捨てたい過去。

わたしはいつも過去を切り捨てて生きてきた。たとえば小学校から中学校に、中学校から高校に、高校から大学に、大学から社会人に、転職の際に、引っ越しの際に、交際相手と別れた際に、自分の過去に封印をするようにその都度、人間関係をリセットしてきた。

捨てたい自分の過去。思い出すだけでも背筋が寒くなるような過ちや愚かごとをいっぱいしてきた。過去の自分は本当の自分ではないと思い込むことで、少しは自分の心の平安が保てるような気がしたし、実際にそうすることで前向きに生きられるような気がしていた。過去の自分を消しゴムで消して、生まれ変われると、どこかで信じていた。実際はそんなことないのだけど、少なくとも人間関係においては、そうしてきた。過去の自分を知ってるひとが誰もいない世界に行きたいと、いつも願ってた。

10年前、とあることをきっかけに、わたしは「蒸発」した。仕事も変えて髪型も変えて体型も変えて住処も変えて、みんなの前から消えた。こうしてわたしはなりたい自分になった、はずだった。
しかし、今の会社、すなわち、22歳の時に最初に入社した会社から分社した会社に入ったとき、わたしの過去を知っているひとばかりに囲まれ、それがわたしにとって大きなストレスだったのだろう。それに加えて、前にも書いた経緯もあって、わたしはうつ病になった。そして今では平社員に降格させられてしまった。過去を振り返らないつもりだったはずが、あの時こっちじゃなくあっちの道を選択していたら・・・と想像を巡らすこともあった。



そんな感じで、自分がたどってきた道を恐る恐る振り返ると、結局わたし自身が何も残してきていないことに気付く。それはわたし自身が選択したことなのだけど、なんていうのか、自分の存在証明がないことに寂しさを覚えることもある。
たとえば、わたしは独身である。結婚歴はなく、自分の血を引く子孫を残していないし、このす予定もつもりもないし、将来そういう機会も訪れないだろう。また、わたしは家や土地などの不動産を所有していない。かつてはすごく欲していた時期もあったのだけど、大きな負債を抱え込む勇気もなかったし、結果的に子孫を残さないのだから、資産を残しても意味がないわけだし、今年になって降格の憂き目にあったのだから、結果的にそれは正解だった。それよりもなにも、それまでわたしが関わってきた多くの人間の記憶にすらわたしが残っていないのではないかと思う。これは自分で望んだことだからしょうがないのだけど、このままいくとわたしは、今流行の「孤独死」しかねない。過去の知り合いなどはどうでもいいのだけど、せめて今なかよくしている人たちにだけは見送られたいと思っているのはわがままなのだろうか。理想的な死に方は、いつも呑んでるバーの階段から酔っ払って落ちて、頭を強打してそのまま死んでしまい、お店の関係者や常連さんなどの仲のいいひとたちに、わたしが死んだことが認識され、ついでに彼らに見送られながら土に帰りたいというものだ。身勝手だろうけど、本当にそんなふうに逝ければいいのにって、いつも考えてる。


レゾンデートル(raison d'etre)という言葉がある。存在意義、存在理由という意味だ。わたしのレゾンデートルはいったい何なのだろう。他人を不快にさせることはあれど喜ばすことはできないし、子孫も残せないし、仕事で大きなディールを扱うこともないし、大きな成果を残すこともできない。生きている意味がないということではないのか。
だから今の人生に執着はない。どうせ長く生きたところで、いつになったら仕事を辞められるか判らないし、退職後も年金だけの生活でひもじい思いをしたくはない。別に今すぐ死にたいとかそういうことではないのだけど、いつ死んでもいいとは思ってる。だからもう、やりたいことだけをやる。やりたくないことはやらない。バイクに再びまたがり始めたのもそんなところからきている。
後悔しても仕方がないし、そもそも後悔してたら自殺しかねないから過去を捨てているわけだし、今さら人生をやり直したいとも思わないし、今はそれなりに楽しいし―――つらいことから目をそむけているだけだけど、


と、ここまで書いてピタッと筆が止まってしまった。
考えがまとまらなくなってきたというか、書きはじめるときに頭の中にあった結論めいたものが消えてしまった。いったい自分はなんなのか、生きてる価値があるのだろうか、レゾンデートルがあるのだろうか、他人の記憶に残るだけの価値があるのだろうか、元々持ってなかった自信が消えようとしている。別に死を望んでいるわけではないのだけど、いつ泡のように消えてもいい、そんなふうに生きていきたい。

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