"学校" のタグがついたストーリー

苦しい時期の乗り越え方?

以前に、 私が先生になり、退職し、 そして復帰の道の途中にいる理由 1 の中で、学校を辞めたいけど、先生に 「逃げるな」 と言われて、辞めずに卒業した、 という事を書いた。 これは私のその時の状況でそれが適切だったのであり、それを必ずしも勧めているわけではない。万人に当てはまるわけではない。 私は不登校を勧めるわけでも反対する、でもない。それらを支援する人たちとも関わらせてもらい、自分にできる事をや
Unabara 海原  Taiko たい子
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勉強大嫌いから→大好き♪ 勉強の楽しさを教えてくれた恩師の話

 私は小学生の頃、勉強が苦手で苦手で、 割り算は長い間理解でき ず 算数の時間にはお腹が痛くなるし、夏休みは宿題も最後の日に嫌々やりつつ、終わらせることのできないまま、重い気持ちで登校日を迎える、という事をしていた。  当然、成績も良いはずが無く、 太陽の昇る方角くらい覚えましょう! と書かれたりしていた。曖昧な評価だったが、数字で言うなら、 2か3 がほとんどだったと思う。(いや、1もあったかもし
Unabara 海原  Taiko たい子
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星空の絨毯の下で出会った第2の家族 in オーストラリア

高校2年の夏休み、 初海外へ 。 学校なんて行きたくない!狭い日本を抜け出したい! もがいていた高校2年の夏。 あまり今まで使わなかったお年玉とアルバイトで貯めたお金を全額投入して、 いざ出発! (未成年なので親にハンコをもらうのには時間がかかったけど) スーツケースに厚手のセーターやマフラーを詰め込む。そう、南半球は寒い寒い冬の真っ只中。日本の食材やお土産もその中に押し込んだ。 初めての海外は一人
Unabara 海原  Taiko たい子
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もうすぐ高校2年生になる次男。机に置いてあった作文に、母親の私はつい惹きこまれて…

 田中さん  いつからだろうか。田中さんと敬礼を交わすようになったのは。いつからだろうか。田中さんとジャンケンをするようになったのは。  田中さんがこの学校にやってきたのは、去年の夏休みだっただろうか。新校舎の建設が始まると同時に、彼は警備員としてやってきた。最初の出会いは鮮烈だった。グラウンドに行くのに、工事をしている場所があったので、回り道をしなければいけなかった。彼は警棒を使って案内してくれた
高瀬 美帆
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成績をあげるための唯一の方法

みんな、勉強ができるようになりたいだろう?俺もだ。で、俺はずっと考えて来たわけだ。勉強がどうやったらできるかってことをだ。 俺は塾の先生をやっている。 それも優秀な高校生ばかりを教えている。 東大のような難関大学や医学部を受けるような生徒達だ。 なのに俺は工業高校を卒業している。 工業高校を卒業した俺が、普通のヤツらと違う方法で勉強をして来て、そして勉強について考えまくったことを書いてみたいと思うの
みかみ いちろう
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それは違うなぁと感じたちょっとした小話

 小学二年生のとき、クラスに転校生がひとりやって来た。その子を特別よく覚えているのは、初めて接した障害を持つ人だったからである。特別養護学級はあったのだが、そこに通う子たちとは交流などなかった。障害と言われても、正直「どういうもの?」と疑問しかなくて、訳もわからない状態だった。中には、障害者という言葉さえ知らない子もいたくらいだ。  担任の先生は、言った。「きちんとゆっくり話せば聞こえています。みん
山本 由佳
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不登校クラスメイトとのちょっとしたお話③

 「その子の人生は、あんたの人生じゃない」  不登校の子に付き添う形で遅刻してしまった日、母から言われた言葉のひとつである。聞いた当初こそ、どうして私が叱られるのか、もっと大目に見てくれてもいいのではないか、なぜわかってくれないのか、それならあの時はどうすればよかったのか、放置して学校に行けというのか――など、幼稚な不満で心がいっぱいになっていて、正直なところ、母の言葉をきちんと受け止める余裕などな
山本 由佳
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不登校クラスメイトとのちょっとしたお話①

 中学一年生のとき、クラスにひとり、ほとんど学校に来ない子がいた。いわゆる、不登校児である。担任の女性教師は、寄り添って生徒の話を聞くというタイプではなく、クラスメイトの誰もがその子についての詳細は知らない状態だった。入学してから半年も経っていないのだから、無理からぬ話だろう。  あるとき、担任教師が「あの子の家に様子を見に行ってくれないか」と私に言いつけた。理由は、不登校児に話を聞いたところ、私で
山本 由佳
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学校という狭い空間にとどまるな!!!世界に飛び出せ。あなたは必要とされない人間なんかじゃない。

前のストーリーにはちょっと続きというか深い事情が実はある。僕は中学を不登校で過ごし、高校ではいじめにあっていた。けれど、これがあったから今の充実した僕がある。 きっと、今、この記事を見ている人の中には、「あーあ、今日も疲れた」とか「死にたいなあ。私なんて必要とされてないからいっそいなくなった方が楽だ」って思っている人がいるとおもう。 けれど、僕の今から言う経験を聞いて考え直して欲しい。あなたと言う存
松元 宏樹
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【Part 6】「とりあえず、統合失調症患者になった自分が語る、26歳の人生。」~ついに帰郷編~

 第三章~大学を卒業しても~ ・親の反対を押し切り、専門学校へ ・大卒のプライド、箸が転んでもおかしい生徒たち ・無視、無視、隠し味に「お前誰だよ!!」 ・卒業と同時にマイカー購入。アルバイトへ。 ・コンビニバイトでも、ちょくちょく顔を出す統合失調症。 ・「職業訓練校」 ・「穴は深く掘れ、されば穴は広がらん」 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
桑原 和也
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【Part 5】「とりあえず、統合失調症患者になった自分が語る、26歳の人生。」~大学4年生編~

ついに迎えました、最終学年。 一番激動で、一番濃密で、一番楽しかった一年間。 ではでは、大学4年生の時の統合失調症患者(後の)を、ごらんください~♪  大学四年生 ・上野俊哉との出会い ・恩師・天野先生の励みと叱責と優しさ ・救急車から救急車 ・奇声から帰省。規制通り、卒論制作へ。 ・大学生活で一番楽しかった四〇日間 ・卒業と3・11~もれなく発症~ ・上野俊哉との出会い  「メディア文化論」と言う
桑原 和也
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ゆとり教育世代の英語教育改革〜最先端英語教育②学校を作ろう!〜

500年以上変わらない学校 日本に生まれ日本で育った多くの学生は伝統的な受け身の授業を受けている。 典型的なクラスルームは教師が黒板の前に立ち、生徒の集団は教師の話を黙って聞く。居眠りする生徒もいれば、後ろの席でおしゃべりを楽しんでいる生徒もいる。 これは14世紀のBolognaの有名な絵画である。500年以上前からこの学習形態は変わっていない。 知識の伝達は教師が行い、学習者の適性に関わらず同じ授
嶋津 幸樹
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【Part 4】「とりあえず、統合失調症患者になった自分が語る、26歳の人生。」~大学3年生編~

「26歳、職ナシ、彼女ナシ、実家暮らし男子が、とりあえず、統合失調症になってみた。」 から、 「とりあえず、統合失調症患者になった自分が語る、26歳の人生。」 に、変化してみました! 大学3年生・大学4年生の時のお話し(パチパチパチ~) 目次   大学三年生 ・新入生歓迎公演 ・忍び寄る「シューショクカツドウ」 ・インターンシップDIE(ダイ)エット ・大学生活の「LAST SHOW」  大学三年生
桑原 和也
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【Part 2】 「26歳、職ナシ、彼女ナシ、実家暮らし男子が、とりあえず、統合失調症になってみた。」~トラウマの源流は三歳から~

 第一章~幼稚園から高校まで~ 目次 ・幼稚園で味わった「最後の靴」 ・朝食を食べなかったから、ぶっ倒れた。 ・卓球部、あれ?カラダガ、ウゴカナイ ・地獄地獄地獄の高校生活 ・父親の死 ・心療内科から、精神科へ。~心療内科と精神科の違いについて~ ・27時間テレビがテレビが見たくて、精神病棟を退院した。 ・休学、転入、アルバイト。~高校は卒業しておこうと思った~ ・演劇ボランティア部より愛を込めて
桑原 和也
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クズ大学生が大阪ミナミで1000万稼ぎ、学生起業家へ。

2010年、僕は関西の某私立大学に入学しました。 大学に入学した当初は、本当に”THE大学生”でした。 普通に時間の切り売りのアルバイトをして、 少ない給料でサークルの飲み会や合コンに参加したり、彼女とデートしたり、、 心の底では、「ビッグになる」「社長になって糞金持ちになる」などと漠然と思っておりました。笑 しかし、実際には月に5~6万円の給料をもらうだけのアルバイト、、 こんなことをしてていいの
川崎 亮也
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自由を求めて 民衆を導く女神編

 民衆を導く女神…といっても、そんなに大げさな話じゃない。それでも、確かに自由と女神は切り離せない。あちこちに像もあるし。 民衆を導く女神  この絵は、1830年のフランス7月革命を主題とした、ドラクロワの作品(Eugène Delacroix. 1830. La Liberté guidant le peuple. Paris. Musée du Louvre.)。絵に興味がなくとも、どこかで見た
中村 鷹
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自由を求めて 「力」編

 「力」と言っても、実はそんなに大げさな話じゃない。ここでは「力」に振り回される悲劇から、ふっと自由になれたような、そんな話。 「力」こそ全て  あれは、芥川龍之介の 『羅生門』 を仕事の一環でやっている読書レポート集づくりのために読むことになったときのことだ。  読んで、まっさきに「暗い」というイメージが思い浮かんだ。そのイメージから、次に思い浮かんだのが中学生の頃のこと。それから、物事をはかる「
中村 鷹
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まともに中学校も行かなかったけど、最高にHAPPYな話

自分は小学校5年の半ばで、沖縄から横須賀に引っ越してきた。 なんというか、子どもながら「くだらねぇ」と感じ、あまり行かなくなった。 何に対してくだらなかったんだろうか? 今考えれば「みんながそうだから、君もそうしなさい」的な物を感じたんだと思う。 そういう感じの子どもだった俺は、中学校も授業に出たのは一年生の時だけ、2年、3年と部活しか行ってなかった。 進路に関しても「仕事するからいい」って一点張り
竹内 容堂
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