元貴族・番外編:ビバリーヒルズ旅行記

このエントリーをはてなブックマークに追加

 アメリカ人元貴族との異次元交流をたくさんの方に読んでいただいて、心から嬉しく思います。みなさん、ありがとうございます。

 ここはビバリーヒルズ。アカデミー賞授賞式で有名なヒルトンホテルに泊まりました。授賞式でもないのに、ドレス姿で歩く女性たちがたくさんいました。

 さて、ディナーに招待された当日の夕刻。作家のお抱え運転手であるリムジンドライバーがホテルまで迎えに来てくれました。運転手さんは、ひょこひょこ歩いてくるアジア人の私を見て、キョトンとしていました。帰り道、ドライバーさんがその理由を話してくれたのですが、ハリウッドスターがしょっちゅう出入りしている作家の「友人」と聞いていたので、セレブな人が現れると思っていたらしいです。すると普通の日本人がニコニコしながら歩いてきたので、???と思ったらしいです(笑)。

 気を取り直して、車を走らせたわけですが、ドライバーさんもビックリ(がっかり?)したままだったのでしょうか。ふたりともシートベルトをし忘れたまま走り出しました。

 すると、どこからかコワモテの警察官に近付いてきました。

ポリス「シートベルトは?」

ドライバー「大変申し訳ありません。以後、気をつけます。」

 後部座席にいる私を見ながら。。。

ポリス「君もシートベルトしてないな。」

ドライバー「大変申し訳ありません。彼女は日本から来たばかりで英語もしゃべれないんです。」

 どうやら私は英語を話せない日本人でいた方が安全なようでした。

"Oh..."

指摘されて今、気付いたかのように両手を広げてオーバーな演技をし、すぐにシートベルトしました。

 ようやく警察官から解放され、私たちはほっとしました。

 日本の警察官はいきなり銃を撃ったりしませんが、アメリカの警察官は銃を撃つ正当な権利があるので、警察官に呼び止められた時にスーツの胸ポケットに手を入れたりしてはいけません。それは胸ポケットに入っている銃を取り出す行為と受け取られ、正当防衛で撃たれるリスク高いです。警察官から呼び止められた時は、両手を外に出したまま(または両手をバンザイと上に挙げたまま)、おとなしくしましょう。

 ようやく作家の邸宅に到着。「開けゴマ」みたいな、10メートル以上高さがありそうな大きな扉がありました。その扉がギギギっと音を立てながら開いたら、まだそこには道が続いていました。

 リムジンでしばらく走った後、ようやく邸宅の玄関に到着。そこには作家ピーターと奥様が笑顔で出迎えてくれました。それからディナーまでの間、邸宅の中を見せていただきました。ビバリーヒルズのお宅にお邪魔するなんて経験のないことだったので、たくさん写真を撮らせていただきました。


 (写真:作家ピーターと一緒に書斎にて撮影。)


 作家ピーターは茶目っ気たっぷりで、時には頑固で、小説を読んで私が頭に思い描いていた通りの人でした。ウィットに富んだ会話をしているかと思ったら、初対面の私に過敏になって吠える犬に向かって「シャラップ!」と本気で怒鳴ったり。

 私は彼らのインテリ話についていくのがやっとでした。日本にいる英語話者のようにゆっくり話してくれませんしね。もういいや。開き直りました。インテリぶっても、すぐにバレちゃいますからね。

「旅行する度にいろんな場所で英語を学ぶチャンスがあるね。」

とディナーに同席したビバリーヒルズのお隣さんから、旅行者相手のお愛想のように言われたので、

「英語を学ぶと言っても、すべての人から学ぶのは私のような外国人にとっては危険です。誰から学ぶのか吟味することが大切なこと。アメリカ人と言ってもいろんな人がいて、一見、同じ英語のようでも全く違う英語だったりします。だから、やみくもに学ぶつもりはないです。」

 何かいいこと言ったのかわかりませんが、この時ばかりはピーターはしきりに頷いていました。

「そうだ!その通りなんだよ!いろんなアメリカ人、いろんな言葉。そうだよ、そうなんだよ。」

 おとなしくしてばかりもいられません。最初に言いたいことは言わないとね。言いたいことを言って、相手に「骨のあるやつだ」と認めてもらったところから、本当の付き合いは始まりますからね。

 ピーターについて少々。彼は情熱的な人で若かりし頃、スペイン女性と恋に落ちてスペインまで追いかけて行っちゃったんです。その後10年間もスペインに住んでしまいました。数ヶ国語を話せる人なので言葉の障壁はなかったでしょうけど、10年は長いですよね。そこでフラメンコの前身であるバレエ団のようなものをマネージしていたと聞きました。大学教授のお父様からは「そんなに好き勝手するなら、(莫大な)資産はおまえにはやらんぞ!」と何度も叱られたらしいです。ついには途中で仕送りを打ち切られ、スペインで俳優などのアルバイトしながら生計を立てていたこともあるそうです。

 俳優といえば、日本でも有名な「刑事コロンボ」のピーター・フォーク氏は彼の友人です。以前、コロンボのシナリオを書いたことがあり、ついでに役者としても出演しちゃったらしいです。

 この写真は、ピーターが「刑事コロンボ」に出演した時のものです。


 ピーターにその時の経験について尋ねたら、かなり照れていました。

「いや、ピーター・フォークにどうしてもと言われたから出ちゃったけど、ただの脇役だよ。そんな古い作品、Kayoは見ちゃったの?日本では今でもコロンボは有名なの?」

と赤面してました。かわいい。

 ディナーは南部料理のジャンバラヤとガンボ。メイドさんたちと一緒にピーターも作ってくれたようです。彼は料理にもかなりうるさい人で料理本も出しているくらいです。

(写真:料理本「アメリカンクッキング」ピーター・フィーブルマン著)


「料理は得意なの?」と聞かれたので、日本らしいお豆腐料理について話しました。

 ごくふつうに「お豆腐を手のひらに乗っけて、さいの目に切るんだよ」と話したら、

「豆腐を手のひらに乗せて切れるのか?天才だ!」

 過剰にほめられました......なんで?

 アメリカ人は一般的に不器用なので、あのやわらかい豆腐を崩さずに手のひらに乗せるだけでもスゴイのに、それをさいの目にキレイに切れるなんて天才だ!となるみたい。お国、変わればですね。

 その後も何度かお宅にお邪魔して、普段はメールでやりとりしています。

 ある日、彼の二作目の戯曲「ケークウォーク」の上演を観たいと言ったら、アメリカでの上演予定はしばらくないとのこと。彼の一作目の戯曲についてリサーチした時に知り合った日本の演劇関係者が第二作目に興味を持っていたので、私は日本での上演を観たいから翻訳させてもらえないでしょうかとお願いしました。そして、戯曲「ケークウォーク」翻訳の許諾と日本上演コーディネートも任せてもらうことになりました。


★最後に

 たったひとつのメールから、こんなところまで来てしまうとは我ながら今でも信じられません。

夫がボストンで危うく9.11の惨事に巻き込まれそうになった時

「大丈夫!絶対に生きてる!連絡がつくまであきらめるんじゃない!」と励ましてくれ、

3.11後にメールしたら

「なんでもっと早くメールくれなかったんだ!返事がなかった時のことを思うと怖くて、俺の方からはメールできなかったよ。生きててくれて良かった。」

 本当に「日本にいる娘」のように今でも気にかけてもらっています。私にとってもピーターはアメリカにいる父親、いえ、それ以上の存在です。

 そんな私の心のヒーローへの恩返しとして、私と同じようにピーターを敬愛する世界中のファンと彼の作品を共有するために、フェイスブックでファンページの運営を始めました。

 いつかこの目で戯曲「ケークウォーク」の上演を世界の何処かで観ること!

 それが私の新しい夢です。

 「夢は叶うもの」と信じない限り、夢が叶うことはないのかもしれません。

 どうか、みなさんの夢も叶いますように。

(注:このストーリーにおけるピーターの写真は、本人の許諾を得て掲載しております。)

読んでよかった
このエントリーをはてなブックマークに追加
このストーリーをブログ等で紹介する

Kayoさん、すばらしい!ピーター氏との間にこんなピソードと交流があったなんて。明日へのパワーいただきました。興味があることなら、迷っていないでその扉を叩いて、そして開けてみなくちゃって思いました。

啓子さん、ありがとうございます。今まで生きてきて思うのは、意外と人生は短いです。迷っているのは時間がもったいないです。「とりあえず扉を開けてみて、色々考えるのはその後でいい」が私のモットー。私、「気持ちだけは」いつまでも若いです(笑)

素敵な夢のような経験楽しく読ませ頂きました。、ピーターが笹嶋さんを娘さんみたいに接していられたこと、わかるような気がします。

平塚さん、ありがとうございます。仕事もプライベートも一歩踏み出すことで道が開けてきたように感じます。一歩踏み出す人生を歩んでいる点では、きっと平塚さんも同じですよね。^ ^

Sasajima Kayo

翻訳・経理等事務屋

Sasajima Kayoさんが次に書こうと思っていること

|

Sasajima Kayo

翻訳・経理等事務屋

Sasajima Kayo

翻訳・経理等事務屋

Sasajimaさんの他のストーリー

  • アメリカ人元貴族との異次元交流(2)

  • Sasajimaさんの読んでよかったストーリー

  • 社長が逮捕されて上場廃止になっても会社はつぶれず、意志は継続するという話(最終回)