仕事が一番楽しかった頃

日本マクドナルドに入社して、最初に配属されたのは京都の伏見桃山店だった。歴史ある大手筋商店街の入り口に店があり、割と忙しかった。店長のUさんは親分肌だが細やかな心配りをする人で鼻っ柱の強い私を温かく見守ってくれた。私が東京のハンバーガー大学の上級コースに行ったときなどは店長は10日連続でシフトに入ることになるのにもかかわらず「金ペン取ってこいよ(一番になってこい)」と快く送り出してくれた。
こんな店長の下、50名強のアルバイトは伸び伸びと仕事をしていた。
入社して半年ほどたった頃、マクドナルドの全世界5000号店が江ノ島に開店することになった。アメリカの本社から、クロック会長、ターナー社長をはじめとするVIPが日本にやってきて、開店セレモニー後に京都ツアーをすることになった。
伏見桃山店は京都の南なので、ツアーコースには入らないと思えたが、それでもVIPを迎えるための準備(簡単に言えばお掃除)をすることになった。ツアーの10日ほど前から、毎日、閉店後に店を掃除する日々が続いた。当時は22時閉店で、その後3時頃まで掃除をして夜食を食べ、京都市内から通っているアルバイトの人たちを家まで送りながら、修学院のアパートに帰ると6時、少しだけ寝て11時には店に行くという生活が続いた。
VIPのツアー当日、ピカピカになった店で待ち構えていた。情報は刻々と入ってくるが、新京極と藤井大丸に寄っただけで、観光を楽しんでいるようだった。
閉店時刻になって店を閉めた後、店長始めアルバイトのみんなと乾杯をした。一つのことを一丸となってやり遂げることのすばらしさを、入社1年目で経験して、これがそれ以後の宝物になった。

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