"留学" のタグがついたストーリー

高校生の時、自分の未来が見えなかった。今は、毎日楽しく生きている話

現在 (2017年) インドネシアから来ました。25歳です。 私は子供の頃から、日本のことずっと憧れて、 「いつか絶対に日本で働く!」という夢がありました。 今は東京で働いてて、文化の違いとか辛いことがあっても、毎日笑顔で頑張っています。 高校時代。 元々性格明るくて、いつもポジティブな考え方持ってる子でしたが、 高校生になった時、全てが変わりました。 高校生の私は、デブだったし、いじめられっ子でし
ジェシカ メイリナ
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平成14年韓国留学日記:温かいビビンバ

日韓ワールドカップが終わった。熱気で溢れかえっていた大学周辺も夏休みに入ると蛻の殻だ。そんなにサッカーファンでも無い僕がここ数ヶ月ワールドカップ一色で夏休みの計画も立て損ねてしまった。イヤ、そもそも就活プレッシャーから逃れたかったのだろう。毎日サッカー祭りを言い訳に酒に溺れてみた。 ずいぶんと寂しくなった大学周辺をブラリブラリと歩く。なんだか次第に怠くなり、くしゃみをする。頭がぼーっとする。筋に寒気
アルバート 伊藤
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超ビビりの3流大学生、就活をあきらめ休学。フィリピン留学に人生を救われた話。

気づいたら僕はフィリピン・ダバオの地で思いっきり泣いていた。 これは僕がまだ大学生だったころの話。 3流大学生。超ビビり。貧乏。 過激に表現しているわけではない。これは当時の僕にピッタリの表現だ。 就活や転職で悩んでいる人 は多い。 僕も大学3年生の当時、就活でとても悩んでいた。 何より日本の就活はとっても難しい。 大学生でぬるま湯につかりまくってても、本当に大切な社会の厳しさは誰も教えてくれなかっ
千田 裕理
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タイミングが悪い人生ばかり歩んでいた田舎育ちの会社員が、海外でアーティストになった話

つくづく自分はタイミングが悪い人生を歩んでいると思う。 普通の人がするより始めるのも遅い気づくのも遅い。自分で選択してできるようになった18歳の頃からやっと自分で決めて始めらるようになったものだから数年人より始めるのが遅れていると思う。 1. 中高生の頃バレエやダンスをしたかった。けど田舎で最寄りの駅まで車で30分もかかるような山の上だったし、バスも通ってなかったかったからそんな教室とてもなかった。
Aiko kokota
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ベルリンから留学について考えてみる

そもそも今更留学がどうのってないとも思うが、自分がいま日本の20くらいの若者だったらどうするかふと考えてみた。グローバル人材という言葉があるらしいがあれはほとんどの人が思う通りピンとこない。それに結論からいうと、むやみに短期留学とか小手先のお膳立てされた海外経験ならべつになくて良いとおもうのだ。留学するなら理想は学位を得る、が本来ミニマムでそれより内容が少ないなら余暇に近い。自分自身も学位を得ない留
矢野 圭一郎
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ファミレスで注文もできなかったコミュ障女子大生が初めての海外でインドを3週間旅した話

外国とか、怖くないですか。 昔から怖いものが多かった。 高いところ、暗いところ、人が多いところ。幽霊、虫、爬虫類。 それから知らない場所、知らない人。 よく怒鳴る数学の先生も、エラそうな友だちも、イヤミっぽい親戚のおばさんも怖かった。 一人になるのも怖かった。 人と違うことをするのも、だれかに迷惑をかけることも。 その全部の怖いものから逃げて、 安全な囲いの中で生きていたかった。 ドキドキもハラハラ
ささき まと
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22年間非モテを極めてた私が留学後1ヶ月で彼氏ができた話。

22年間、ただの一度も告白されたことがなく、彼氏も殆どいたことがない非モテ非リアの私が留学後一ヶ月で素敵な外国人彼氏ができた話。。。
Himitsu Rei
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あなたの人生は誰のもの?(14)~頭と心が分裂するとき~

社会人になってからの留学は、学生の留学に比べて自由だ。授業には行きたいときに出席し、それ以外は学校外で社会勉強をする。 私は個人的に大学寮に連絡を取り、早めに入れて貰えるようお願いして、他の学生より1か月ほど先にロンドンに到着した。 夜もなるべく街中の語学パーティーなどに参加して、とにかく現地の人との交流を優先した。筆記の英語は日本に帰ってからでも出来るが、喋りのほうはネイティヴスピーカーと会話をす
maya masaki
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あなたの人生は誰のもの?(13)~隠れ対人恐怖症と英会話~

「隠れ対人恐怖症」 である私と英国の相性は、果たして抜群だった。 日本と同じ島国。人と人との距離の取り方・マナーなどは、ほぼ同じ。日本に比べて人々がもっとリラックスしている。さらに当時のロンドンは不動産バブル真っ只中。1ポンドは220円まで跳ね上がり、街ゆく人たちが皆幸せそうに見える。 大きなスーツケースを持って階段の前に辿り着けば、どこからかともなくジェントルマンが現れて、階段の上まで運んでくれる
maya masaki
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あなたの人生は誰のもの?(12)~逃走資金は十分にある~

日本を出よう・・・ そう思った。逃走資金は十分にある。 「社会はそんなに甘いところじゃないんだぞ」 父の口癖だった。その割に、どうやって渡って行けばいいのかを教えてくれることはなかったし、それを背中で示してくれることもなかった。 子供にとってはただの脅しでしかない。 そもそも社会の中の一番小さな単位である「家族」ですら上手くマネージできない人間に、そんなことを言われても全く説得力がない。 そう言って
maya masaki
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フランス語も分からないけどフランス留学に飛び込んだ結果、一年間で何が起こったかをノンフィクションでまとめた話

この話は、ある学生が、フランス語も分からないけどフランス留学した結果、一年間で何が起こったかをノンフィクションでまとめたものです。小さなエピソードに分けて、時間を追って書いていきたいと思います。留学生って、思っていたよりずっとずっと大変でした……。 でもフランス語が分からないからと言って機会を先延ばしにしていたら、きっと時は過ぎ、留学しないで終わっていたかも知れない。そう思うと自分の鈍感力とでもいい
Mano Akiko
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引きこもりがニューヨーク留学をした結果大企業に就職した話~vol.3 はじめての挫折から大学受験、引きこもり突入~

神様って信じる? 高2の夏、すべてを失った気がした。 野球、勉強、将来の展望、周りに対する優越感、自尊心、アイデンティティ。 何のために高校に通い自分はこれからどうなるのか、めちゃくちゃ不安で、恥ずかしくて、情けなくて、でもどうすればいいのかわからなくて、なにもする気も起きなくて、ただ生きてるだけだった。 そんな時、副担任に放課後声をかけられた。 この副担任は、とにかく変わった人だった。 尾崎豊の
アツモリズム 白倉
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引きこもりがニューヨーク留学をした結果大企業に就職した話~vol.0 プロローグ~

引きこもり、 昼夜逆転の生活を送り、 外には出られない、 そんな僕は生き直す為に海外に逃げました。 ~~~~~~~~~~~~ アツモリズム白倉です。 今回は、アツモリズム代表の友人であるA氏のお話です。 ~~~~~~~~~~~~ はじめまして。 Aと申します。アツモリズムの代表とは大学時代からの友人です。 彼とは、遊び、勉強、就活、バイト、遊び、色んなことを一緒に経験しました。 そんな彼は、(彼の経
アツモリズム 白倉
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引きこもりがニューヨーク留学をした結果大企業に就職した話~vol.2 クソヤローのはじめての挫折~

高校受験 井の中の蛙だった僕も、そんな勘違いを抱き続けながら、高校受験の時を迎えた。 誘いのあった野球名門校からの特待生の話はすべて辞退した。 プロ野球選手になれる器ではないことをなんとなく自分でも悟っていたこともあるが、勉強、遊び、恋愛、自由、限られた時間のなかで経験できる人並みの高校生活が送りたかった。 “プロ野球選手になるため”、“甲子園で優勝するため”に全てを犠牲にする覚悟など毛頭なかったし
アツモリズム 白倉
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引きこもりがニューヨーク留学をした結果大企業に就職した話~vol.1 勘違いなクソヤロー~

自分は【神童】だと思ってました。 恥ずかしい話だけど本当の話。中3くらいまで。本当に、痛い。 結果的に、当然自分は 【神童】 ではなく、 その数年後には 【引きこもり】 になるのだから人生とは皮肉なものだ。 幼少期 僕は九州の田舎町に生まれた。 家の前は海で後ろは山。 小学校の同級生が11人と言えば、 どれだけ田舎なのか想像がつくと思う。 その田舎で、姉の出産から8年後に生まれた待望の長男だった僕は
アツモリズム 白倉
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第0章 はじめに ■■★■■ 定員割れ高校で偏差値45以下の私が、17歳の高校1年留学で人生が変わり、10年後にニューヨークでバリバリキャリアウーマンで働いている話。

はじめに。 現在 私は、某日系会社でProduction Planning Managerとしてアメリカ人の上司の下、ニューヨークで働いています。簡単に言うと「生産管理マネージャー」というポジションです。 私はこの会社に入り翌年、3年間連続で、「年間優秀社員賞」(年間数人)を取って、 4年目で、「社長賞」(年間に1人とれるか、もしくは誰も取れない。)をとってしまいました。 気づいたら、「良くできる社
Yuriko Ishihara
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第1章 留学したい。(当時15歳) ■■★■■ 定員割れ高校で偏差値45以下の私が、17歳の高校1年留学で人生が変わり、10年後にニューヨークでバリバリキャリアウーマンで働いている話。

留学したい。(当時15歳) 早いころから芽生えた気持ち 周りではめずらしく、わたしは5歳から英語を習っていた関係で、 留学は遠い存在じゃぁありませんでした。 子供のころから、海外からホームステイにくる他国の子供たちとよく触れ合ったりして、 12歳では、カナダへホームステイにも行きました。しかもかなり軽い気持ちで! 好きだった英語教室の男の子が行くっていうから(出発日から行先すら違うことになるのをあま
Yuriko Ishihara
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定時制高校在学中のたった1年間でTOEIC300点から900点に上げた話

僕が通っていた高校は定時制高校だった。入学式当日は、生徒の半分以上が髪の毛を染めていたり派手な格好をしている生徒がほとんど。それ以外の学生は、見るからに真面目なそうな生徒のどちらかだった。 こんな学校で3年間も高校生活をすることを想像すると吐き気がしたが、どれもこれも自分の今までの行動がこんな環境に置かれる原因となったのは、痛いほど分かっていた。 僕はその高校に入学するまでは、人生で一度もきちんと勉
加来 涼太
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