"ベンチャー" のタグがついたストーリー

【後編・リアルベンチャーの衝撃と今】なぜ経営コンサルタントを目指していた大学生が、全く興味がなかったネット広告ベンチャーで働くことになったのか。

好感触な出会いから19日後。 就職活動を行ったことのある方ならお分かりになると思うだろうが、19日という時間は長い。 この19日間で僕は初内定を獲得し、選考が進む会社、落ちる会社、辞退する会社がでてきた(そして、3月30日の誕生日も過ぎた)。 19日後の4月5日夜、懇談会と称して僕を含めた学生2人は食事会に招待された。明らかに高そうなお店の雰囲気に飲まれつつ、2人の会社の方(1人はイベントで会った方
岩田 啓太郎
10

【前編・目指した理由】なぜ経営コンサルタントを目指していた大学生が、全く興味がなかったネット広告ベンチャーで働くことになったのか。

まず僕は社長になりたかった。 意識高い系の学生が言う漠然とした「社長になりたい」や「起業したい」というよりは、「社長はあくまで通過点。その後はプロ経営者となり、ウォーレン・バフェットやイーロン・マスクのようになる」といった意識高すぎて朦朧としている系の学生、最早ただの空想・夢想家であった。 ただ夢想家は夢想家なりに努力もしていたのである。 その頃の僕は地方国立大に在籍しており、サークルや飲み会よりも
岩田 啓太郎
40

【中編・迷走と出会い】なぜ経営コンサルタントを目指していた大学生が、全く興味がなかったネット広告ベンチャーで働くことになったのか。

2016年2月 僕は就職活動と、コンサル会社のアルバイトで多忙を極めていた。 元々院への進学を考えており就職活動に進路変更した時点ことで、忙しいイベントが重なっていた(さらにゼミ論文締め切りや期末テスト、家族旅行などが降り掛かってきた)。 そして大手コンサル会社を中心に行っていた就職活動を通して、自分が持っていたコンサルタントのイメージが崩れてきていたのを感じていた。 特に ・生産性が高いから高給→
岩田 啓太郎
30

長期インターンとやらに憧れたわたしについて(4)

前回の投稿から、かなりの時間が経ってしまいました。 今回はサークル幹部大戦争です。 2014年4月、大学入学と共に入ったサークルはダンスサークルでした。 一年経って私は「裏方」の魅力に取りつかれ、「自分が幹部になって来年は安全な舞台裏を整備するんだ」という意欲に燃えていました。 しかし、障害もありました。それは、どうしても気の合わない同級生。 彼、T君は地方の進学校出身らしく、大学入学を機に上京して
坂入 陽菜
14

長期インターンとやらに憧れた私について(2)

長期インターンとやらに憧れた私について       以前まずは書いてみました。併せて目を通していただけると嬉しく思います。 前は小学校~高校入学までを書きました。 ザックリいえば、小学校~中学校=地味&不真面目、だったんです。 では高校ではどうなったのか。 生徒会に入りました。アコースティックギターの部活に籍を置きながら、演劇部を手伝い、会計業務をこなす。 いまなら余裕でこなせる気がします。でも当時
坂入 陽菜
41

長期インターンとやらに憧れたわたしについて

インターン、辞めました。はい なんだろう、こうなる予定じゃ全くなかったんですけどね。 どなた様か、大人の方にこれを読んで的確なアドバイスを頂きたいです。 自己紹介しますね。 平成8年生まれ 19歳 大学2年生の終わりかけ 保育園の頃からダンスを習っていて、ダンスが好き。舞台周りが好き。でもダンスやってる人は苦手なことが多い。 共働きの両親に、特にフルタイムの母に過剰な尊敬を持っている。働くって最高に
坂入 陽菜
67

外資系企業からベンチャーへ、あえてチャレンジを選んだ理由

わずか5人の同期。 新卒で外資系企業に入ったのは約4年前。ブランド力の高い、大企業の外資系企業に入りました。 ピカピカの名刺と社員証をもらった瞬間は忘れられないほど嬉しくて、浮き足立った気持ちになったの を覚えています。 ブランドも、働く人も、仕事も、何不自由なくエキサイティングな職場環境に身を置けたことは 私にとって生涯なによりもかけがえのない経験だったと感じます。 そして今も、心のかたすみに、「
福田 佳那子
11

30代半ばのオッサンが起業した話 最終回

3期目に入って更に色々なことが順調になった。 明確な目標を掲げると必ず達成できる。 だから、その時には達成できる根拠が全く無い目標を立てるようになった。 woodsmallは税金対策で身内を取締役に入れているが、実質は俺一人でやっている。 これから会社を成長させていくにあたって従業員も雇うだろう。 企業としての存在意義を明確にする、という意味で企業理念を制定した。 今現在は売上予測もかなり正確に出来
小林 高志
181

30代半ばのオッサンが起業した話 第7話

2013年12月17日 1期目の決算が出たとのこと。税理士との打合せ。 淡々と1期目の売上、粗利、損益の説明を受ける。 損益は 384万円。赤字 である。 税理士からのアドバイスはこんな内容だった。 ・ とにかく『売上』『粗利』を意識すること ・ 社外への印象等もあり資本金は1万円ではなく最低でも100万円 ・ 売上目標は840万円 俺的には全然思うようにいってなかったし、全く納得できなかったけど。
小林 高志
815

30代半ばのオッサンが起業した話 第6話

最初に受注したアプリ案件は、当初の納品日を過ぎていた。 受託案件に関しては基本的に粗利50%を下回らないこと。これを最低限のルールとしていた。 一つの希望の光は、iOS版を比較的単価の高いエンジニアにお願いしていたので完成が間近だったこと。 ただ 開発費は底をつきそうだった 。 世間が夏休みでFacebookに浮かれた近況がアップデートされている頃、弊社の戦略を大きく変えた。 今までは弊社が仕事を取
小林 高志
885

30代半ばのオッサンが起業した話 第5話

代表取締役は妻であったので、法務局に行って変更登記申請書を提出した。 申請書は自分で書いた。 これで、発起人でただの株主だった 俺が社長になった のである。 受注したアプリ開発は、クラウドソーシングで見つけたエンジニアにお願いした。 基本的にはプロジェクト管理をやるだけ。 平日でも時間がある時は、ハーレーで走りに行ったりしていた。 自由に時間を使っていた。 多分世間一般の人がイメージするであろう『社
小林 高志
998

30代半ばのオッサンが起業した話 第4話

とあるマッチングサイトに掲載したのが年も押し迫った年末。 1ヶ月後には早速問合せが来た。 WEBシステムを作りたいとのこと。 初めてだし、割と安めに見積りを出したのを覚えている。 何社か見積りを依頼している よう。祈る思いで返事を待った。 2日後、依頼者から連絡が入る。「 貴社にお願いしたい 」とのこと。 この瞬間は本当に嬉しかった。妻にも話した。その日は俺は終始上機嫌だったと思う。 遂にやったのだ
小林 高志
1043

30代半ばのオッサンが起業した話 第3話

当時勤めていた会社も753シーズンになって忙しくなってきた。 ウッドパネルの注文も台紙の注文も山のようにあった。 土日の撮影も昼飯が食えればラッキー位の忙しさ。 休日は休日で、自分の会社の仕事。 co.jpドメインを取得してコーポレートサイトを開設した。 果たして誰かの目にとまるのだろうか?と思いつつ。 その他にも 会社名を商標登録 した。 さて、会社は何を本業にやっていこうか。実は明確に決めていな
小林 高志
1012

30代半ばのオッサンが起業した話 第2話

2012年10月24日 喫煙所に行くと、運良く同僚がいた。 そこに上司がいないことを確認して声を掛けてみた。 俺 俺、起業したいと思ってるんですよね。 だけど会社が軌道に乗るまで、ある程度時間が掛かるし、どうしようかな?って思ってるんです。 同僚 だったら奥さんの名義で会社作っちゃえば良いんじゃないですか!? 会社が軌道に乗るまで、サラリーマンして、軌道に乗ったら本腰入れるとか。 俺 そっか!それな
小林 高志
1064

30代半ばのオッサンが起業した話 第1話

今からさかのぼること3年前。 平日の3日間は本社勤務で、商品の梱包、商品の発送 。 ウッドパネル用の画像の補正、753シーズンは台紙の作成なんかをやっていた。 ( 要は雑用 ) 土日は、実店舗で子供連れの家族の撮影。 当時の会社にはシステムエンジニアとして入社 したが、 入社したての頃は、3キャリア向けの公式サイトの運用をやったり、 当時流行っていたSNSアプリのプロジェクトを任されていたが、 気が
小林 高志
1311

ブラック企業体験記

【第一話】~センブツと読んだ会社に入社した~ 「センブツ?」 地元岐阜の転職企業フェアで私が手に取った パンフレットには「先物」と書いてあった。 そう、20歳の私が選んだ会社は商品先物の営業会社。 内定が決まったことを周りの人に話すと、 「ヤクザと同じ業界だよ」 とか、 「お客に刺されるよ」 とか、 「そりゃ、泣く子も黙る業界だね」 など、とんでもないことばかり言われた。 でも、当時の私は岐阜の実家
麻井 克幸
46

【会社を3年経営してみて思うこと:斉川コラム】

【会社を3年経営してみて思うこと:斉川コラム】 企業=経営者であり会社名≦経営者名であるということ。 僕の会社BENTASUくんはもうすぐ3歳と2ヶ月のまだ赤ちゃんですが、社会的数字ではもう事業4年目になりました。 細々とやる会社もあれば、拡大拡大でうなぎのぼりの会社など、その経営者によって体質が異なります。 大きなチャレンジをしていって組織を作り、社会的影響力を出していく会社。 個の力で資本を使わ
斉川 幸弘
51

居酒屋のキャッチからグリーへ転職。わずか1年で年商50億の事業責任者になって思ったこと-転職編-

※前回までのストーリーはコチラ↓ --------- 居酒屋のキャッチからグリーへ転職。わずか1年で年商50億の事業責任者になって思ったこと-フリーター編- http://storys.jp/story/7318 --------- やっぱりオレ、だめだわ。就職することにしたよ。 独立を志したが、フリーター生活を余儀なくされ10ヶ月がたった。 2012年1月1日。 年越しも池袋の路上で過ごした。 周
原田 正文
806

新着の書きかけストーリー

詳しく聞きたい!
詳しく聞きたい!
詳しく聞きたい!
詳しく聞きたい!
詳しく聞きたい!
もっと見る