"アート" のタグがついたストーリー

”人生はこれで〇〇〇〇”4度目の美大受験に失敗した男が脇道を猛進して彫刻家になり20年後に悟ったこと

先日、職場でバイトの子が大学受験に失敗したと言って落ち込んでいた。建築内装を学ぶために大学を受験したが、全て失敗に終わったのだという。 悲しげな彼の後ろ姿が、昔の自分とダブって見えた。少しでも彼を元気付けたいと思い、4度目の美大受験に失敗したタケシという男の、その後の人生と 20 年後の様子について話すことにする。     完全な敗北   肌寒いボロアパートの一室で一人、最悪に憂鬱な気持ちで21歳の
Hamanaka Takeshi
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元獣医アーティストが一年かけて地球を一周してアート活動してくるまでの話2

第二章 1ヵ月のNY滞在でワークショップ開催して新聞に紹介されギャラリーに作品を預けるためにやってきたこと 2017年1月11日から1年4か月に渡る地球一周アートの旅に出ています。 3月22日現在、フィンランドの西の町、トゥルクでのアーティスト・イン・レジデンスに参加中です。 1月     ロサンゼルス 2月     ニューヨーク 3~5月   フィンランド(トゥルク) → イマココ 4~6月   
小俣 智子
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元獣医アーティストが一年かけて地球を一周してアート活動してくるまでの話

第一章 ロサンゼルスに着いて2週間で現地の美術教室でワークショップ開催を決めた話 2017年1月11日から1年4か月に渡る地球一周アートの旅に出ています。 1月     ロサンゼルス → イマココ 2月     ニューヨーク 3~5月   フィンランド(トゥルク) 4~6月   ルーマニア 9、10月   フィンランド(マンッタ) 11~翌年5月 上海 私は2013年から、いろんな人から絵を集めてつ
小俣 智子
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絵で生きていきたいなんて「夢」をもつのは、もうやめるといい。

2011年2月に臨床獣医師を辞め、現在、アーティストとして生きている私。 アーティスト名はOuma(オーマ)。 「細胞」という生命の最小単位をモチーフにしたアート作品を制作発表している。 ▼31歳で獣医をやめなんとなく絵を描き始めてから家賃0円のクリエイターズシェアハウスに受かるまでの話 http://storys.jp/story/14081 2014年にこのシェアハウスに受かり、浅草に拠点を移し
小俣 智子
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”足るを知る者は富む”八百万(やおよろず)の精神をアートに込めて世界に示す

序 八百万(やおよろず)の精神は、この壊れかけた世界に対する処方箋となりうるのではないか? 夜桜をぼんやりと眺めている時に、私はひらめいた。全てはそこから始まる。   桜の下のスパイダー まだ寒さの残る2016年3月早朝、満開の桜の下で白いジャケットとジーンズを身に着けた男が、カラフルで巨大な物体を背負ってベンチの上に立っている。それはプラスチックで作られた生物の様であり、彼はその作品を撮影している
Hamanaka Takeshi
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ある獣医師がアーティストになって海外に出ていくまでの5年間の話。

2003年、私は獣医大学を卒業し、晴れて獣医師の免許を得た。 一般に誤解されていることだが、獣医師の仕事は「動物の治療」ではない。動物の治療を通じ、人の心を癒すことが、獣医師の仕事の本質である。これは動物に限らず、ヒトも含め医療に関わる職業すべてがそうなのだ。動物は自ら病院へは来ない。獣医師が診ているものは、家族の「心配する気持ち」であり、同時に人間ではない以上、金銭や介護にかかる時間のために「これ
小俣 智子
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本気のアーティスト

世の中にはGWも休みなし、週7日朝から晩まで働く仕事が有る。しかも無給(¥0)もしくは超薄給、でも気にしない。 それが本気のアーティスト。 時には数週間ほとんど何もしないこともあるが、それも制作の為には必要な時間だと言い切る。(いや本気で) アーティストという言葉は、一応ここでは彫刻家や絵描きなどの美術家をイメージして欲しい。一般的な常識では計り知れない、本気のアーティストについて自分なりの視点から
Hamanaka Takeshi
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ロンドンと東京でスパイダーを背負って歩きながら国家の品格について考える07

序章 その男は突然橋の上に現れた。 キラキラ光る巨大なスパイダーを背負い、ビッグベンと国会議事堂を望む橋の上をのんびりとぶらついている。周囲の人と楽しそうに話しつつ、スパイダーの足をカシャカシャさせながら歩いていた男は、次の瞬間驚くべき言葉を口にした。 「国家の品格って何なんだろうね?」 ちょっと待った!ここで読むのをやめないでほしい。少し硬いテーマだと思われるかもしれないが、旅と食とアートの話を混
Hamanaka Takeshi
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STORYS.JPを書いて1年後に叶っていた夢の話。

 2015年1月に書いたSTORYS.JPを、なんとなく読み返したら、最後にこんなことが書いてあった。 「今は、世界中を作品展示をしながら巡り、世界中の人が楽しめる体験を作りたいと思ってる。まだ道半ばで、達成できたことはほとんどない。一生のうちに全く何も起こらないまま野垂れ死んでいくかもしれない。 たとえばそうだとして、それでもやるかどうかだ。」  2016年2月、今、私はバルセロナにいる。3か月の
小俣 智子
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大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレのちょっと変わった楽しみ方

越後妻有アートトリエンナーレは大地の芸術祭とも呼ばれている、新潟県越後妻有地域を舞台に開催される世界最大級の国際芸術祭。基本理念は「人間は自然に内包される」であり、総合ディレクターは北川フラム。アート作品数は約380点(過去に制作された恒久作品約200点)、世界35の国と地域から約350組のアーティストが参加。また、アートを利用した町おこしの成功例としても良く知られている。 ここからは越後妻有アート
Hamanaka Takeshi
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あるがまま、ないがまま。

第一章 「わたしが私へ。」「何の為に生きているのか?」という疑問を持ったNYでの13年間の生活 わたしが「私」になろうとしていた。 これらは本当に私の身に起こったことで、それは今から書く経験に基づいている。その過去を振り返り伝えていきたいと思う。 2011年1月。 赤いレザーのビンテージカウチの左端に腰をかけ、時折窓の外の雪を見ながら膝かけブランケットの上にラップトップを置きこの文章を書いて30日目
イタミ アリサ
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スパイダーを背負った眉太男がバーゼル、ローザンヌ、チューリヒでストリートショーを開催する話。なぜかスイスでケバブざんまい。04

スイス北部の都市、バーゼル。その町の中心を流れるライン川のほとりにある、ミュンスター(大聖堂)上空には澄んだ青空が広がっている。その大聖堂の前に、タケシは大きなスパイダーを背負って立っていた。正面横の入口から中に入ると、何かの機械音が一層大きく聞こえる。ゴシック様式の回廊を進むと左手に中庭が見え、さらに進むと礼拝堂に通じている。その部屋からさらに進む、光の中へ。 こんな夢を見た。という書き出しで始ま
Hamanaka Takeshi
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E.U/欧州連合に対してメッセージを届ける為に、スパイダーを背負いベルリンでストリートショーをする話。06(2016.6.26加筆)

ギリシャ債務危機をきっかけに始まったユーロ危機。その解決策は何なのか? タケシ・スパイダーが、欧州連合をテーマに制作した作品 EU/UE を背負い、ベルリンでストリートショーをしながら考えた。   冷戦終結のきっかけとなった東西ドイツ統一の象徴、ブランデンブルグ門 2014年5月27日ベルリン到着の翌日、早速クモを背負いホステルを出て、ベルリンのメインストリートであるウンター・デン・リンデンを歩き、
Hamanaka Takeshi
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金の死神とウォールストリートを歩く05

ふと気が付くと、背中に金の死神が張り付いていた。 マンハッタンの高層ビルの谷間を、ひたすら歩いてゆくと急に視界が開ける。 そこは世界金融の中心地、ウォールストリート。 その死神は赤い両目を見開き、不敵な笑みを浮かべていた。     タケシ・スパイダー ストリートショー#4“金の死神” ニューヨーク  2013   2013年5月、 Takeshi Spider ことタケシは、ペットボトルで作った金の
Hamanaka Takeshi
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東日本大震災を体験した眉太男が、スパイダーを背負って、東京でストリートショーを開催する話。03

すでに東日本大震災を忘れかけている人は、あの時感じた事をもう一度思い出してほしい。   2011年7月末、眉太男ことタケシは雨雲の隙間をついて、東京でストリートショー『スパイダーと散歩#2』を開催。世界に向けて日本に対する支援の礼と復興の覚悟を伝えた。 そこに至るまで彼にどのような事が有ったのか? 大震災から4年が過ぎようとしている今、もう一度あの出来事を振り返ってみようと思う。 リュウグウノツカイ
Hamanaka Takeshi
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31歳で獣医をやめなんとなく絵を描き始めてから家賃0円のクリエイターズシェアハウスに受かるまでの話

日の当たる広めの部屋で画材や作品を十分に置くことができ、2メートルくらいの大きな絵が描けるアトリエがあって、1階の窓を通じて外からでも作品が見られるようなスペースがあったらいい。東京23区内で、川のそばがいい。人が遊びに来た時にゆっくり話せるようなリビングがあって、おしゃれな内装だといい。 しかもタダで。 そんなささやかな妄想が叶ったのは2014年6月だった。家賃0円のクリエイターズシェアハウスTO
小俣 智子
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ギャラリーと決別した眉太男が、ペットボトルで作ったスパイダーを背負って、ニューヨークでストリートショーを開催する話。02

アートはビジネス抜きには存在できないのか? ギャラリーに頼らずに、社会に対して効果的に作品を発表する方法は? 現代アートとは何なのか? その答えを探るべく、ペットボトルのスパイダーとストリートショーは生まれた。   2010年11月、秋晴れの青空の下、眉太男ことタケシはニューヨークでストリートショー『スパイダーと散歩 』を開催して、現代アート界に挑戦状を叩き付けた。 独自のペットボトルアートを制作し
Hamanaka Takeshi
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コネも金もない無名のアーティストが、世界のアートバーゼルでストリートショーを開催する話

アートバーゼル アートバーゼルとは、毎年スイス北部の都市バーゼルで開催される世界最大級の現代アートフェア。メインの会場では300以上の世界のトップギャラリーがひしめき合う。 作家数約4千人、来場者は7万人を数える(会期5日間、2013年)。 アートバーゼルはバーゼルの他にマイアミと香港でも開催されているが、近年その中で最も熱いと言われているのが、アートバーゼルマイアミビーチである。毎年12月の開催期
Hamanaka Takeshi
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25歳の楽天的眉太男がワーホリでカナダに渡り、念願のブロンズ彫刻を学ぶ為に彫刻家の弟子となり、現地で師匠と2人展を開催。その後アーティストになった話。01

若者諸君!感性が豊かで身軽な若いうちに、冒険の旅に出てみよう。 私がお勧めするのは、ワーキングホリデー(外国に1年滞在でき、就労も可能)などの制度を利用して、一人で外国に行ってみるという事だ。誰一人知り合いのいない見知らぬ土地で、異文化の中で言葉さえもろくに通じず、全くのゼロから始まる生活が刺激的でないはずがない。そこで出会った人々や体を張って経験した様々な出来事は、必ずあなたの血となり肉となり、一
Hamanaka Takeshi
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秋葉原のボッタクリ美術商を論破してきた

 秋葉原をうろついていたら、なんか見覚えのある人引きの仕方をしている人がいて、まぁいいかと思ってついていったら、ギャラリーだった。昔ボッタクリ美術商していたあれだと、入ってから気づいた。  絵を売ってるんです。みたいな説明があって、それから、職業は?ってきかれたので、一応フリーターですと、答えた。  どの絵が好みですか?と聞かれたので、アンダーグラウンドっぽいコラージュをしている掛け軸らしき絵を指を
Kato Keiichiro
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