ブラック会社の最高経営責任者になった。1回

ブラック会社の最高経営責任者になった。1回
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その会計士は数枚の紙を机上に置いた。そして呟くように言った。



「社長今月の損益計算書の結果はマイナス3,000万円です。」


なんだよマイナス3,000万円って桃鉄じゃねーんだぞ。

「では、これで」と言って、その会計士は立ち去って行った。






なぜこんなことになったのだろう。激しく後悔したものだ。父親の経営する会社を引き継げと打診され悩みながらも承諾した。今思えば本当によく考えてから行動すればよかった。


2010年の11月ごろ社員の給料の遅配が起こり、私もなけなしの300万円を役員借入金として補てんした。会社がいよいよ倒産しそうなのではという危機的状況に陥っているのはうすうすながら感じていたのだが、父親との相談の上引き継ぐこととなった。補足をしておくが父親は自分が還暦を迎えたときに代表を引退することを周囲に公言しており、会社経営が傾きかけているから引退するということではない。


2010年12月ついに資金繰りがパンクした。給料が払えないとか言い出す。25日の給料日と5日の業者支払の買掛金を遅らすようお前らで交渉しろとか怒鳴り散らす。このときばかりは自分の父親がすごくみじめで情けないものに感じた。このとき支払われるべき給料は結局のところいまだに貰ってはいない。

2011年2月銀行の融資は遅れながらも実行され、給料の遅配は数人したもののなんとか建て直しているかのように思えた。

そんなおりに経営者の交代の打診である。妻に相談するとほんとうにつぶれる寸前だからやめた方がいいと反対した。自分に自答しながらなんとかやってみるよう父親に伝えた。私は父親の恩恵を受けて育ってきたし、就職にしてもコネで入社したようなもんだ。いざ事業継承をするときに逃げるというのはなんとなく自分のなかで卑怯な感じがしたからだ。


さっそく親父は準備に乗り出す。売掛金を一度口座から引き出し、2000万円差し戻す経理上操作していた。次の日には私が2,000万円の出資金を出しているかのようになっていた。


よく考えたら会社の売掛金を一度自分のものにして自分が会社に出資したように操作しているのだからこの時点ですでに背任である。


就任の式典を催すという。最高経営責任者としての就任のパーティを開催するためである。そんな金すらあるのか心配なのに。わざわざホテルの一室を貸切し、立食パーティ形式の式典を行った。わが社はやめていく人が本当に多い。50人ちかいの従業員を抱えているにも関わらず三年未満が社員の半分を占める。過去の失敗が経験とならずに同じことを繰り返しているといった内容を皮肉をこめて演説した。


私は壇上から30分ばかりスピーチをした。内容は現在の社員の約半数が3年未満であり雇用の継続を第一とした経営を行うこと。次に従業員の意識改革についてといったことだった。とあるアメリカの大統領は自分の2時間の演説にはその3倍の6時間かけて考えるという。そのくらいの努力はするべきだったのだろう。前日に必死になって作成した原稿内容では30分のスピーチの予定であったが10分以上残して語りたい内容を読み終えてしまった。


そのあと部長の乾杯の挨拶のあと酒宴となった。一人一人に接して軽く話をする。話の内容はたわいものない内容だ。立食形式であったのだがあまり皆は話しかけてこない。単なる二代目の経営者であり、実力でなったわけではない。年齢も31歳である。そんななか社長と呼ぶことに抵抗を感じていることはひしひしと伝わってきた。これは私が主役なんだよな。自分が主役なのにまるでアウェイのような気分がした。お手洗いにいく。もうすこしスピーチの内容を考えておけばよかった。激しく後悔した。はやく終わって欲しい。そう思わずにはいられなかった。


一部の社員は二次会に参加するみたいだ。一応誘われたのだが断った。せっかく誘ってくれた社員は残念そうにしていた。一人になりたかった。


帰りの電車の中でこれからはたしてどうなっていくのであろうか。不安でどうしようもない気持ちで一杯であった。


翌日ここに座れと言われ社長室の椅子に座る。27歳から3年ほど営業の仕事をしていたのだがいきなり社長になった。従業員の人たちもすごく違和感があるみたいだ。ある女性事務員が私のことを積極的に「社長」と呼んでくれた。その人のおかげで「社長」と呼ぶことが浸透したようなものだった。


実質的な経営権は会長(先代社長)が握っている。周りから提出される書類に判子つくだけの判子つき係になった。初日の仕事は判子をついただけだった。あとは自分の営業の案件の見積作成をしていた。

ちなみに会長から引き継ぎをした内容は金庫の鍵の保管場所と開錠の仕方を教えた貰っただけであった。


さほどすることもないので得意先に営業に出かける。取引先には代表者変更の通達はしているのだが、私が担当している人にまで伝わっていなかったみたいだ。


私「おひさしぶりです」

取引先「おひさしぶりです」

私「最近すこしばかり出世しまして」と代表取締役の名刺を渡す。

取引先「代表になったんですか。お若いのに」


吃驚される。悪い気はしない。たわいもない話をしてこれからもよろしくお願いしますと頭をさげる。社長になるのもいいものだと気楽に考えていた。



就任後二週間ほど経過した。初めて会計士に監査を見てもらう。説明を受けるがピンとこない。

わが社の貸借対象表と損益計算書なるものを初めてみた。

経理の女性事務員に聞いても「新社長何も知らないのですね」と馬鹿にされる。意味がわからない。うちは年商6億ある会社だと聞いている。月額5,000万の売掛は発生しているはずなのに今月の売掛が1,700万しかない。あとの3,300万円はどこへいったのか。


なぜエクセルで付けている売掛帳面と会計士が作成した試算表の売掛、買掛、利益が合わないのかを会計士に尋ねた。すると前年度の売上に前倒しで計上しているので今月の売上であっても計上していないとの回答であった。ますます意味がわからない。


そんなやりとりをしていると会長が怒り出した。そんな帳面つけてもなにも意味がない。大切なことはいつ売掛金が回収できるかといつ支払が発生するかだ。とかいって怒鳴り散らしている。

基本的にうちの会長はすさましく気が短い。



言っている意味が全く理解できない


これを世間では所謂キャッシュフローオンリー経営、またの名を自転車操業という。

その場で会計士さんはとりあえずこれで終了しますとかいって帰っていった。手元には今月の損益マイナス3,000万円とかいう報告書だけが残った。なんだよマイナス3,000万円って。



そのまま仕事をさぼって本屋に直行した。

「やさしい会計」とかいう内容の本と「誰でもわかるわかりやすい決算書の見方」とかそういった本を購入したと思う。あまり記憶に残ってはいない。


近所の喫茶店でイライラしながら本を読む。そのなかでぼんやりとさっきの出来事を回想する。翌年度の発生するであろう売掛金を前年度に組み込む。売掛金と固定資産を水増しする。

すごく単純な粉飾のやりかただ。


しかしながら回収が翌年のため多額の売掛残が発生する。そして今年度の売上が前年度で計上されているので今年度は消し込みしなくてはいけない。当然計上できない。





会長は自分の都合の悪いことを指摘すると騒ぎ出す。なんにも会話がすすまない。


この時点で借入金3億7800万。売上6億(架空計上1億7000万)現預金に至っては当月分の半分もない。月4,000万の程度の資金移動があるのだが、預金通帳には2,000万円を下回る残高しかない。会社を一人のサラリーマンに例えると周囲には年収600万といっていたが実は430万円。借金が378万ほど。月の返済額は7万8千円。預金残高20万円。もうすぐ借金が年収に匹敵する。自己破産寸前といったところであろうか。


頭悩ましている時にさらなる仕打ちのごとく弁護士から連絡が来た。社長さんですね。売掛金の未払い金においての連絡ですがといった内容だった。


うちにとっての買掛金未払いの裁判があることは知っていたけれども、会長に一任していた。相手の弁護士は代表取締役が変更になっていることを知らないみたいだ。

訴状を読んでいないのでコメントできない。

とにかく会長に連絡し、対応を任せる。

昔うちの社員がこんな会社やってられるかといって社員と下請け業者を巻き込んで何人かひきつれて独立した。その際に一緒に独立した下請け会社に買掛金を支払いをしなかったのだ。買掛金が未払いなんだから普通に考えて手元になければおかしいだろ。それが手元には全くない。

裁判は負けること確定しているのでできる限り長引かせてその間に金を工面するよりない。


長期借入金についての明細を事務員から教えてもらった。ていうか代表取締役を引き継ぎするのだからそのあたりのことは自分から伝えるべきだろ。自分の都合の悪いことは全く話さない。

ますます先代の会長との確執は深まるばかりだ。

社員全員の今月の給料の明細が私の手元に届く。25日は給料日だ。銀行残高を調べる。何度閲覧しても足らない。「どうするんだ」と会長から尋ねると「20日にこれだけ回収予定だから問題ない」と返事が返ってきた。




とにかく現預金がない。一か月分の流動資産がないのだ。入金が入ってくることを予想して支払いを進める。これはいわゆるザル式経営というやつだ。これの逆はかの有名なダム式経営だ。あたかもダムに注がれる水を貯水していくように金を貯蓄していくという経営方針だ。


ザル式経営とダム式経営。語感や言葉は似ているように感じるが中身内容は大幅に異なる。



社員の退職金積立金まで手を付けている。

運用という名目なのもと退職金積立金がそっくりなくなっている。一応退職金積立金用の別口座が存在する。ほぼ残高ゼロに等しい。77円しか残高がない。最近長年に勤め退職した人がいないにもかかわらず。

退職金積立の年次会計報告のない会社の退職金積立は信用に値しない。企業年金も同様だ。

福利厚生の一環として企業年金を掲げる会社は存在する。しかしながら、企業年金は破綻していくのではないかと予想している。年功序列と終身雇用。充実した福利厚生と企業年金。こういった会社は私が還暦を迎えるころ、はたしてどの程度存在しているのだろうか。


厚生年金は2か月分ほど滞納していた。従業員からは厚生年金という名目で給料から天引きしておいて実際には厚生年金を支払っていない。これが会社として成り立っていること自体が不思議に思えてきた。

20日には予定通り売掛金が回収できた。私にとっては一安心である。経理、会長にとっては日常茶飯事のようだった。20日着金した金で25日に給料を支払う。


私はこのとき人生で給料日とはなんと苦痛な日であるのかと思った。給料日は嫌だ。

胃が痛くなる。この世の中から給料日なんてなくなればいいのに。経営者と労働者が理解しあえるはずもない。せっかく社員のみなさんが働いてくれているのに対価としての給料を払うのが嫌になる。自分の心が少しずつ汚れていくようなそんな感覚だ。

とにかく首が回らない。長期借入金の返済が毎月700万近くある。事業の利益はでているのだから返済はできていくはずだ。なんとかしなくては。なんとかしなくては。金のことばかり考えていた。


自分が想像していた経営者のイメージと現実があまりに乖離していることに愕然とした。そして経営改善をすすめていく決心をした。
いままでただ漠然と生きてきた自分の人生はこのために存在していたのだと。とにかく自分が無駄だと思えることを紙に書き出しをした。
不要な事業、不要な資産、不要だと思われる人材等。ひとつひとつ着手していくことを誓った。


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堀口 悠冴

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