、内定はもらえるもの。「別にやりたいことなんてないし、なんとかラクして就活出来ないかな。」とばかり考えていた。


そんなことばかり考えていた僕は、

「どこでも入社出来そうな成績優秀で普段からものすごく真面目な先輩から、【就職活動の必勝法】を聞いたらめっちゃラク出来るはずだ!」と思いついた。アイディアを出した自分は天才だと浮かれていた。


その後。

すぐに先輩と会う約束をとりつけて、行動に移した



が、

この行動が僕の甘い考えを180度変え、大手銀行に内定をもらえたきっかけともなったのだった。


先輩、大手企業に内定もらえるコツ教えてくださいよー!今度ご飯おごるんでお願いします!
真面目な先輩
そんなのないよ。
えー、またまたご冗談を!教えてくださいよ!
真面目な先輩
いやいや。就職活動甘くみるなよ。俺の世代で第一志望いけたやつほとんどいないし、就職浪人しているやつも多いからね。
噓ですよね?!
真面目な先輩
本当だよ。俺も第一志望行けなかったしな。なんとか就職先が見つかったからまだよかったけど。
そうでしたか。おめでとうございます。。
真面目な先輩
まあ、地方の小さい会社だけど頑張るよ。行きたいとこいけなかったけど、この時期に内定もらえただけでもありがたいからね。


あの真面目な先輩が第一志望落ちた・・・

てか、就職活動ってそんなに厳しいの?!


衝撃的な話で頭がグルグルした。普段から授業も真面目に出ていて、就職活動も開始時期よりだいぶ早い夏から真面目にやっていたあの先輩でも第一志望にいけない。むしろ、大手企業の内定をもらえもしなかったという予想もしていなかった厳しい現実に呆然とした。


就職活動は僕が考えているよりもハードルが遥かに高いものだとここで初めて気づかされた。

このままだと僕は、大手企業で勝ち組になる夢なんて夢のまた夢。むしろ、大学にも真面目に出ていない僕は就職浪人をするんじゃないか。そもそも就職なんて何年かけても出来ないんじゃないか。ものすごい不安に襲われた。


心底焦った僕は、その先輩よりも早く就職活動を開始することを決意。

大学三年生の六月から就職活動を始めることにした。





君この仕事向いてないから、辞めた方がいいね。




2011年3月。面接日まで一ヶ月を切った。

僕はものすごく自信に満ちあふれていた。

というのも、就職活動を他の就職活動生よりもだいぶ早く始め、更に準備も毎日手を抜かずに徹底的にやっていたので準備万端だった。そして、他の就職活動生にも頼りにされる存在になり、天狗になっていた。


だが、この甘い考えはある方にOB訪問をした際に全てぶち壊された。


ある日のOB訪問での出来事。

本日はお時間とっていただき、ありがとうございます。志望理由を見ていただきたいのですがよろしいでしょうか?
OB訪問先の先輩社員
ああ、いいよ!
ありがとうございます。志望理由なのですが◯◯です。いかがでしょうか?


正直自信があった。最高の出来だが一応聞いてもらう程度の気持ちだった。


しかし、


OB訪問先の先輩社員
全然ダメだね。君この仕事向いてないね。エントリー辞めたほうがいいよ。
えっ、、
OB訪問先の先輩社員
僕忙しいんだけど、他に何か聞きたいことある?
いえ、ありません。お時間とっていただきありがとうございました。


OB訪問は一瞬で終了した。

自信満々で天狗だった僕のプライドは壊れ、予想もしていなかった挫折に僕は放心状態になった。


準備万端だと思えた僕の準備はエントリーにすら値しないものだったのだ。


僕はパニックになった。考えても考えてもあと一ヶ月での面接が受かる方法なんて思いつかなかった。このときの僕なら面接の攻略法の情報が売っていたなら100万でも200万でも買っていただろう。ただ、買いたくても本屋にもネットにもどこにも売っていないのが現実だった。

面接まで泣いても笑ってもあと一ヶ月。なにをしたらいいのかの答えはなかった。とにかくがむしゃらにやるしかなかった。


一日二時間睡眠、自分で決めた課題が終わらなかった徹夜。

OB訪問での悔しさから、僕は死ぬ気でラスト一ヶ月を過ごすことに覚悟を決めた。





おめでとう。これで君も晴れて銀行員の仲間入りだ。





「おめでとう。これで君も晴れて銀行員の仲間入りだ。」

最終面接官の口から思いもよらない言葉と僕の目の前に手が差し伸べられた。


「ありがとうございます。」僕は声を震わせながら、この一言を精一杯絞り出した。

3月に挫折を味わった自分が大手銀行の内定を勝ち取り、就職するなんて夢にも思ってもみなかった現実が目の前にあった。今置かれている状況を全く信じられなかった。最終面接官と握手をした瞬間、手の暖かみを感じてようやく現実を噛み締めた。


面接終了後、僕はすぐに両親に電話した。

なぜ両親に初めに報告をしたかというと、「就職をしたいから大学に行かせてくれ。」と無理を言って進学させてもらっていたので就職出来た報告を一刻も早くしたかったからだ。どこの企業でもいいから内定を勝ち取ることが僕なりの両親への恩返しと入学当初から考えていたことだった。

「大手銀行の内定獲得」というのは恩返しの中でも、最高の恩返しが両親に出来ると心が震えた。


電話には母親が出て、僕は照れくさく、

「大手銀行の内定とったよ。」この一言だけさっと言った。


・・・


「よかった。よかった。ほんとによかった。」

少しを間を置いて、母は涙ながらにこの言葉を僕に投げかけてくれた。


この瞬間。思わず僕は人目も気にせず東京駅の改札口でその場に座り込んで泣いてしまった。


〜〜〜〜

100社以上の企業にエントリーシート提出。

OB訪問で仕事に向いてないから、辞めろと言われたあの日。

遅刻しないように走り回って参加した企業説明会。

一日五社を掛け持ちで受けた面接。

三日徹夜なんて当たり前のような毎日。

内定が取れないかもしれないことへの恐怖が襲いかかる地獄の日々。

〜〜〜〜


頭の中に今までの就職活動が走馬灯のように今までのことが蘇った。


こんなに肉体的にも精神的にもキツイことは人生で初めてだった。でも、その思い出はすべて嬉し涙に変わっていった。





知り合いだっけ?





大手銀行の内定を取れたことが嬉しくて、友達や先輩にバンバン報告しにいった。すごく幸せだった。今までとりわけ大きな目標もなく過ごしてきた僕にとって、人生最大の目標達成した瞬間だった。人生で一番嬉しかった。

僕の嬉しさと比例するように、みんな盛大に祝福してくれた。友達ともそこからより仲良くなり意気投合した。最高の日々が続いた。


ただ、そんな幸せなときを過ごしている中、僕の日常に徐々に変化が訪れた。


内定を獲得してから、


今まで仲良かったわけでもない人から話しかけられたり、

連絡を何年もとっていなかった友達から急に連絡がきたり、

まったく知らない女性から電話が来たり、


「知り合いだっけ?」と思わず言ってしまいたくなる人達が、急に親友のように僕に接するようになってきたのだった。

最初はそのことも大企業の内定の威力はすごいな、内定のおかげで知り合いの輪が広がったとすごく嬉しかった。


でも、僕はのちに気づくことになる。

僕という人間にみんな興味はなく、「大手銀行内定をとった」僕に興味を示していただけということに。





内定辞退のために大手銀行へ訪問

僕は内定をもらってから、それとなく違和感を感じつつも人生最大の順風満帆な日々が続いていた。





ただ、内定をもらった日からどんどん日が経つにつれ、頭の中に疑問ばかりが浮かんだ。


なんで僕は銀行を就職先に選んだのか?

なんで僕は大手企業に就職したいのか?

なんで僕はそもそも就職活動をしたのか?


そんな僕自身の問いに対して、内定を獲得する為に塗り固められた面接ウケの良い意見は言えた。

でも。心の底から自信をもって言えるような答えは何一つ導き出せなかった。



僕は大手企業にこだわり過ぎるあまり、完全に自分を見失っていた



いつの間にか世の中の常識や評判を気にし過ぎて、世の中で評価が高い道を選ぼう選ぼうといつの間にか必死になっていた。

このことに気づいてから、僕はこの先の人生をどうするか本気で迷った。自分に噓を塗り固めたままこのまま就職をするのかどうか。それとも自分の納得いく道を今からでも見つけだすか。そのことだけを考える日々が続いた。


そして、僕は後者を選んだ。大手銀行に内定は辞退する、心に決めた。


内定を辞退をするのは正直恐かった。なぜなら、ネット上では内定辞退の企業の対応を調べたら、「熱いコーヒーをかけられる。」、「監禁される。」、「高層ビルで最上階なのに窓を指差して、お帰りくださいと言われる。」など恐ろしい内容が書いてあったからだ。

だからといって、その旨を伝えないわけにはいかない。僕はビクビクしながら、内定辞退を伝える電話を大手銀行にかけた。


採用担当者からは「明日、直接一度会いに来て。」の一言だけ言われた。


そして、その時はきた。

直接採用担当者の方に会って、内定辞退の旨を申し出たら、


「わかった。君の人生がより良い道になることを応援しているよ。」


「?????」予想外の対応に僕は驚いた。ネットに書いてあることが一つも起きずに内定辞退を急にして迷惑をかけた僕に、あったかい言葉をかけてくれたのだ。内心、すごくほっとした。


だが、ここからが本当の地獄の始まりだった。





お前クズ野郎で、親不孝な奴だな。




大手銀行の内定を取れた嬉しさの反動で内定獲得後に多くの知り合いに報告をしてしまっていた。なので、その先に何をやるかは決めてはいなかったが、とにかく辞退したことを伝えておこうと思い、報告してまわった。


僕は友達から内定辞退を伝えた大手銀行の方のように、

「就職だけが全てじゃないよ、応援してるから頑張れよ。」

とあったかい言葉を言われると思っていた。



だが、現実は全然違った。


「はっ?!お前バカなんじゃないの。その選択は頭おかしいだろ。」

「え〜、俺友達にお前のこと自慢しちゃったよ。自慢して損した、、」

「お前クズ野郎だな、親不孝な奴め。」


という反応だった。僕は衝撃的だった。あんなに笑顔で祝福をしてくれた人達が内定を辞退したことで、180度態度が変わったのだ。僕は人間性を疑われ、クズ呼ばわりされるなんて思ってもみなかった。


このときに心底実感した。やっぱり、みんな僕自身には興味はなく、


「大手銀行に就職した」僕に興味があったんだと。。


会うたび会うたび、いろんな人に罵倒される日々が続き、精神がおかしくなりそうだった。僕はだんだん自分の殻に閉じこもっていった。






買い物依存症になり、300万円の借金




そんな僕の心を埋めてくれたのが買い物だった。心にはぽかんと穴があき、誰にも心を許せなかった。服には感情がなく、お金を出せば僕のもとに手に入る。大金で自分の思い通りに出来ることが楽しかった。


日本全国、海外でも飛び回ってほしい服を買いに行った。とにかく知り合いには会わないようには徹底していた。会ったら何を言われるのかが恐くて恐くて、会いたくなかった。


新しい服を着るのも楽しかったが、買い物のときにお金を使えば使うほど店員さんが優しくしてくれたのもやみつきになった。


店員
めっちゃ似合っててカッコいいですね!


友達の誰かに褒められても内定辞退後の罵倒のトラウマがあった僕には、僕の素性を知らない人からの褒め言葉が何よりもの支えになっていた。だって、素性を知られていないありのままの僕を褒めてくれているから。この一瞬の優しさを求めて、僕は服を買うことにハマってしまったのだろう。

一日で100万円使った日もあった。本当に金銭感覚が狂っていた。


ちなみに僕はお金持ちの家の息子ではないし、貯金がたくさんあったわけではない。むしろ、貯金は就職活動の際にすべて使い果たしていた。


なぜ服をそんなにも買えたかと言うと、クレジットカードのローンとキャッシングをフル活用していたからだ。そのおかげで自分の手持ちの数百倍ものお金が使えたのであった。僕は使えるだけ使い込んだ。完全に買い物依存症になっていた。


そして、半年後にはあっという間に300万円の借金を作ってしまった。


内定を辞退して、自分のやりたいことを見つけるどころか借金返済でアルバイトを必死にする毎日にドンドン変わっていった。大学には行かず、必死にアルバイトをした。

実際に大学四年生の後期はアルバイトが忙しく、内定辞退の報告と卒業証書をもらいにいった二回しか学校には行けていない。


僕は人生で初めて300万円という借金を背負い、我に返ることが出来た。

アルバイトだけではどうしても返しきれずに、クレジットカードのローンもキャッシングも限度額まで使いどうしようもないドン底まできてしまっていた。


クズで親不孝な息子


以前友達言った言葉が正論だと思えてきた。

僕の考え方や行動は間違いであったと何度も悔やんだ。

でも、いくら後悔してもあの時の自分。大手銀行の内定は戻ってこない。


もう昔には戻れない現実を受け止め、アルバイトでコツコツ借金をして返していこうと思った。

何年かかってもこの借金を返し、人生の再スタートを切ろうと心に決めた。

そして借金返済後、2014年9月に起業。



この先の話は別のストーリーに書きました。

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20か月で4800万円を自己投資し、精神・金銭ともに貧乏になって初めて気づいた。起業していく上で大切なたった一つのコト。

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自分を信じて頑張っていきたいと思いました!

私も今、金子さんと同じようなことを就職活動をしていて感じていたのでとても胸に刺さりました。
私も結局、就活はやめました。今は少々危険な選択かもしれませんが、就職活動という既定路線の”道”という段階までいっておらず、道を作るために穴を掘ってるような段階です。秋には道づくりが完成して、試運転できるように頑張ります。

金子 健太

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