大手総合商社M社の人事部が作っていた、重複内定者を説得するトークスクリプト。

最近、ほんとうに久しぶりに人材採用のテーマで相談を受けました。もう15年以上その世界からは遠ざかっていますが、昔取った杵柄を思い出すために、ちょっとしたノートを書いてみます。少し長文ですが、お付き合いいだけると幸いです。

今年の2月27日、日本経済新聞社の就職人気企業ランキング(総合)で、上位10社を金融・保険が独占したと報じられていました。

https://job.nikkei.co.jp/2014/open/enterprise/ninki/


このランキング調査は新聞社や就職情報会社など複数の組織が行っており、それぞれ結果が異なります。他の調査では総合商社や運輸、広告などがベスト10に入っており、日経新聞の結果だけが正しいというわけではありません。


ただ、上位10社がすべて金融・保険というのは確かに珍しい結果で、多くの論者が「驚いた」「違和感がある」というネガティブなコメントをしていたのが印象的でした。


筆者は以前、ある採用PR会社に15年間勤務しており、大学生の採用・就職というテーマに深く関わっていました。その経験から、今回の日経新聞の調査結果を含めて、学生の職業選択というテーマについてコメントしてみたいと思います。


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学生が金融・保険を選ぶ最大の理由を、多くの人は「安定志向」と分析します。そしてそこには、若者らしい夢や志が見受けられないという悲観的なニュアンスが含まれています。しかし、学生が職業的安定を志向するのは当たり前のことではないでしょうか。過去の調査結果を見れば、上位にランキングされる会社は、その時代のなかでもっとも元気で好待遇な会社ばかりです。安定志向は学生にとってとりあえず押さえるべき基本要件であり、問題はその先にある。だから安定志向を否定しても、実は職業選択というテーマの上っ面をかすったことにしかならないと思います。


むしろ筆者が気になるのは、金融・保険を志望する学生が、そこで働くことの意味をどう認識しているのかということです。話をわかりやすくするために、銀行に絞ってみましょう。筆者は銀行という組織、そして銀行マンという仕事には、際立った大きな特徴が2つあると考えています。


1つは、激烈な競争組織だということです。数百人の大卒の新入社員の大半が支店に配属され、横一線で職業生活のスタートを切ります。渉外や融資など基本的な支店業務を経ながら、常に厳しい評価にさらされ、次第に選別が進みます。40歳頃になると支店長になれるかどうかがわかり、50歳前後には役員として残れる人以外は関連会社や融資先などへ転出します。数百人の新入社員が、最後には数人の役員の椅子をめぐって、厳しい選別のなかで職業人生を過ごすわけです。


これに対し、例えば素材系メーカーでは、文系大卒は数十名という少数採用です。新入社員は地方の工場に配属され、ブルーカラーのおっちゃん達とも居酒屋で酒を酌み交わしながら、メーカーの基本である生産現場のイロハを学びます。そして複数の工場と本社を行き来しながら、長い時間をかけて将来の幹部候補生として育てられていきます。


単純化すれば、キャリアディベロップメントの基本型が、銀行は選別プログラムであるのに対し、メーカーは育成プログラムであるといってもよいかもしれません。


もう1つの特徴は、銀行マンには事業の当事者性がないということです。会社を起業し、事業を維持・成長させていく普通の経営者や社員(当事者)に対して、財務面をサポートする支援者という立場で仕事をすることになります。だから銀行マンは、当事者になれないがゆえに、あるいはその淋しさに耐えながら、自らの専門性や洞察力に磨きをかけて自らの存在意義を確立するわけです。それは弁護士や会計士、コンサルタントなどにも共通する特長でしょう。


職業人生を、どんな組織文化のなかで過ごすのか。事業の当事者として生きるか、支援者の立場で生きるか。それは極めて重大な選択です。どちらが良いかという話ではなく、組織の枠組みやモチベーションの源泉がまったく異なっていることを理解したうえで、自分の志望を固めてほしいと思います。


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銀行を例にして少し極端な話をしましたが、なぜその仕事に就くのかという「本質的な職業動機」は、業種によって大きく異なります。就職活動をする学生には、その職業動機の中味にぜひ注目してほしいと思うのです。


これは以前、ある大手総合商社M社の人事部の方からお聞きした話です。M社が一人の学生に内定を出したとする。その学生が優秀であればあるほど、他の商社や他業種の大手企業などからも内定を獲得しています。それをどう説得するか。M社ではバッティングする他社や業界別に「口説きのトークスクリプト」を作っていました。


大手都市銀行との重複内定の場合には、先ほどの「当事者性」の話をします。「君はずっと支援者でいいのか? 自分で事業を作り育ててみようと思わないか!」という具合です。


財務省など国家公務員とバッティングした場合。国家公務員の職業動機の本質は「日本のグランドデザインを描ける」ことにあるわけですが、M社の人事部はこう問いかけます。「確かにそれは役人でなければできないことだ。しかし、それができるようになるまで、君は十数年待てますか? 政治家のお守りをしたり、先輩の下働きをする時間を、ウチの第一線で活躍してみないか!」 もっとも最近のグローバル企業は国家の機能を超えているという現実がありますから、たぶん別のスクリプトが用意されているとは思いますが。


メーカーとの重複内定の場合は、こうです。メーカー志望の学生は多くの場合、「ものづくり」で「社会に貢献できる」ことに魅力を感じています。また商品ブランドに深い愛着を持っているケースも多い。M社の人事は言います。「メーカーはとても重要な業種であり、君のいう魅力もわかる。しかし総合商社は、確かに直接モノは作らないが、世界中で絆や関係を作っている。そのネットワークがあって初めてものづくりもできるのだよ。ものづくりをもう一回り大きな枠組みで考えてみたらどうだろう」。


M社の人事の方が、重複内定で説得するのがもっとも難しいと言っていたのが、NHKや朝日新聞などのマスコミでした。「これはまだ勝率が悪いんですがね・・」といいながら、M社はこんなスクリプトを作っていたようです。「ジャーナリストは歴史の証言者だ。それはマスコミにしかできない。だが、商社は歴史そのものを創っている。君も客席から見ているだけでなく、はやく舞台に上がってこないか!」


まあ、だいぶ古い話ですから錆び付いているロジックもあるかとは思います。またかなり話を単純化しすぎている面もあります。でも就職活動をする学生には、こういうことをぜひ考えてほしい。エントリーシートや面接の対策本を読むだけではなく、その業界の本質的な職業動機や、その企業を形作る組織文化の由来などについて、自分で考えてほしいと思います。


世の中で「ブラック」と言われている企業もある。就職をしないで起業を志す学生もいる。ノマドというワークスタイルもあるらしい。そういう他者の論評や表面的な現象を気にすることなく、「働く」ということの意味を自分で考えることが必要です。


これまでは「学生」や「消費者」という立場で企業に接してきた。しかし就職活動をするときには、その企業の本質がクリアに見える新しい「メガネ」をかける必要があります。メガネの精度を上げることこそが、就職活動なのだと思うわけです。


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では、具体的にどうしたらよいのか。筆者もたまに学生から相談されるのですが、こう答えています。


志望する企業にいる30代の社員数人から、話を聞きなさい。毎日どんな仕事をしているか。その仕事の意味と魅力はどこにあるのか。どんな社風なのか。その社風はどうして生まれたのか。そして仕事の意味と魅力と組織文化は、同業他社や他の業界とは何が違うのか・・・。


仕事を始めて10年たてば、自分のルーティンワークの意味と価値を抽象化し、言語化する能力が身に付いているはずです。また自社の社風を相対化し、その魅力を語ることもできるはずです。その先輩の話が自分の「めがね」に合っていれば、そして心底納得できれば、職業選択としては大きく間違えることはないでしょう。


短い時間で書き連ねた雑文ですので、おかしな論旨も多々あると思います。ぜひ問題点を指摘し、ツッコミをいれていただきたいと思います(笑)。よろしくお願いします。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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