"お母さん" のタグがついたストーリー

貧乏こそ神 我が母まいくばあの話(第56回)

『まいくばあの遺伝子を継ぐものたち(十一) 二十一万円のまんじゅう』 まんじゅうはうまい。僕はとにかくまんじゅうが好きなのだ。 焼きまんじゅうを十個土産に買って車中で一個食ったらそのあまりのおいしさに、あと一つ、また一つと飲みこむように食い続け、家に帰ったら二個しか残ってなかったこともあった。 今はメタボ対策でまんじゅう食いを制限しているが、時には辛抱できんようになって四つとか五つまとめて食う時があ
前沢 しんじ
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貧乏こそ神 我が母まいくばあの話(第55回)

『まいくばあの遺伝子を継ぐものたち(九) ノリ』    我が家の酒飲み次女に小さい頃「ぶうこ」とアダ名をつけました。父が娘につけるアダ名かよ!ですが、長じて妙齢のレディになってからもよくからかって、「おーぃ、ぶうこぉ」なんて呼んだりしていました。 日曜日の夜、ヤツがうつ向いて座って何やらしていたので、 「ぶうこちゃんなにやってんの?」と聞けば、 「ひずめの手入れ・・」ボソッとつぶやく。ネイルなんとか
前沢 しんじ
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貧乏こそ神 我が母まいくばあの話(第54回)

『まいくばあの遺伝子を継ぐものたち(七) 単細胞』                                      うちの長女Yちゃんが小さい頃よく言っていた。「まいくばあにシーチキン好きって言うたら、行くたびにシーチキン入りの卵焼きばーっかり」 しかしその長女も、まいくばあに劣らずの「ひとつしか見えない派」且つ「気に入ったらそればかり派」。だから長じてもこう言っている。「でもおいしいよ。
前沢 しんじ
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ちくわに母を殺されたハタチの大学生の話

大好物 僕(寒川友貴)の好きな食べ物はおでん、特に味がしっかり浸み込んだ、ちくわが大好きだった。 あの日が来るまでは…。 突然すぎる別れ … 2016年12月27日夜、僕はJR東京駅の新幹線ホームにいた。 大学が冬休みに入り、実家のある神戸に帰省するためだ。 のぞみに乗る前、駅で晩メシとお土産の東京ばな奈を買い、予定よりも1日早く今から帰ることを伝えようと母に電話した。 なぜか母のケータイにも家電に
寒川 友貴
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貧乏こそ神 我が母まいくばあの話(第53回)

『まいくばあの遺伝子を継ぐものたち(六) おもろいやん!』 ある友人には三人の娘さんがおりまして、音楽家、医師、弁護士(勉強中?)というヒジョーに華やかなものであります。彼は司法関係のお仕事をされていて、実は筋金入りの漢(オトコ)で弱者の味方であります。僕が最も尊敬する人物で、勝手に親友と思っているのです。そういうひとの子供だから志もちがう。ドクターにしても無医村を目指すとか聞いたことがある。実に清
前沢 しんじ
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貧乏こそ神 我が母まいくばあの話(第52回)

『まいくばあの遺伝子を継ぐものたち(五) 地球時間を生きないヤツら』 我が母まいくばあは非常にせっかちです。毎朝三時半に起き、午前とは十時までのことを言うという時間感覚の持ち主であります。地球時間より二時間早い時差で生きていますが、実は我が家族にはもう一人のつわものがおります。 長女Yちゃんとある日の電話。 「Yちゃん、わし今日ね、三時から釣りに行くんだ」 「オヤジあかんあかん。三時ゆうたらもうほと
前沢 しんじ
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貧乏こそ神 我が母まいくばあの話(第51回)

『まいくばあの遺伝子を継ぐものたち(四) へれらいろ』 僕は眠っているとき電話で起こされてもすぐ百パーセントの状態で話すことができる。というより寝ているのを悟られるのがいやなんだ。 四十代のころ取引先の担当者に「おれ二十四時間仕事してるからいつでも電話していいで」と言ったことがある。当時は実際に一日三時間くらいしか寝なくて、ほとんど毎日朝まで仕事をして午前中に仮眠的に寝るような生活だった。 ある日、
前沢 しんじ
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貧乏こそ神 我が母まいくばあの話(第50回)

記念の連載第50回! 『まいくばあの遺伝子を継ぐものたち(三) 方向音痴』 僕はひどい方向音痴で、いつでもどこへ行っても迷う。 奈良公園に歩きに行った時には公園を出て帰るつもりが、山へ山へと入っていって危うく遭難するところだった。妻に助けてもらったが、「公園で遭難」というウソみたいなことが僕ならじゅうぶんありうる。(妻はどうせ迷うだろうとにやにやしながら見ていたらしい) これは母親ゆずりの強烈な遺伝
前沢 しんじ
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貧乏こそ神 我が母まいくばあの話(第49回)

『まいくばあの遺伝子を継ぐものたち(二) 笑いがやってくる』 不謹慎極まりなく顰蹙を買うこと間違いない話につき、次へ飛んでいただいてもかまいませぬ。失礼を承知で、書かずにはおれませぬ。 うちの家系は笑い上戸です。少しでもおかしなことがあると、たとえ法事に参列していても誰かがクスクスとする。するともう止まらない。 みんな肩が震えてくる。泣いているのでなく笑いをこらえている。まったく非常識極まりない連中
前沢 しんじ
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貧乏こそ神 我が母まいくばあの話(第48回)

『まいくばあの遺伝子を継ぐものたち(一) ヘンなやつら』 平成二十三年九月四日、和歌山県南部大水害。 当日朝六時ごろ市内放送で「熊野川堤防から水が越え始めました。至急二階か、高いところへ避難してください」と避難指示が何回もくり返して流された。 前夜のうちに僕の家より海抜が高いまいくばあの家に避難していたのだが、放送を聞いて至急車で市内の一番高い丘に逃げたのだ。                    
前沢 しんじ
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貧乏こそ神 我が母まいくばあの話(第47回)

第5章〔家族編〕 まいくばあの遺伝子を継ぐものたち この章では、まいくばあの強烈な遺伝子を受け継ぐ面々の、少々浮世ばなれしているかも、という話をお送りします。われわれみたいな間抜けな人間でも無事に暮らしているのですから、この国ではそれなりに一生懸命やっていれば結構生きていけます。 家族の中でも、初孫である長女Yちゃんは特にその遺伝子を色濃く受け継いでおり、骨格、性格、行動、生き方、考え方、そしてその
前沢 しんじ
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貧乏こそ神 我が母まいくばあの話(第46回)

『まいくばあ語録』(3) ■「今度隣の○○さん所へ《大工》が入るらしいよ」(実はバイク) 隣の家の若主人が、「前沢さん、こんどバイク来るんで(買ったので)ちょっとうるさいかも知れません。すみませんけど」とあいさつしてくれた。それを大工と聞いた。  ・・・たぶんそりゃハーレーだ。びっくりするかもね。              ■まいくばあは最近足が痛い。病院が遠いのでうちの奥さんに車に乗せてもらった。
前沢 しんじ
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貧乏こそ神 我が母まいくばあの話(第45回)

『まいくばあ語録』(2) ■「寿司食いに行くか」と誘えば、                       「背が低いからテーブルが苦しい。よそで食べてもうまない(うまくない)。行かん」   ・・・そんな理由かい! ■温泉に誘えば「あんな暑苦しいもの好かん」  旅行どうだ?と誘えば「テレビであちこち見る」   ・・・でも一理ある。  ■電話をかけてきた。「あれ、声が小さいぞ。もしもーし」と言って怒ってい
前沢 しんじ
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貧乏こそ神 我が母まいくばあの話(第44回)

第4章 〔語録編〕  つい言ったぁー 前章のドタバタの口直しに(ならないか)ばかばかしい語録をお届けします。 まいくばあは別段「おもろいこと言ってやろ」と思っているわけじゃありません。つい言ったー、まさにTwitter、ことばが笑いと驚きを与えてくれます。 上質な品性を感じさせてくれる巧まざるユーモアとは似ても似つかず、こちらは動物的本能的なにおいが噴出しております。 それではヤツの言動の一端をごら
前沢 しんじ
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貧乏こそ神 我が母まいくばあの話(第43回)

『○○のアニィ』この章のあとがきにかえて この本は我が母まいくばあの自由に生きるさまを通じて、人生は「おカネはなくても老後は楽園」になるということと、「愉快に生きるコツ」を知っていただければと思って書いたものです。 本章「騒動編」は母・父そして僕のおマヌケ三人組がくり広げるドタバタ劇を活写しましたが、父については「悪いヒトではないがナマケモノでパッとしない人」という感想を抱かれるかも知れません。いや
前沢 しんじ
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貧乏こそ神 我が母まいくばあの話(第42回)

二~三時間はじゅうぶんに経過した頃でしょうか。それは神仏のお導きか、たしかに川のちょうど真ん中あたりに小ぶりの岩がある。祠こそなけれどなんだか神々しい雰囲気の岩であります。見ればなんと穴あきの石がいくつもお供えしてある。 うわさどおりの耳島様がそこに鎮座しておられたのです。 (前回ここまで) (今回ここから) 三人は歓喜勇躍。 「着いた着いた、これじゃこれじゃ!ここじゃったー!ここなのじゃー!」ひと
前沢 しんじ
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貧乏こそ神 我が母まいくばあの話(第41回)

そのつるっとした形状は川原にて何万年も磨かれ続けた銘石の風情。よし、これだと見つけてきた母親の愛情ってやつでございます。  (今回ここから) 母は老婆に言われたようにその石の中心に五寸くぎで丸くこするように穴を開けはじめた。木ではなく石ですから、それは固い。ハンパではない。厚さ一センチ以上ある石に穴を手彫りする。今では街なかで石を拾うなどできませんからその形や硬さなど想像できないでしょうな。しかし母
前沢 しんじ
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貧乏こそ神 我が母まいくばあの話(第40回)

『耳島さま物語』 このお話しは先の騒動記とは異なり、詩情豊かな農村の「少年耳を病む」の一席。しかしやはりお馴染み三人組が動けばその道中はお間抜けの顛末となる。題を「耳島さま物語」と銘してお届けします。 はるか昔、僕が小学三年生のころの、十才手前でしょうか。まさしく「シゲマサ騒動」「ブラジル騒動」と時を同じくします。 考えてみればいつもまいくばあはパワフルでした。シゲマサ改名一直線→頓挫、ブラジル移住
前沢 しんじ
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貧乏こそ神 我が母まいくばあの話(第25回)

『骨折』 母親とはえらいもんだという話です。 僕の神経質ぶりをわざと無視し続けて、アソコ悪いココ悪いと言ってもことごとくさらっとかわした。そうすることが神経質な子に対しての一番の対処法と思ったのだろう。 いま思い返せば、僕が訴える病的症状は実際にすべて僕の神経質のなせるワザだったのだ。 さてそんな僕が小学校五、六年のころ、急に野球のボールが投げにくくなった。 投げたらひじが痛い。 それまでの体験から
前沢 しんじ
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アルコール依存症の母が死をもって私に気づかせてくれたこととは。

母 せめて私が生きてる間に気づいて欲しかったわ。 母が死んだ。 アルコール依存症だった。 アルコール依存症とわかってから 15年間母は酒を飲み続けた 。 アルコール依存症の人が選択できる道は二つ。 酒を断つか、死ぬまで飲み続けるか、だ。 母は死ぬまで飲み続ける生き方を選んだ。 それゆえに私は15年間、悩み、苦しみ続けた。 母は独りで暮らす部屋で脳出血で倒れそのまま息を引き取った。 発見された時の状況
森田 望美
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