成功とお金は同義語ではない ~ 千円の価値は心の中に ~

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   小さい頃、バブル時代を体験した。

 それは日本中が狂瀾した時代だったと思う。


 私はその頃はまだ小学生だったがはっきりと「金持ちは貧乏人より偉い」という感覚を持っていた。

 なぜならば(私の住んでいた地域だけかもしれないが)イジメでまず先導を取るのは必ず「裕福な家の子」であったからだ。彼らの親御さんはいわゆる「株」でもうけた人たちだった。話によると給料より株の配当の方が高かったからみんな借金して「株」を買い、その配当で借金を返しても十分おつりがくるという時代だったらしい。


 我が家は「株なんて信じない」「働いたお金だけで生活する」という家だったので地味に毎日暮らしていた。決して今考えれば共働きだったし貧乏ではなかったが両親ともに「お金のない」という苦労は骨身に染みていた人たちだったから、子供にも「お金がない」といつも言っていた。まあ援助しなければならない親族がいたのも大きかったとは思う。


 同級生の多くは毎日オシャレで違う服を着ていた。洗濯した服を着ている子なんてほとんどと言ってもいいほどいなかった。

 だから洗濯をした服を着たり、姉が着ていたお古を着る私は「貧乏人」だとか「くさい」だとか「汚い」だとか言われまくった。


 洋服は残酷だ。目に見えるから。誰でもからかうことが出来る。


 しかも彼らは「毎日新品」を着ることが当然の如くであり、洗濯した服を着ることはありえないことだ。だから私のような子は「イジメていい」と思ったのだろう。

 悔しいがそれが現実だ。でもそれは真実ではなかった。


                       


 バブルがはじけた時にはまだそうでもなかったが徐々にどんどんそういう子達は勢いをなくした。

 中には引っ越しをせざる得ない人や進路も安い方向へ行くしかない人もいた。

 2か月だけ通ってすぐに転校していなくなる子もいた。後で考えれば親が借金取りに追われていて、短いスパンで転校を繰り返していたのだろうと思う。



 幸い我が家は株を借金してまで買っていなかったのでさほどそのあおりは食らわなかった。

 私はそんな中で金の諸行無常さを知ったのだ。


 でも同時に「金の強さ」を実感して育ってもいた。


 あんないじめた奴らが見事に小さくなり、いじめられた子たちの復讐に怯える姿は情けなさを通り越し馬鹿らしささえ感じていた。

 親の金で自分が偉くなったのだと勘違いし育った彼らは金が無くなった時点で小さくなるしかなかったのだ。


 でも金さえあればまた強者に戻るのだ。それが怖かった。


                 



「金」というものにある種の恐怖を抱きながらもそれに憧れて10代、20代を過ごした。


 お金お金お金・・・お金さえあれば幸せになれる・・・成功してお金持ちになればだれにもイジメられないし幸せになれる・・・・


 そう信じていた。



 鍼灸師になってからはとあるご縁でお金持ちの人を治療させてもらうことが何度もあった。


 普段履きがブランドの靴にさりげない服の中にまたブランド。

「この服安かったの~30万円が15万円だったのよ!」

「すごく気に入ったシャツがあって値札見ず買ったら3万でびっくりしちゃった」

「昨日行った○ホテルのレストラン、5万もかかったのにそんなに美味しく無くてがっかりしたわ」なんて話もよく聞き、そのたびに目の前がくらくらしたのをよく覚えている(笑)


 しかも小さい頃からお金持ちの人って優しいのだ。ガツガツしていない。

 すごい・・・これぞセレブだ・・・と思い、憧れた。


 こーゆー生活をしてみたい。値札を気にせず買い物してみたい!一人1万の食事ってどんな食事???

 すごいな~自分もこうなってみたい!!

                         


 そんなことを思いながら、仕事をしながら日々を質素に暮らしていた。小松菜がいつもより30円安い!カードのポイントが500円貯まったと地味に喜び、年に一度の大事な勝負(笑)福袋で気に入った服が入っていて大喜びするそんな毎日。

 でもそれはそれで楽しかったのだ。そう、憧れていても「自分の力で生きている」ということに満足感があったのだ。


              

 でも「お金」の魅力はいつも絶えずすごく感じていた。



 変わったのは結婚してからだ。


 結婚して少し・・・というか以前の自分と比べるとだいぶ余裕が出た。(以前が貧乏過ぎただけともいえるんだけどw)

 あれです、いわゆる「一人口は食えないけど二人口なら食べていける」のあのパターンです(笑)


 別に夫もお金持ちではないが今までの無駄(コンビニで買い物→自炊やスーパーで買うようになど)を結婚したら大分排除したら余裕が出たのが真相ではある(笑)

 また私も脳梗塞前までは働いていたので(今でもポツリポツリとは働いてはおりますが)二人で働くとだいぶ余裕が出てきたのだ。

 生活もランクアップした・・・といっても600円のワインが900円のスパークリングワインになったとか、5割引刺身しか買わないのが3割引の寿司を変えるようになったとかwまあその程度ではあるけれど。(なお未だにデパートで服は買わないw高いのとサイズを探してもらう時間が悲しいからw)


 余裕が出た分で時には憧れだった1万もする料理を食べに行ったり、3万近いホテルに泊まったりもした。


 それを私たちは「セレブごっこ」と言って楽しんでいたのだが・・・

 1年もたつとだんだん楽しめなくなってきた。なぜだか1万の料理より地元野菜のお浸しの方が美味しく感じてしまうのだ。ひどいと思うが高い料理を食べた後、家でお浸し作って食べることもあった。

  高いホテルよりも安いけど湯質がいいゆっくり出来る湯治宿の方が二人とも満足できて楽しいし、料理はめんどくさくはあるけど家がやはり一番居心地がいい。

 もちろん、1万には1万の、3万ならば3万の価値があるとは思うのだがそれを楽しむ素地が二人ともないことに気が付いたのだった。

  むしろ大好きな夫と食事をすることや生活を気持ち良くすることの方が大事になっていた。それは別にたくさんのお金は必要がなかった。


 そして「セレブごっこ」をしていた時に気が付いたことが色々あったのだ。


 高級車に乗りまわしながらもこちらがヒヤリとするような運転をする人、ブランド品に身を固めながらもおしゃべりに夢中になってお年寄りを突き飛ばす人、こちらが「美味しい」と言って喜んでいるのに大声で「これならもうちょっと出して○○に行けばよかった」などと水を差す人・・・


「金持ちなら金持ちらしい品性でいてほしい!」と思うようになった。


 同時に目を向いていったのは普通の生活をする人の偉大さだった。


 大変な思いをして稼いだお金で嬉しそうに「自分のご褒美」と治療を受ける患者さん。

 大変な病気で医療費がかかりながらも鍼灸を受けることで体が楽になるからと日々の生活を節約しながら治療費を捻出する患者さん。


 自分の治療院はそんなに高い治療院ではない。でもやはりそのお金を出すのは大変なのだ。自分も働いていた時に「治療受けたいな・・・」と思ってもこの金額を出すのはいつも勇気がいったのだ。


 そんな人から治療費として渡される数枚の千円札の価値、「ありがとう、良くなったよ」と言われて帰る瞬間。

 なぜだかいつも胸が震えるほど感動した。喜びがあった。

  私は鍼灸師でよかったと感動すると同時に『本当に自分がなりたいのはセレブな自分?こういう泥臭いけど一生懸命な自分?』と問いかけるようになった。


                


 お金に余裕があることはいいことだ。まずケンカとイライラが減る。これは絶対ある。


 でもある程度のお金さえあれば胃袋は一個だし、体も一つだから服なんか外出着と部屋着の2~3種しか一日に着ないではないか。

  だんだん「お金」の価値が自分の中で下がるのを感じた。


 私は歴史が好きだから悩んだら歴史を紐解く。

  三国志の曹操は若かりし頃は華美を好んだが年を経るにつれ華美を嫌い、死するときもその業績と比べたら当時にはあり得ないほどの質素な葬式を求めた。

  パリで芸術家の保護者となり日本人留学生の為の宿舎(日本館)を作る国家ですらできなかった大業を成し遂げ、その立ち振る舞い、教養、財産から実質爵位を持っていなかったけれどバロン(男爵)薩摩と呼ばれた薩摩治郎八さん。しかし彼は戦後は没落し、文筆家として活動するも殆どがストリッパーだった二人目の奥さん(一人目の奥さんはパリにて死別)に食べさせてもらっていたそうだ。美輪明弘さんの本によると「そんな栄誉栄華を極めた人なのに貧乏な人たちが食べるものを美味しい美味しいと心から喜んで食べた」という。

 中村メイコさんのエッセイ、「メイコの食卓」に出てくる昭和の名優三木のり平さん、「彼は美食家で有名であったが店屋物のどちらかと言えばまずいものでもそれしか食べられないときには文句ひとつ言わずに美味しそうに召し上がります。こういう人を本当の食通というのね」というエピソードが書かれていた。



 調べれば調べるほど「英雄」や「お金持ち」と言われる人ほど食に謙虚な人が多かった。

 同時にお金に謙虚な人が多かった



 ならば自分はどうしたい?どう生きたい?


 自分は「毎日の患者さんの1000円札に感動できる自分で居たい」と思った。


 そして日々の生活は質素にし、出来た余裕は時に贅沢をしてもいいけど、社会貢献や鍼灸仲間と熱い討論を交わしたりするときのお金にしたいと思った。


 泥臭いと笑うならば笑え。金にうるさいと思いたければ思うがよい。貧乏人の戯言と貴方がそう思うならばそうなのだろう。



 だって自分が治療したいのはセレブなひとではなく、普通の人なんだから。



 お金にうるさいかもしれないけど、困った時には相談をしたら行政に相談したほうがいいと言えるお金に詳しい人でいたいと思う。

 高くてとびきり美味しいものを毎日取るのはセンスが磨かれるかもしれない、けどそれよりは安くて普通に美味しいものを毎日食べたい。そこで浮いたお金で仲間と安い焼き鳥屋で熱く鍼灸を語りたい。

 お金持ちな患者さんから教わり身に着けたマナーや品性は大事にさせてもらうし、そういう患者さんもこれからも見ていくとは思う。でもお金持ちだからと言って普通の患者さんと何一つ違うことはしない。だって患者さんはみんな同じだから。


 そういう風に思った時に初めて自分は仕事をしながらもいつもどこかにあった「成功して金持ちになる」という呪いから解き放たれ「金は道具」だということに気がついた気がする。金があることは幸せでも成功でもない、ただの現象である。そうはっきり思うようになった。


 もちろんセレブになりたい、成功したいという気持ちは大事だと思う。上昇志向がなければ落ちていくだけだから。

 でも真の成功は「金持ち」だけではないことだけは言える。

 なぜなら金持ちの上にはもっと金持ちがいて、その上にはもっともっとすごい金持ちがいることを知っているから。(しかもこれに血筋も関わってくるのだ、スゴイゾ!)

金だけを追ってしまうとそこには無限ループがあるだけなのだ。


 もちろん資本主義社会、金持ちが金を回すのは義務であるのだけど。



 私はお金の力を否定しないし、これはすごい力だと思う。

 でも「お金持ち」が「成功の証」とするならばそれは違うと思う。


                


 現に私は「成功している」と自分では思う。

 信頼できる鍼灸仲間がいて熱く語れる関係があること、

本音をぶつけ合う友人がいること、

自分を信じてくれ通ってくれる患者さんがいること、

自分より大事と思える夫がいること、

生活にさほど困らないお金がありそれに満足していること、

そのお金を有意義に回せる自分の心があること。

 もう幼いころに欲しかった幸せは手に入ってたのだ。


 それは「お金さえあれば幸せになれる」とは違っていた。

 だけどもっと濃い幸せだ。


 人から見れば若くして脳梗塞の片麻痺になったとか、お金にさほど困ってないようだけどお金持ちではないとか、お金の楽しい使い方をしらないとか不幸に見えるかもしれない。

 世に言う「成功」とはほど遠いかもしれない。



 でも一生懸命治療をして「楽になった!ありがとう!」と言われて渡される何枚かの千円札にいつも感動できる自分がいて、「今日も無事治療できたよ!」と夫に笑顔で報告ができることはそれは私にとって「幸せ」であり、そして「成功」なのだ。


 ただ「成功」しているからといって「完成」されているわけではないので悩みは尽きない。

 今考えていることのは今度はどうやってもっとこの「成功」を維持し大きくすることだ。

「どうやったらもっと鍼灸を世に広めることが出来るのか?」

「どうしたらもっといい治療者になれるのか?」

「片麻痺のため体調維持が難しい。でもどうしたらもっと維持がしやすくなり、できればもっと動けるようになるのか?」

「片麻痺の右手が痛くなりやすいからどうしたらもっとその負担をへらせるのか?」

という真面目なことから

「どうしたらもっと簡単に美味しい料理ができるのか?」とか「掃除嫌いなんとかせねば」とか「この服のセンスの無さをなんとかしたい(切実)」など主婦として女としての悩みはある(笑)

 でもこれも苦しみながらも楽しみながら「成功」を維持し、もっと大きく出来たらいいと思う。



 そんなわけで「自分は成功している」と思いながら「成功は金ではない」と思っている生き物の戯言でした。



 長文読んでいただきありがとうございました。




読んでよかった
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共感します。
私もKaoさんと少し似ていて、夫と結婚するまで余裕がある生活なんで、したことはありませんでした。
夫の実家が一般家庭より少しリッチで、いかに高く質の良い服やアクセサリーを親戚の集まりで身につけるか、という考えをお持ちの親戚もいました。
「高価な物を身につけていたら、レベルの高い人と知り合いになれるの。その人が引き上げてくれるから、高くていい物を着なさい。」
と言われたことがありましたが、すごい違和感が。
今の人間関係ですごい満足なんですけど?!
Kaoさんのお話を読ませていただいて、こういうことだったのね!と腑に落ちました。
長くなりましたけど、いいお話をありがとうございます(*^_^*)

あとkaoさんには、いい読者さんが一杯いますよ。^_^
成功に気付いたし充実して過ごして下さい(^O^)/

山口さんコメントいつもありがとうございます!
なんと山口さんも結婚前はそうだったんですね!本当に世界が変わりますよね・・・
あと私もセレブな人に同じこと言われました!あれってあの世界のお約束なんですかね?(笑)しかも「低レベルな人と付き合うと自分も低レベルになる」とか言われましたが、一体そのレベルは誰が決めるのかと・・・・
でもそう思いつつもやってはみました(爆)が何も変わりませんでしたね。
やはり心とか信念とかしか人の心は本当には動かないんだと思います。安い服でもいい人とのご縁は繋がりますしね。
こちらこそいつも考えさせてくれるコメントありがとうございます!

okさん、泣かせないでくださいよぉぉ。・゜・(ノД`)・゜・。
本当にそう言ってくださる方がいらしゃって、たくさん素敵なコメント頂いてありがたいばかりです。
私の吐き捨てというかw考えを書く場所として利用しているのに共感してくれたりする方がいる嬉しさ、幸せしみじみ感じます。
本当にありがとうございます!STORYSに出会えて、みなさんと出会えて本当によかったです。
あ!コメントもありがとうございました!(言い忘れた!)

高額なセミナー料金を払って、遠回しに聞く内容よりもよっぽどストレートで分かり易く、素直に心に入って来ました!ありがとうございます(^^)

上林さんありがとうございます!遅くなってすいません。
私の場合・・・ということですがそれでも何かのお役に立てたら幸いです!

いい話でした。
ありがとうございました。

みかみさんありがとうございます!遅くなってすいません。
そう言っていただけるととてもうれしいです。

Kuribara Kao

小中学校イジメられっこ&親との不仲 → 定時制高校でハッチャケ→ キャバ嬢やったり日雇いやったり → 鍼灸師になったら学歴コンプ に→ 社畜3年で挫折 → 半年後なぜだか結婚? → 新婚やってたら脳梗塞ですとも! → 鍼灸師+病人+自宅警備員。 現在軽い片麻痺で杖をつきつつ低空飛行中の鍼灸師。

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