"生きがい" のタグがついたストーリー

貧乏こそ神 我が母まいくばあの話(第48回)

『まいくばあの遺伝子を継ぐものたち(一) ヘンなやつら』 平成二十三年九月四日、和歌山県南部大水害。 当日朝六時ごろ市内放送で「熊野川堤防から水が越え始めました。至急二階か、高いところへ避難してください」と避難指示が何回もくり返して流された。 前夜のうちに僕の家より海抜が高いまいくばあの家に避難していたのだが、放送を聞いて至急車で市内の一番高い丘に逃げたのだ。                    
前沢 しんじ
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貧乏こそ神 我が母まいくばあの話(第47回)

第5章〔家族編〕 まいくばあの遺伝子を継ぐものたち この章では、まいくばあの強烈な遺伝子を受け継ぐ面々の、少々浮世ばなれしているかも、という話をお送りします。われわれみたいな間抜けな人間でも無事に暮らしているのですから、この国ではそれなりに一生懸命やっていれば結構生きていけます。 家族の中でも、初孫である長女Yちゃんは特にその遺伝子を色濃く受け継いでおり、骨格、性格、行動、生き方、考え方、そしてその
前沢 しんじ
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貧乏こそ神 我が母まいくばあの話(第46回)

『まいくばあ語録』(3) ■「今度隣の○○さん所へ《大工》が入るらしいよ」(実はバイク) 隣の家の若主人が、「前沢さん、こんどバイク来るんで(買ったので)ちょっとうるさいかも知れません。すみませんけど」とあいさつしてくれた。それを大工と聞いた。  ・・・たぶんそりゃハーレーだ。びっくりするかもね。              ■まいくばあは最近足が痛い。病院が遠いのでうちの奥さんに車に乗せてもらった。
前沢 しんじ
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貧乏こそ神 我が母まいくばあの話(第45回)

『まいくばあ語録』(2) ■「寿司食いに行くか」と誘えば、                       「背が低いからテーブルが苦しい。よそで食べてもうまない(うまくない)。行かん」   ・・・そんな理由かい! ■温泉に誘えば「あんな暑苦しいもの好かん」  旅行どうだ?と誘えば「テレビであちこち見る」   ・・・でも一理ある。  ■電話をかけてきた。「あれ、声が小さいぞ。もしもーし」と言って怒ってい
前沢 しんじ
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貧乏こそ神 我が母まいくばあの話(第44回)

第4章 〔語録編〕  つい言ったぁー 前章のドタバタの口直しに(ならないか)ばかばかしい語録をお届けします。 まいくばあは別段「おもろいこと言ってやろ」と思っているわけじゃありません。つい言ったー、まさにTwitter、ことばが笑いと驚きを与えてくれます。 上質な品性を感じさせてくれる巧まざるユーモアとは似ても似つかず、こちらは動物的本能的なにおいが噴出しております。 それではヤツの言動の一端をごら
前沢 しんじ
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貧乏こそ神 我が母まいくばあの話(第41回)

そのつるっとした形状は川原にて何万年も磨かれ続けた銘石の風情。よし、これだと見つけてきた母親の愛情ってやつでございます。  (今回ここから) 母は老婆に言われたようにその石の中心に五寸くぎで丸くこするように穴を開けはじめた。木ではなく石ですから、それは固い。ハンパではない。厚さ一センチ以上ある石に穴を手彫りする。今では街なかで石を拾うなどできませんからその形や硬さなど想像できないでしょうな。しかし母
前沢 しんじ
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貧乏こそ神 我が母まいくばあの話(第39回)

相方の方は「こんどはぶらじるかよ」と冗談ではないぞという面持ち。今回は、名前を変えた、いや変えられたときのような「かかあが言うから」では済まされません。なんせ「日本を捨てる」のだから。 (今回ここから) 自由気まま、辛抱性のない人間にとてもそんな海外渡航などできるわけがない。どうしたものかなあこの一直線ヤロウを、と思ったかどうかは不明ですが、 「おれはやっぱり、ぶらじるはいやじゃぁ」と、この時は乗り
前沢 しんじ
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貧乏こそ神 我が母まいくばあの話(第38回)

『ブラジル騒動記』 「シゲマサ騒動」に続いてそのころ勃発したのが「ブラジル騒動」でございます。 相も変わらぬ夫の行動、つまりすぐ仕事をやめる、酒に逃げる、甲斐性がない、などの行いに業を煮やしたまいくばあが、次に取った手段は・・・ なんと「ブラジルへ移住しよう!」でございました。国を変えりゃ、この人は立派な人になる!と思ったのでしょう。大胆も大胆、なんせひとつのことを念じると突っ走るイノシシのようなも
前沢 しんじ
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貧乏こそ神 我が母まいくばあの話(第37回)

お礼を申し上げ、幾ばくかの謝礼を払って帰途につく頃にはまいくばあの心は晴ればれ。 「よしよし。明日から、いやたった今からあんたはシゲマサじゃ!」と相方に何度も繰り返すまいくばあ。相方のほうは反応に困ったような複雑な顔だったような気が・・ (本日ここから) さて、家に帰って母が行ったことは、まず手当り次第あらゆるものに新しい名前を書きつけ、縫い付けていくことでした。何もそこまでというくらい、シャツや下
前沢 しんじ
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貧乏こそ神 我が母まいくばあの話(第35回)

第3章〔騒動編〕 おかしな三つの物語 世の中にマヌケな人間は多けれど、 まいくばあを筆頭とする前沢家の面々はじゅうぶんに その有資格者、いや有段者、いや師範代?かも知れませんぞ。 マヌケなヤツらのすることは当然のごとく間が抜けた顛末となるもの。 ここに書き出したる騒動三題は、 古き良き時代のニッポンを彷彿とさせて(させないか) 家族愛に満ちた(愛なのかな?)物語となっております。 人様から見れば「お
前沢 しんじ
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貧乏こそ神 我が母まいくばあの話(第34回)

『実母の祈り』この章のあとがきにかえて まいくばあが産まれてすぐ養女に出されたのは先に書いた通りだが、やはり実の母の我が子を差し出す苦しみは推して余りある。 実の父の弟、つまり叔父さんのところへ養女に出されたのだが同じ村の中。おさな子は成長する過程でもらわれ子であることを知るだろうが、母にしてみれば、ふだんから村の中で見かけるだけに胸が痛んだことだろう。 そのころからまいくばあは実父母のことを「本家
前沢 しんじ
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貧乏こそ神 我が母まいくばあの話(第33回)

『まいくさんがくれたもの』 この章では、裸やら麻雀やらブルーフィルムやら、ヤツの独走ぶりを書いてきましたが、少しは良いことも書かなけりゃ、というかそれを書かなきゃただのアホ家族の話にすぎず、この本を書いた意味がありません。 さて、その天衣無縫ぶりはともかく、母は「自より他」の人です。自分のことはほっといてあらゆる人の幸せを願う。いつもそれだけを祈っています。 熱心な仏教徒で「自分はどうなってもいいで
前沢 しんじ
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貧乏こそ神 我が母まいくばあの話(第32回)

『貧乏神』 この本では「お金がなくても老後は楽園だ」ということを言おうとしています。 それはわが母、まいくばあが体現しているからであります。                                        養女に出された先はお金に不自由しない家でしたが、若気の至りか十九才で結婚して、それも相方が二十二才で遊び人ではないが、とりたててしっかりした人物でもなかったゆえ、どうもそのころからあ
前沢 しんじ
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貧乏こそ神 我が母まいくばあの話(第30回)

『弁当』 結婚する前、妻がまいくばあにこう言った。「毎朝弁当作るの大変で・・」 まいくばあは言った。「よっしゃ、わしが作ってやるよ」 それからというもの毎日毎日卵焼きだけ。ごはん&卵焼きオンリー! 一ヶ月で妻は音を上げた。「おかあさん、もういらん!」 「ほっぺたにそうじ機」 まいくばあはいつでも一生懸命ゆえに、孫と遊ぶときでも想定外のことをすることがある。 初孫である僕の長女Yちゃんが小さい頃、数時
前沢 しんじ
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貧乏こそ神 我が母まいくばあの話(第29回)

『オープンすぎるぜ!(三)ブルーフィルム』 妻は結婚前からよく実家に遊びにきた。ワタクシ二十五才、妻十九歳の頃ですからそれはそれは大昔のこと。 まいくばあの友達は幅広く、雲から泥まで色々なお方がいらっしゃった。その中で「Sっちゃん」と呼ばれるなかなかの遊び人がおりました。本業はしっかり持っておられるのですが、飲む、打つ方じゃなくて残りの方がとてもお盛んでした。 昔のことでございます。アダルトビデオの
前沢 しんじ
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貧乏こそ神 我が母まいくばあの話(第28回)

『オープンすぎるぜ!(二)泊まってけ、のりさん』 まるで元祖裸族が如く、まいくばあの家は昔からあけっぴろげで風呂のあとはパンツ一丁で家中歩くようなそんな家族なのだ。その中で育ってきた僕にとってそれは日常の光景だったが、客人が来るときくらいは、ふつうはねぇ・・・ が、僕が卒業後地元のスーパーの入社テストを受けてその結果を知らせに常務殿が来てくれた時も、さらに、結婚する前に妻を初めて家に連れてきた時だっ
前沢 しんじ
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貧乏こそ神 我が母まいくばあの話(第27回)

『靴』 高校入学の準備のため、妹は母とふたりで靴を買いに行った。まいくばあは、娘のサイズより二センチくらい大きいのを買った。ガバガバだった。妹が「かあちゃん、大きすぎるよ、これ」と言えば母はこう答えた。「じきに足が大きいなる。ちょーどいい」 ・・・歩けたもんじゃねえよ。 しかし恐るべし、その裏にはある作戦が隠されていた。妹が大事に手入れしながら三年間履いたその靴は卒業と同時に母に譲られたが、なんとま
前沢 しんじ
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貧乏こそ神 我が母まいくばあの話(第26回)

『顔ひろい』 まいくばあは製材所の職工を長いことやっていたので、家と製材所の往復だけの狭い世間と思いきや、なぜか色々な人と知り合いだった。職場の仲間は言うに及ばず各業界のかたがたと。 高校生の頃「おれ、ステレオ買いたい」 母「よし、Sっちゃん(電器屋さん)に来てもらってやる」 僕は音楽が好きで、ナショナルテクニクスという当時えらく高いステレオをSっちゃんの店で買ったのだ。母の顔でクレジット払いにして
前沢 しんじ
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貧乏こそ神 我が母まいくばあの話(第19回)

『作文』 まいくばあは十九才で僕を生んだ。今でいうヤンママというやつか。 本人が「わしはあたまはペケじゃ」というほどだから頭脳明晰には遠いのだが、けっこうな教育ママ(ママ?いちばん似合わん言葉ですな)で、小学一、二年の頃は先生との毎日の通信を熱心に書いていた。「家ではこんなふうに過ごしています」、「こんな勉強をさせています」みたいな。 さらになぜかPTAの役員もしていて、和服を着て他校の視察などに行
前沢 しんじ
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貧乏こそ神 我が母まいくばあの話(第18回)

『パンパンの顔』 昭和四十年代、自動毛糸編み機が流行ったころのこと。 朝起きると母の顔がパンパンにふくらんでいる。腫れている。小学生の僕が、「どしたん?」と聞けば、「徹夜でセーター編んだ」 編み機は顔を下に向けて作業する。各色の糸を変えながら、手でジャージャーとハンドルを左右に動かして編んでいく機械だが、母は一晩中下を向いて一生懸命編んだよう  29 だった。 パンパンの顔で、「ほれ、あんたのや」と
前沢 しんじ
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