"死" のタグがついたストーリー

誰でもいつかは亡くなる。亡くなる人から私は学ぶ。

昨年の初秋だったかな。 私は蔡さんに出会った。 その顔はどこか疲れていたけれど、眼にはしっかりと未来へ向けての光があった。 彼女は昨年、癌の摘出手術をした。 なんとなく、癌はもう無いけれど、癌とともに生活し、いざ身体にメスを入れるのは相当身体に負担があるのだろうと感じた。 「まだ休まなくていいんですか?」 私の問いに彼女は優しく微笑み一言。 「私の命は私のもの。でもね、私の時間は私だけの時間じゃない
Kondo Takeshi
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『 一度死んだ、あの日から。』 ~ 僕が、起業するまでの話 ~【最終回】

【 大学受験を乗り越え、起業の道へ。】 奇跡が起きた。 なんと、翌年の春、一浪の末、 大学に合格することができた。 体の震えを押し殺しながら、勉強を再開出来たのは11月。 そこから延々と泣きながら、相変わらず全力で歌いながら、 高1の内容から勉強しなおした末、 唯一、1校から合格通知が来た。 まさか合格出来るとは思っていなかった。 もう無理だと思っていた。 本当に信じられなかった。 初めて嬉し涙を流
平山 真康
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『 一度死んだ、あの日から。』 ~ 僕が、起業するまでの話 ~【第3回】

【 死んだら、どうなるんだろう? 】 日々明けることのない暗闇の中、 僕は「死後の世界」に憧れた。 どんな世界かはわからない。 何でもいいから、今と違う世界へ 行きたかったのかもしれない。 死んで、身体も心も全部なくなって 「無」になるならそれはそれで良い。 もし魂だけが残るのなら、 たぶんホワホワっとした世界だろうし、 死んだ人はみんな経験している事だ...。 思いをめぐらせ、それはそれで良いかな
平山 真康
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『 一度死んだ、あの日から。』 ~ 僕が、起業するまでの話 ~【第2回】

【 絶対に避けたかった浪人生活を始める。】 家族との確執の深さは、 もう取返しのつかないほどだった。 僕はたまらず家を出た。 バイトをしながらの一人暮らし。 朝4時に起きて、お昼まで働く。 そうすれば勉強時間とお金は確保できた。 バイトと家の往復で他人との関わりは一切ない。 メールなんて一通も来ない。 僕は本当に、「一人ぼっち」だった。 本当に寂しかった。 本当は全てから解放されて、 大学生活を謳歌
平山 真康
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ファミレスで注文もできなかったコミュ障女子大生が初めての海外でインドを3週間旅した話

外国とか、怖くないですか。 昔から怖いものが多かった。 高いところ、暗いところ、人が多いところ。幽霊、虫、爬虫類。 それから知らない場所、知らない人。 よく怒鳴る数学の先生も、エラそうな友だちも、イヤミっぽい親戚のおばさんも怖かった。 一人になるのも怖かった。 人と違うことをするのも、だれかに迷惑をかけることも。 その全部の怖いものから逃げて、 安全な囲いの中で生きていたかった。 ドキドキもハラハラ
ささき まと
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心友 【其の十三・無言の帰宅】

とある地方新聞のコピーが今も手元にある。 その中に「無言の帰宅」という見出しがある。 このコピーはクロイワの葬儀の際に遺族の方からいただいたものだと記憶している。 そこには簡単に今回の「悲劇」の経緯が記載されている。 【自らも病身だった母がアパートの自室で倒れて亡くなり、母の介護なしでは動けなかった一人息子も、その後、同じ部屋で息を引き取った。】 人の亡くなり方は無数にある。しかし、こんなケースはめ
山口 寛之
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ちくわに母を殺されたハタチの大学生の話

大好物 僕(寒川友貴)の好きな食べ物はおでん、特に味がしっかり浸み込んだ、ちくわが大好きだった。 あの日が来るまでは…。 突然すぎる別れ … 2016年12月27日夜、僕はJR東京駅の新幹線ホームにいた。 大学が冬休みに入り、実家のある神戸に帰省するためだ。 のぞみに乗る前、駅で晩メシとお土産の東京ばな奈を買い、予定よりも1日早く今から帰ることを伝えようと母に電話した。 なぜか母のケータイにも家電に
寒川 友貴
657

【10年間カナダへ行けなかった理由】

10年前 私が25歳の頃 ワーキングホリデーで オーストラリアに留学していました   それから1年後 そのままオーストラリアへ残る人 日本へ帰る人 様々でした   私はというと ”ワーキンホリデーでカナダへ行く!”と みんなに言っていました   理由は至って簡単 オーストラリアに2年いるのなら ワーキングホリデーで オーストラリア1年カナダ1年の方が 経験も増えるからだと考えました   そう言い残し
トミー 信長
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心友 【その四・みちのくへ】

受験の道を選んだクロイワと自分は予備校通いを始めた。 もっとも仲良く一緒に通うというわけではない。野球漬けの三年間を送ってきた者と、授業をサボりまくっていたといえ、一応進学校と名のついたところにいた者では自ずと進路は変わってくる。ただ、二人とも将来何になるという明確なものはなかった。不思議な事にそこだけは共通している。 一方で、トクシマは就職を決めていた。詳しい業務の内容まで確認したことはなかったが
山口 寛之
107

心友 【其の三・ヒエラルキー】

なんと、クロイワはセンバツで念願のレギュラーに選ばれた! などとマンガのようなドラマチックな話がそうそう起きることもないわけで。学校がセンバツ出場を決めたところで奴のポジションは今までと全く変わらない。公式練習で甲子園のグラウンドに立った後はベンチに入るわけでもなくスタンドの応援席が定位置。他の大勢の野球部員とともに声を出し続けていた。 今はどのくらいの生徒が集まるのかは分からないが、当時の野球部は
山口 寛之
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アルコール依存症の母が死をもって私に気づかせてくれたこととは。

母 せめて私が生きてる間に気づいて欲しかったわ。 母が死んだ。 アルコール依存症だった。 アルコール依存症とわかってから 15年間母は酒を飲み続けた 。 アルコール依存症の人が選択できる道は二つ。 酒を断つか、死ぬまで飲み続けるか、だ。 母は死ぬまで飲み続ける生き方を選んだ。 それゆえに私は15年間、悩み、苦しみ続けた。 母は独りで暮らす部屋で脳出血で倒れそのまま息を引き取った。 発見された時の状況
森田 望美
294

⑥私が「私に暴力を振るい続けた死にゆく母を笑顔で見送るべきか(長文です)」と知恵袋に書き込んだ者です。

 私には結局、日の当たらない布団1枚敷かれただけの5畳の部屋を与えられた。  17の春まで隔離された部屋。家を出るまで何度そこから飛び降りようと思ったことか。  新しい家に来てから数か月の間、《毎回夕食は家族5人で食べよう》という母親の茶番に付き合わされた。  夕食を食べる間、祖母は私を睨む睨む。私への憎悪を隠せない。隠そうともしない。まあ、それもそのはず、祖母はこの一つ屋根の下、唯一家族の誰一人と
Oikawa Mika
42

心友 【其の二・見えない縁】

三人とも同じ公立中学へ進学した。その当時中学受験はマイノリティな世界。少なくともおらが地元においては公立中学へ進学するのがごく当たり前の話だった。 ここでクロイワとトクシマは同じクラスになる。さらには二人揃って同じ部活に入部した。 陸上部。 トクシマは小学校時代に「馬」というあだ名がつくぐらい足が速かった。のちに手も早くなったとかならないとか。一方のクロイワはリトルリーグにいたのでそのまま野球部に進
山口 寛之
107

心友 【其の一・曇天の霹靂】

どこまでも厚い雲が広がる冬の空。あの日も曇天と呼ぶのがいかにもふさわしい。そんな見慣れた冬の朝だった。 朝食のパンをむさぼり食っていた時だっただろうか。携帯電話に着信が入った。しかし着信音を聞いていると、先に家を出た妻からではないことだけはわかった。 妻は朝から普通にお仕事だが、自分の仕事は職業柄午後からの出勤。よって朝方に妻と顔を合わせることはほとんどない。それで一瞬だけ妻からの緊急連絡だと思い込
山口 寛之
140

⑤私が「私に暴力を振るい続けた死にゆく母を笑顔で見送るべきか(長文です)」と知恵袋に書き込んだ者です。

 小学4年生になる少し前、私の父名義の家は完成した。 家の名義こそ私の父であったが、実際に家を建てるうえでの頭金やローンのほとんどを支払ったのは年金生活をしていた祖父だった。私が生まれてからずっと、豆腐工場アルバイト生活の父に4000万も払える経済力などある筈がない。  私は初めて持つ自分の部屋やピカピカのキッチン、温度設定をすれば自動的にその温度で出てくる風呂の湯に心躍らせた。  新しい家に段ボー
Oikawa Mika
99

④私が「私に暴力を振るい続けた死にゆく母を笑顔で見送るべきか(長文です)」と知恵袋に書き込んだ者です。

「死ね」「もう二度と顔見せんな」  私は小学4年生から、両親が母方の祖父母と家を建て同居し始めるという理由で、仙台郊外の小学校へ転校することになった。  私の両親は何度も祖父母の家に足を運び、新しく建てる家の間取りについて話し合っていた。家の間取りは1階にリビング・キチン、トイレに風呂場に爺ちゃん婆ちゃんが寝る和室。2階に家の中で最も大きな両親の寝室。廊下を挟んだ一部屋を私の部屋にしてくれるという。
Oikawa Mika
114

②私が「私に暴力を振るい続けた死にゆく母を笑顔で見送るべきか(長文です)」と知恵袋に書き込んだ者です。

 「そんなこと言ってんじゃないよ!」  そう怒鳴られた後に左の頬を平手打ちされた。それが私の思い出せる一番古い記憶。 私は4歳になったばかり。幼稚園の入園式前に身体測定で新入園児皆が集められた教室で、私が隣の女の子にテレビで覚えたての「毛深い」という言葉を発した直後に母は私を怒鳴りビンタした。  お母さん、私ね、覚えたての言葉だから誰かに言ってみたかったんだよ。「そんな言葉知ってるの、凄いね」って、
Oikawa Mika
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私が「私に暴力を振るい続けた死にゆく母を笑顔で見送るべきか(長文です)」と知恵袋に書き込んだ者です。

あれから2度目の桜が散りました。  今から2年前、私はタイトル通りの質問をヤフー知恵袋に書き込みました。 特に多くの閲覧者を望んでいたわけでもなく、こんな長文を最後まで読んで回答をくれる人もいないだろうと予想しながら自分の置かれていた状況を洗いざらい書き込んだのは夜10時。  回答者が付いたのも確認せずに眠りにつき、朝起きた時には閲覧数が8万を超えていて、何だか怖くなってすぐに回答募集を打ち切ったの
Oikawa Mika
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『ペ●スノート』:Page 7「緊迫」

突如現れた、謎のもふもふの到来に場はそこまで騒然としていなかったが、とりあえずMOHUMOHUさんに名前を聞いてみることにした。 「あの、えっと・・・・あなたは何者なんですか・・・・?」 あまりにも突然すぎる登場だったので、剣(ないと)は正直困惑していた。さすがにこれは虹空(にあ)もやり場がなくて困っているのでは・・・・と、一先ず虹空の方を見てみると、虹空はサボテンに水を与えていた。 「いっぱい飲ん
黙考する 『叫』
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二度目の埋葬 by 宮崎 すみれ

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