"就職" のタグがついたストーリー

22歳の女の子が現場監督として働いて見た、建設業の現実と問題

このストーリーを書くにあたって初めにお伝えしたいのは 私は建設業が嫌いではないし 現場監督という仕事が嫌ではないということ。 むしろものづくりの仕事は素晴らしいと思っているし そこで働く人を尊敬している。 ただ、建設業の働く環境には疑問を持っている。 これから書く私に起きた出来事は 特別なことではなく 当たり前に起きている現実である。 女性で建設業で働く方 家族に建設業で働く人がいる方 建設業で働く
井上 美結
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妥協とこだわりの狭間でートータルでの幸せを考えなさいーPart.Ⅳ

やりなおしの就職活動 さて、色々落ち着いた5月 パートナーの親類に合った際に、無職を嗤われます。 この時パートナーも一緒に嗤った事に関しては今も恨んでます。 この事が頭にきて体壊しても働こう、駄目ならもう首を吊ろう。 そう思いました。 パートナーは私を愛してはくれても護ってはくれない 自分を護れるのは自分だけだ。自立しようと思いました。 結婚して2ヶ月で離婚を考えるレベルでした。 精神面や体力面を考
菱沼 あげは
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妥協とこだわりの狭間でートータルでの幸せを考えなさいーPart.Ⅲ

夜逃げの手配 学生時代私は母方の祖父の家に住んでいました。 間接的に母親の監視下にありました。 そのため大っぴらに出て行くわけにも生きませんでした。 とりあえず母親から逃げる事を最優先として行動を始めます。 まず、家を引き払う準備を手配しました。 祖父が必ず出かけ、帰りは21時を過ぎる水曜日。 必ず研究室を早めに引き上げ、宅配会社に配達と集荷を依頼します。 段ボールを大量に買い込んでいることも気づか
菱沼 あげは
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妥協とこだわりの狭間でートータルでの幸せを考えなさいーPart.Ⅰ

突然ですが、私、就活時に最も避けていた業界で派遣社員として働いています。 幸か不幸か学部で留年したり、理系(工学系卒)だったので、同期が就職して 頑張っている姿を見ることが出来る立場での就職活動でした。 自分も卒業後は専門分野の技術職で、勤務地は東京か神奈川(実家は東京)を希望していました。 修士1年の夏、パニック障害発症 夏の集中講義の時の事でした。 突然の吐き気に講義を抜け出しトイレでガタガタと
菱沼 あげは
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妥協とこだわりの狭間でートータルでの幸せを考えなさいーPart.Ⅱ

就職活動を辞めた時の話 就職活動を辞めた修士2年の12月 交通費が浮いた分好きな買い物を、書類を作る時間は研究に充てることが できるようになり、充実した日々ですが、将来の問題は何も解決していません。 そんなときに他の研究室の先生から就活斡旋の話を頂きました。 副専攻(専攻内でいくつか分野があったうちのひとつ)の技術職だったので 技術職で都内勤務!ステキ!と飛びつこうとしましたが、私は思い出しました。
菱沼 あげは
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ブラック企業大賞を受賞した会社で働いて得たものとは・・・。

僕は昔、ブラック企業の代表と言われている ある会社で約3年間働いていました。 僕が働いていたのは約6~7年前ほどなので 今とは大分環境は変わっているはずですが、 その当時でどれぐらいブラックか説明します。 休みは週に1日あるかないかぐらいで、 店長になってからは3ヶ月ほど 全く休みがないときもありました。 店の売上が目標にいかないときは 人件費を抑えるためアルバイトには休んでもらい、 固定給の店長で
モ ロミ
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【密着取材】ドイツ人Rの優雅な就活と就業後生活

ある理系専門職のドイツ人Rの履歴書 旧東ドイツで生まれたRは仲良しの両親の元ですくすく育ち、高校卒業と同時に卒業資格アビテュア(センター試験みたいの)を得て大学進学。アビテュアの成績は合計で約7割りちょいというところだ。 大学では物理学を専攻し、日本では修士にあたる学位を得ている。 しかし!Rは怠け者なのか 卒業までに8年もかかった 。 ドイツは受験がない分、卒業が難しく。やる気のない生徒はどんどん
シモン 文布
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最初で最後の最終面接で「正直女性は採りたくないんだよね」って言われた

コネのこと 県の公務員だった。両親とも。祖父母は自分が生まれた頃はもう既にリタイアしていたからよく知らない。 だから、コネがこんなに重要だってしらなかった。 むしろ、コネで仕事を得るのはとても悪いことだと思っていた。 最初に最終面接したときのことが忘れられない 時は就職氷河期、しかも適当にちゃらんぽらんとしていた自分が、最初に最終面接にまで行った会社は、京都にあるとある広告代理店だった。 当時からイ
内藤 涼子
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