"私の人生 仕事 家族 幸せ" のタグがついたストーリー

40才からの成り上がり

社会に出てからのこの約20年、一体ボクは何をしてきたのだろう? 「誰かを幸せに出来たか? 」 「誰かの役に立つことが出来たか?」 「自分がこの世に生まれてきた証をなにかひとつでも残せたか?」 平成25年7月10日、ボクの親父は睡眠薬を飲み川に飛び込んで自殺した 63才で、自分の人生を終わらせる決断をしたのだった 死ぬ前に、母親の携帯に電話があったそうだが、母親は冗談だと思い、取り合おうとはしなかった
佐藤 龍星
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息子が不登校になったら、親父の悩みが解消した話その2

どこの会社に行っても、当たり前ですが人間関係はついて回るのでした そんな転職を繰り返す逃避人生を歩んでいたとき、とある 本がきっかけで、哲学勉強会のようなボランティア団体の主催する 講座に参加するようになりました。 その講座では、「他人を教材にして、自分を知る」というスタイルで 座談会が実施されていました。 その講座で僕は初めて「自分を知らない」ことを知ったのでした。 相当なショックだったのですが
k ヨシロー
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【第2話】いざ新潟へ!夏の始まり

俺は新潟行きのバスの座席でお気に入りのZARDの歌を聞きながら、色々なことを思い出していた。ボサボサに伸びきった髪と髭は短く整えた。 会社を辞めると主任に告げた次の日、当然だが課長を始め、同部署の上司方からずいぶんと大目玉をくらった。ただ俺はひたすら平謝りを続けた。 大方、俺が会社を辞めることを止めようとしなかった。別に俺がいなくても支障はないといわんばかりだ。 しかし、俺に仕事を教えてくれ、プライ
前田 啓太郎
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【第1話】会社なんて辞めてやるよ。

「仕事舐めてんのか!?」 課長の叱責が会社に響く。 またつまらないミスで怒鳴られた俺は課長の怒りが収まるまで謝り、自分の席に戻った。 猪八戒似でデブの主任がこっちを見てニヤニヤしている。 僕はある中小企業で働く、しがない社畜だ。 毎朝、満員電車に揺られ会社に出社し、休憩もなく夜は終電ギリギリまで仕事をしている。 そんな生活をもう2週間もしている。缶コーヒーでかろうじてつないていた僕の集中力もとっくに
前田 啓太郎
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【第1回】社会に馴染めない『はみ出し者』の物語

「あなたの悩み、教えてください!!笑」 〜過去の体験談から教える、     社会に馴染めない「はみ出し者」の物語〜 どうもっ。はじめまして^^ ようこそいらっしゃいました。 これも何かのご縁。 まぁ、そんなにあせらずに、 ゆっくりしていってね。 もちろん無理にとは言わないけどさ^^ 紹介遅れました。 僕、『ちょろり』と呼ばれてる。 現在32才の『はみ出し者』。 えっ?なにが『はみ出し者』か聞きたい?
濱田 晃範
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タクシー運転手に怒鳴っていた私がいつも穏やかで笑顔でいられるようになった話

私、鈴木賀葉(かよ)は[株式会社ここそら]で3つの事業をおこなっております ■エステティックサロン事業 coco/sora ■サロンオーナー向け事業 ココソラ ■飲食事業(準備中) 全ての事業において ”続いていく笑顔をつくる” という理念のもとに全スタッフが志事(仕事)をしていきます この理念にたどり着いたいきさつに、ひどい過去があるので^^; 今日はそれについてお話します. 代表である私、鈴木
鈴木 賀葉(かよ)
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父と遊んだ記憶の中で1番楽しかった「カブトムシ採集の思い出」を振り返って気が付いた、本気で向き合うことの大切さ

最近の悩みの一つに「父と話が長く続かない」というものがある。 とにかく何の話題にしても一分以上持たないのだ。 例えば、 父に「なにかやりたいことがあって今の仕事に就いたのか」と聞くと 「別に。それより早く就職して給料もらえるようになれ」と返ってくる。 しかし、ここから会話が広がらない。 今でこそコミュニケーションが円滑とは言い難い父と僕だが、子どもの頃はよく遊んでくれたものだ。せっかくの機会なので、
Ishi Takeo
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幸薄い人生ですが、大人になってできた友達に救われました。その3

   職業訓練校を修了し、家に帰ろうとフラフラ街を歩いていると訓練校の人達の集まりが見え、声をかけられました。 「あれ?学校の人だよね?一人?一緒に遊ぼうよ~」 「お酒飲む?何か食べる物注文しようか?」 「じゃあ、少しだけ…」  少しだけのはずが、だいぶお酒が入り、親が電話してきた時も「ご飯食べて帰るねー」と軽く流して切って二次会に行きました。就職も出来なかった。明日から無職。私は自棄を起こしていま
上原 彩加
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何度後悔しても懲りないバカの半生の話(7)

期待に胸躍らせるだけの僕は頭カラッポだった  高校生活には何の不安も抱いていなかった。  むしろ小学校から中学校に上がる時よりも、その時が楽しみですらあったのだ。まだ見ぬ友人たち、それに、女子高生達とお近づきになれるチャンスがあるかもなどという下心。友人たちのおかげで学校の楽しさを知った僕には、春からの新生活に心配などまるでなかった。  当時家計の心配など全く気にも留めていなかった僕は、金融公庫から
Incomplete person
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何度後悔しても懲りないバカの半生の話(6)

やがて訪れる黄金時代 この時期の自分を、僕はもっとも好きだった。 へりくだる必要もなく、よく見せる必要もなく。 幼い頃のように、ただ奔放な自分でいられたからだ。 この時出会った素晴らしい友人たちの存在が、薄っぺらな僕が手にした唯一の財産か。 きっかけこそ下らないもので、最初はふざけあっていただけの関係性。 やがて腹を割って話していく内に、それがより深く、より密なものへと紡がれていく。 学校に行けばあ
Incomplete person
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何度後悔しても懲りないバカの半生の話(5)

いきなりの不登校・・・ 父母が付き添う、入学前の説明会はかすかに記憶に残っている。 中学校になるとありがたく、数少ないレパートリーしか持ち合わせていない僕でも、私服で通学する必要がなくなるのだ。ブレザーとスラックス、制服を着ていられるという安心感があった。カビと呼ばれる心配もない。 小学校時代の同級生では僕以外の全員が別の中学校に行った。 顔を合わせる新たなクラスメイト達は、全員がニューフェイス。
Incomplete person
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何度後悔しても懲りないバカの半生の話(4)

今にまで受け継がれる”呪縛” 呪いの言葉を告げられたのは、この小学生の頃だ。 正確には母親づてに聞いた一言なのだが、それですら、後の僕に重く圧し掛かってくることになる。 その言葉を <呪縛> と、僕はそう表現する。 怨嗟渦巻く呪いものの映画よろしく、そう簡単に打ち破ることが出来ない。 確かに打開する方法は無きにしも非ず、しかして、それをするのが困難だと感じる。 大仰に前置きしたが、呪いの言葉というも
Incomplete person
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何度後悔しても懲りないバカの半生の話(3)

小学生 ~印象に残るT君~ 無敵の幼少時代が過ぎ去った後の僕は、小学校に上がると、軽度のいじめを受けた。 これは今にして思えば本当に軽いもので、服が無いから緑色のジャージばかりを着て登校していたことで <カビ> というあだ名を付けられたことや、他には同級生のT君からたまに暴力的なちょっかいを出された程度のもの。 そのT君は、どうやら両親が離婚して母子家庭となり、それからグレ始めたようだった。 放課後
Incomplete person
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何度後悔しても懲りないバカの半生の話(2)

比例する過去と現在 兄弟の話など、まだ書きたいことはあるが、ここでひとまず僕の幼少時の話に移ろう。 僕が想像している幼少というのは、幼稚園から小学校に上がるぐらいの頃だろうか。 あの頃は、この国そのものがとても元気だった気がする。 娯楽はテレビだけで充分だったし、今みたく、国中を鬱屈とした不安が覆い被さっているような感覚はほとんどなかった。あくまで僕自身の偏見か、あるいは当時の僕が幼かったために、そ
Incomplete person
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何度後悔しても懲りないバカの半生の話(1)

これは、単なるクズの独白。  まず、僕は――  いや、友人や家族の前での一人称は<俺>なのだが、顔の見えないWEB上では自身の繊細さをひた隠しにする必要もないので、ここでの一人称は<僕>としておこう。  僕の話をする前に、まずは両親の話をしておきたい。 僕は、当時、広域暴力団Y組の構成員であった父親と、水商売を経営していた母親との間に生まれた。  父親は漁師の家に生まれ、石垣島の出身だ。 幼少の頃よ
Incomplete person
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転職ばかりで働く事が嫌いでサボる事ばかり考えていた私が、仕事が楽しくて仕方なくなった話③最終話

私 東京だ・・・!! 新幹線が東京駅にさしかかった有楽町のあたりで私はビルを見上げました。 私 ここで私の実力を試すんだ!!! 親にも相談せず勝手に東京行きを決意し名古屋を飛びだしてきました。 ワクワクする気持ちを裏腹に、初めて地元を離れるドキドキ感。 そんな気持ちを今も思い出します。 この頃私は26歳になっていました。 このストーリーは3部作の最終話③です 転職ばかりで働く事が嫌いでサボる事ばかり
鈴木 賀葉(かよ)
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障がいがある私と、仕事の話 0

私は今、会社の障がい者雇用部門で仕事をしている。 簡単に説明すると、なんらかの障がいがある人たちを、企業で雇用するときに 「こんな人が御社に良いのではないでしょうか」とか決めたり、 障がいの種別によって、「こんな仕事ができますね」とか「彼らができそうな仕事を部署から 切り出してください」と依頼して、彼らが混乱することなく、その仕事に従事できるようにする仕事だ。 まだこういう仕事をしている人は少ないん
takada aya
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【涙の最終話】 職人パパが、娘と難関私立小受験に挑戦した話

一次試験の発表があり、 3日後に親子面接本番。 泣いても、笑っても、これが最後。 前日の、幼児教室の面接模擬特訓では、 パパは、「まだまだのデキ」だけど、良いところもあると、 自信をもたせていただき、 娘は、「ほぼ完璧な仕上がり」と太鼓判をいただき、 わたしは、「早口すぎる、しゃべり過ぎるのは、よくない」と注意を受けて帰宅。 親たちが足をひっぱらないように、 まさに、そんな状況。 面接で大事なのは、
イサカ アツコ
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