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Fukuoka,Japan

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T Sの人生のストーリー

中卒⇨上京⇨ホームレス⇨営業全国1位⇨鬱病、引きこもり⇨大手キャバクラ幹部⇨逮捕⇨24歳で起業⇨顎下腺腫瘍発覚、手術⇨事業失敗⇨退院後の25歳の夏、ゼロから再起業。

人生再スタートを切った今、自分を振り返る。 初めまして。 改めてタイトルを見ると、山あり谷ありだったはずのこれまでの人生が、たった3行で収まってしまうことに驚く。 他人からしたらつまらない話かもしれないが、僕にとってはたった1度しかない人生の軌跡。 包み隠さずここに書き留めて、また一つずつページを増やしていこう。 第一部 どの町にもいる、元気な小学生 九州にある、某地方都市に生まれた。 生まれてすぐ

【第二部】中卒⇨上京⇨ホームレス⇨営業全国1位⇨鬱病、引きこもり⇨大手キャバクラ幹部⇨逮捕⇨24歳で起業⇨顎下腺腫瘍発覚、手術⇨事業失敗⇨退院後の25歳の夏、ゼロから再起業。

第二部 イメージ以上の東京と、イメージ通りにいかない現実 東京はおろか、ろくに都会に行ったことのなかった僕は、羽田空港からモノレールに乗っている道中で流れる景色に息を飲んだ。 東京のイメージは、こんなのだった。 ま、まんまやん・・・ていうか、想像以上だ・・・ 当たり前だけど、車内の乗客の会話が標準語だ。気持ち悪い。とにかくよく分からないまま、新宿を目指した。 平静を装っていたものの、初めての都会に内

【第三部】中卒⇨上京⇨ホームレス⇨営業全国1位⇨鬱病、引きこもり⇨大手キャバクラ幹部⇨逮捕⇨24歳で起業⇨顎下腺腫瘍発覚、手術⇨事業失敗⇨退院後の25歳の夏、ゼロから再起業。

※4/5 表現を加筆修正しました。 会社を立ち上げたばかりで何かと忙しく、ここに訪れる時間がありませんでした。 久しぶりに開くと沢山の方々に見ていただいていて、とても驚きました。 ありがとうございます!続きを書いていきます。 第三部 悪い事はやっぱりバレる。そして訪れた恋 見出しの通りである。やっと仕事にありつけて生活の目処がたった僕は、浮かれていた。 何と入店1ヶ月もしないうちに、周りのスタッフ達

読んでよかったストーリー

山本 顕太郎
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家庭崩壊で鬱病寸前だったクレープ屋の僕が、○○○に出会って人生が180°変わった話

<第1章> 『絶対にすぐ潰れる』 友人や親戚にそう言われながら開業したクレープ屋が 8年目 に入った。 今だから言えるが、僕自身も 「もって2年だろうな」 と思いながら開業したのである。 ■「もって2年だろうな」と思った理由は2つある。 ① 自分の納得のいくクレープが完成していないのにオープンせざるを得なかった。 ② そもそもクレープ屋なんて都会もしくは大型ショッピングセンターでしか成立しないと思っ
は な
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インドに一人旅しても価値観が変わらなかった話

インドに行こう。 そう思ったのは大学3年の夏に日本一周をしている時だった。 なんとなしに綺麗なサリーを着た人々が自分の目で見てみたくなった。 インドに行って価値観が変わったという話をよく耳にするから、本当に価値観とかいうものが変わるのかも気になった。 一人娘で音大生の温室育ち。小さい頃からピアノばかり。 大学時代にどっぷりと一人旅にハマり、国内海外関わらずふらふらと放浪ばかりをしているのを黙認してい
寺澤 浩一
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17年前にタイムトリップ。社員7名だった楽天の三木谷会長は当時、何を語っていたのか。(その1)

1990年代終わり頃に書いたベンチャー経営者へのインタビュー記事、 ガンホーの孫泰蔵会長 に続いて、もうお一人ご紹介します。楽天の三木谷会長です。 三木谷会長へのインタビューは、1997年7月と1998年3月の2回にわたって行われました。今から17〜18年前のことです。三木谷さんが楽天の前身である(株)エム・ディー・エムを設立したのが1997年2月ですから、その数ヵ月後のことになります。当時の社員は
Kikkawa Kotaro
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思いつきでフィリピン・カンボジアを回りサッカーボールを寄付してきたら死にかけた。①

2012年11月、僕は空気を抜いたサッカーボールをバックパックにパンパンに詰め空港でのんきに浮かれていた。 今から結構エグいことが起こることも知らずに。笑 そもそもなぜこんなことを思いついたのかというと、ある本がきっかけで自分もボランティア活動のようなことがしてみたいと思った。かっこいいなとも思った。生きてきて今まで人のためにとか、そういうことからは無縁だったので自分がどのように感じるのか試してみた
T S
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【第三部】中卒⇨上京⇨ホームレス⇨営業全国1位⇨鬱病、引きこもり⇨大手キャバクラ幹部⇨逮捕⇨24歳で起業⇨顎下腺腫瘍発覚、手術⇨事業失敗⇨退院後の25歳の夏、ゼロから再起業。

※4/5 表現を加筆修正しました。 会社を立ち上げたばかりで何かと忙しく、ここに訪れる時間がありませんでした。 久しぶりに開くと沢山の方々に見ていただいていて、とても驚きました。 ありがとうございます!続きを書いていきます。 第三部 悪い事はやっぱりバレる。そして訪れた恋 見出しの通りである。やっと仕事にありつけて生活の目処がたった僕は、浮かれていた。 何と入店1ヶ月もしないうちに、周りのスタッフ達
T S
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【第二部】中卒⇨上京⇨ホームレス⇨営業全国1位⇨鬱病、引きこもり⇨大手キャバクラ幹部⇨逮捕⇨24歳で起業⇨顎下腺腫瘍発覚、手術⇨事業失敗⇨退院後の25歳の夏、ゼロから再起業。

第二部 イメージ以上の東京と、イメージ通りにいかない現実 東京はおろか、ろくに都会に行ったことのなかった僕は、羽田空港からモノレールに乗っている道中で流れる景色に息を飲んだ。 東京のイメージは、こんなのだった。 ま、まんまやん・・・ていうか、想像以上だ・・・ 当たり前だけど、車内の乗客の会話が標準語だ。気持ち悪い。とにかくよく分からないまま、新宿を目指した。 平静を装っていたものの、初めての都会に内
T S
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中卒⇨上京⇨ホームレス⇨営業全国1位⇨鬱病、引きこもり⇨大手キャバクラ幹部⇨逮捕⇨24歳で起業⇨顎下腺腫瘍発覚、手術⇨事業失敗⇨退院後の25歳の夏、ゼロから再起業。

人生再スタートを切った今、自分を振り返る。 初めまして。 改めてタイトルを見ると、山あり谷ありだったはずのこれまでの人生が、たった3行で収まってしまうことに驚く。 他人からしたらつまらない話かもしれないが、僕にとってはたった1度しかない人生の軌跡。 包み隠さずここに書き留めて、また一つずつページを増やしていこう。 第一部 どの町にもいる、元気な小学生 九州にある、某地方都市に生まれた。 生まれてすぐ
宮坂 宏樹
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海外あちこち記 その1 忘れられない二人、香港空港とグラスゴーのホテルで。

1)香港で (日本語ってこんなにきれいな・・) 昭和50年代のある年、香港空港で乗り継ぎのため待合室にいました。その時、70歳少し前くらいに見える女性から「日本の方ですか?」と声をかけられました。「そうです」と答えると、懐かしそうに、「東京もすっかり変わったのでしょうね。わたくしは戦争前に東京の女学校に行っておりました。現在は台湾の南部の町で暮らしておりますが、久しぶりに日本の方とお話をいたしました

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