アホの力 1-4.アホの気付き

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2011年4月3日未明、私は通れるようになって間もない東北道を、福島方面に走っていた。

僅かばかりのカップ麺と、『勘違い』『思い込み』を自家用車に載せ(笑)。


行先は南相馬だ。支援物資の受け入れ先と、そこに向かう道順を調べただけで。


たまたまSNS上で南相馬在住の人と、震災前から知り合っていたので、その人と現地で会う事にはなっていたが、それ以外の宛ては何も無い。


その頃の南相馬市は、72000人の市民殆どが避難をし、市内に残っていた人は10000人弱。市内の商店はほぼ全て閉まっていた。コンビニすら、全店舗閉店していたらしい。


道ですれ違うのは、警察と自衛隊の車両のみ。


南相馬市鹿島区にあった支援物資の受け入れ場所と、立ち寄った社会福祉協議会のボランティアセンター(通称『鹿島ボラセン』)の職員に丁寧に対応して頂いた後、約束していた通り地元の知り合いと会い、津波の被害を受けた海沿いを案内してもらう。




筆舌に尽くしがたい、凄まじい光景。涙せずにはいられなかった。




これを見たからには、放ってはおけない…その時はそう思った。


後に全く別の感情が湧いてくるのだが、それはまた別の話。




それから20日後、私の姿は、先に訪れたボラセンにあった。もちろん、ボランティア作業に参加する為である。




4月3日にボラセンを訪れた際、『次は○○日に来ますね』と、連絡先を書いて渡しておいたのだが、その予定日の前日、ボラセンから連絡が入った。


『明日は雨の予報が出ています。雨の場合、屋外での作業は無くなりますが、どうされますか?』


無駄足にならないようにという気遣いから、わざわざ連絡を頂いたのだ。


普通、ボランティアとは、自己責任、自己完結で行うものである。つまり、当日の天候に伴う作業の有無は、ボラセンは関知しないというのが通常なのだ。


そこへ持ってきてこの気遣い…ボラセンは大忙しで、職員は不眠不休で働いているはずなのに!




感動である!


と同時にこの連絡をきっかけに『さぁお国の大ピンチだ!何とかしなきゃ!』という当初の直情的な思いに、若干の違和感を感じるようにもなった。




残念ながらその日は、予報通り雨になってしまい、屋外での作業は中止となってしまったため、屋内での支援物資の仕分け作業がボランティアに割り当てられた。


初めのうちは『自分に出来る事なら、何でもやらせて頂きます』という、ちょっと気負った感じで作業していたのだが、その場には気負いも悲壮感も無く、ボランティア参加者もボラセンスタッフも、とても和気あいあいと作業をしている。


『何だか良い雰囲気だなぁ…』


初のボランティア参加で、そんな感想を抱いた。




この出来事をきっかけに、私は月二回ほどのペースで、鹿島ボラセンに通うようになった。GWは車中泊しながら、連日瓦礫撤去やドロ出しに参戦した。その年の6月には、震災とは全く関係ない理由(トラックをちょっとこすってしまったため(笑))で会社を辞める事になり、7月の後半からは南相馬に長期滞在し(当時はボランティアが長期滞在出来る場があった)、ボランティア活動を続けていった。




そうしているうちに、先に述べた『違和感』の正体にも気付いた。




悲劇にあった土地だから関わるんじゃない。


『人』や『場所』に愛着がわき、『縁』が出来、好きになるからこそ、続けて関われるんだ!


少なくとも、私の場合はそうだ。


『被災地』『被災者』のためじゃない。そんな気持ちはおこがましい。


私自身が、そうした『縁』から、人としての温かさや、有形無形のもてなしを受けている。




いつしか、初めに感じていた『義務感』は消え、私自身が南相馬に身を置き、個々の人々と暮らしていきたいと感じていた。


と同時に、また違った『思い込み』『勘違い』が、湧き起ってくるのだった。



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