"アート" のタグがついたストーリー

元獣医アーティストが一年かけて地球を一周してアート活動してくるまでの話

第一章 ロサンゼルスに着いて2週間で現地の美術教室でワークショップ開催を決めた話 2017年1月11日から1年4か月に渡る地球一周アートの旅に出ています。 1月     ロサンゼルス → イマココ 2月     ニューヨーク 3~5月   フィンランド(トゥルク) 4~6月   ルーマニア 9、10月   フィンランド(マンッタ) 11~翌年5月 上海 私は2013年から、いろんな人から絵を集めてつ
小俣 智子
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010-art box PJ

2017年2月6日月曜日  最近、コンペ用の文章を書いている。テーマは「旅」なのだが、私は腹が弱いので環境が変わると胃が軋む。ぎしぎしって感じだ。むちゃくちゃ痛い。いや、そんなことはどうでもいい。話したいことは私と旅の繋がりだ。  私は旅などしたことが無い。いや、旅行はあるが…、旅って文字が似合うものはしたことが無い。だとしたら私と旅は無関係なのでは?と思うだろう。実は旅をしているのは私の作品だ。
おかだ ゆりな
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009-I am panic disorder

2017年2月3日金曜日 【Feb.2,2017】 * FB より(https://www.facebook.com/HLharaita365/posts/262989290802542?notif_t=like¬if_id=1486086261214781) 隠してもないので堂々と言おう!パニック障害で~~~すッ!!!!! なんか吹っ切れた(いまだに電車とかヤバイけど)ので堂々と言うことにする。博
おかだ ゆりな
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008-past this and that

2017年1月30日月曜日  過去のことを何個か思い出そう。  1年生のとき、私は伝統工芸とコラボして 江戸風鈴 を制作した。実際に販売されている。今年は制作をしなかったが、来年はまたやりたいと思っている。…なんだろうか、あまり感情の記憶がない。と、いうか全く覚えていない。記憶の薄れが酷い。  あとは、2015年の7月にダンボールの積層で人(友人)の顔を制作した。 ……あとは、なんだっけ、 2015
おかだ ゆりな
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007-two kinds of memories

2017年1月30日月曜日 * FB より( https://www.facebook.com/HLharaita365/posts/260977971003674?pnref=story )  【Jan.27-29,2017】  2泊3日の箱根旅行に行ってきました。今回は美術館巡りということで有名どころを回りまくりました。  『箱根彫刻の森美術館』『箱根星の王子さまミュージアム』『箱根ガラスの森美
おかだ ゆりな
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006-thinking

2017年1月26日木曜日  今日は院の先輩のお手伝いをしてきた。卒業制作、どうしよう。私は中学の頃にファインアート(油絵)を描き、映像(コマ撮りアニメーション)を撮り、グラフィックデザインを行った。そうして高校生の頃はデザインの基礎などを広く学ぶためにデザインのコースがある高校に通った。そうして大学は女子美に行くことになる。  今、女子美に通って私は一体何を制作しているのだろうか。デザインは幅広く
おかだ ゆりな
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002-the apple which was bitten

2016年12月21日水曜日   パニック障害になった。 2016年12月25日日曜日  嫌な夢を見た。 中学の同級生Yと大学の同級生Rを教室で殴る夢だ。ついに私が恐れていた凶暴性が出たのだ。大声を出して笑っていたRに腹を立てた。私が注意をし、Rが墓穴を掘ったときにスプーンや箸を投げた。そういえば私は給食当番だった。給食当番は小学校の同級生MとNがいた。Nは私が物を投げているからお前の方が罪だと言っ
おかだ ゆりな
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003-le debut〜はじまり はじまり〜

2017年1月21日土曜日  2015年8月3日〜8日、大学1年生の夏休みだった。 人生で初めてワークショップを企画・運営した。ここで私の作品作りにおける考え方が変化した。 2015年8月3日月曜日  『le debut 〜はじまり はじまり〜』 商店街に建つギャラリー、co-ume lab.に搬入をした。最初のお客さんは2人だった。  「プリン食べた。おいしい。あと作業した。」 2015年8月4日
おかだ ゆりな
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絵で生きていきたいなんて「夢」をもつのは、もうやめるといい。

2011年2月に臨床獣医師を辞め、現在、アーティストとして生きている私。 アーティスト名はOuma(オーマ)。 「細胞」という生命の最小単位をモチーフにしたアート作品を制作発表している。 ▼31歳で獣医をやめなんとなく絵を描き始めてから家賃0円のクリエイターズシェアハウスに受かるまでの話 http://storys.jp/story/14081 2014年にこのシェアハウスに受かり、浅草に拠点を移し
小俣 智子
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”足るを知る者は富む”八百万(やおよろず)の精神をアートに込めて世界に示す

序 八百万(やおよろず)の精神は、この壊れかけた世界に対する処方箋となりうるのではないか? 夜桜をぼんやりと眺めている時に、私はひらめいた。全てはそこから始まる。   桜の下のスパイダー まだ寒さの残る2016年3月早朝、満開の桜の下で白いジャケットとジーンズを身に着けた男が、カラフルで巨大な物体を背負ってベンチの上に立っている。それはプラスチックで作られた生物の様であり、彼はその作品を撮影している
Hamanaka Takeshi
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ある獣医師がアーティストになって海外に出ていくまでの5年間の話。

2003年、私は獣医大学を卒業し、晴れて獣医師の免許を得た。 一般に誤解されていることだが、獣医師の仕事は「動物の治療」ではない。動物の治療を通じ、人の心を癒すことが、獣医師の仕事の本質である。これは動物に限らず、ヒトも含め医療に関わる職業すべてがそうなのだ。動物は自ら病院へは来ない。獣医師が診ているものは、家族の「心配する気持ち」であり、同時に人間ではない以上、金銭や介護にかかる時間のために「これ
小俣 智子
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本気のアーティスト

世の中にはGWも休みなし、週7日朝から晩まで働く仕事が有る。しかも無給(¥0)もしくは超薄給、でも気にしない。 それが本気のアーティスト。 時には数週間ほとんど何もしないこともあるが、それも制作の為には必要な時間だと言い切る。(いや本気で) アーティストという言葉は、一応ここでは彫刻家や絵描きなどの美術家をイメージして欲しい。一般的な常識では計り知れない、本気のアーティストについて自分なりの視点から
Hamanaka Takeshi
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ロンドンと東京でスパイダーを背負って歩きながら国家の品格について考える07

序章 その男は突然橋の上に現れた。 キラキラ光る巨大なスパイダーを背負い、ビッグベンと国会議事堂を望む橋の上をのんびりとぶらついている。周囲の人と楽しそうに話しつつ、スパイダーの足をカシャカシャさせながら歩いていた男は、次の瞬間驚くべき言葉を口にした。 「国家の品格って何なんだろうね?」 ちょっと待った!ここで読むのをやめないでほしい。少し硬いテーマだと思われるかもしれないが、旅と食とアートの話を混
Hamanaka Takeshi
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STORYS.JPを書いて1年後に叶っていた夢の話。

 2015年1月に書いたSTORYS.JPを、なんとなく読み返したら、最後にこんなことが書いてあった。 「今は、世界中を作品展示をしながら巡り、世界中の人が楽しめる体験を作りたいと思ってる。まだ道半ばで、達成できたことはほとんどない。一生のうちに全く何も起こらないまま野垂れ死んでいくかもしれない。 たとえばそうだとして、それでもやるかどうかだ。」  2016年2月、今、私はバルセロナにいる。3か月の
小俣 智子
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大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレのちょっと変わった楽しみ方

越後妻有アートトリエンナーレは大地の芸術祭とも呼ばれている、新潟県越後妻有地域を舞台に開催される世界最大級の国際芸術祭。基本理念は「人間は自然に内包される」であり、総合ディレクターは北川フラム。アート作品数は約380点(過去に制作された恒久作品約200点)、世界35の国と地域から約350組のアーティストが参加。また、アートを利用した町おこしの成功例としても良く知られている。 ここからは越後妻有アート
Hamanaka Takeshi
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あるがまま、ないがまま。

第一章 「わたしが私へ。」「何の為に生きているのか?」という疑問を持ったNYでの13年間の生活 わたしが「私」になろうとしていた。 これらは本当に私の身に起こったことで、それは今から書く経験に基づいている。その過去を振り返り伝えていきたいと思う。 2011年1月。 赤いレザーのビンテージカウチの左端に腰をかけ、時折窓の外の雪を見ながら膝かけブランケットの上にラップトップを置きこの文章を書いて30日目
イタミ アリサ
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スパイダーを背負った眉太男がバーゼル、ローザンヌ、チューリヒでストリートショーを開催する話。なぜかスイスでケバブざんまい。04

スイス北部の都市、バーゼル。その町の中心を流れるライン川のほとりにある、ミュンスター(大聖堂)上空には澄んだ青空が広がっている。その大聖堂の前に、タケシは大きなスパイダーを背負って立っていた。正面横の入口から中に入ると、何かの機械音が一層大きく聞こえる。ゴシック様式の回廊を進むと左手に中庭が見え、さらに進むと礼拝堂に通じている。その部屋からさらに進む、光の中へ。 こんな夢を見た。という書き出しで始ま
Hamanaka Takeshi
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E.U/欧州連合に対してメッセージを届ける為に、スパイダーを背負いベルリンでストリートショーをする話。06(2016.6.26加筆)

ギリシャ債務危機をきっかけに始まったユーロ危機。その解決策は何なのか? タケシ・スパイダーが、欧州連合をテーマに制作した作品 EU/UE を背負い、ベルリンでストリートショーをしながら考えた。   冷戦終結のきっかけとなった東西ドイツ統一の象徴、ブランデンブルグ門 2014年5月27日ベルリン到着の翌日、早速クモを背負いホステルを出て、ベルリンのメインストリートであるウンター・デン・リンデンを歩き、
Hamanaka Takeshi
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金の死神とウォールストリートを歩く05

ふと気が付くと、背中に金の死神が張り付いていた。 マンハッタンの高層ビルの谷間を、ひたすら歩いてゆくと急に視界が開ける。 そこは世界金融の中心地、ウォールストリート。 その死神は赤い両目を見開き、不敵な笑みを浮かべていた。     タケシ・スパイダー ストリートショー#4“金の死神” ニューヨーク  2013   2013年5月、 Takeshi Spider ことタケシは、ペットボトルで作った金の
Hamanaka Takeshi
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東日本大震災を体験した眉太男が、スパイダーを背負って、東京でストリートショーを開催する話。03

すでに東日本大震災を忘れかけている人は、あの時感じた事をもう一度思い出してほしい。   2011年7月末、眉太男ことタケシは雨雲の隙間をついて、東京でストリートショー『スパイダーと散歩#2』を開催。世界に向けて日本に対する支援の礼と復興の覚悟を伝えた。 そこに至るまで彼にどのような事が有ったのか? 大震災から4年が過ぎようとしている今、もう一度あの出来事を振り返ってみようと思う。 リュウグウノツカイ
Hamanaka Takeshi
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