"起業" のタグがついたストーリー

気づけば次の扉の鍵を開けていた -回想編-

この経験は自分の糧になる。 本当にやりたいことをするために、あなたは何を犠牲にしますか? お金?時間? 僕にはやりたいことをすぐやる為のお金はない。だがお金がなくても自分の時間を使って経験値を積む。「人生はロールプレイングだ」とよく言われるが本当にそうだと思う。 勇者は「 魔王を倒すため 」に魔王の住処を探し、そのために強くなる。目的を達成できない勇者はいないのだ。挫折すれば塵が積もるだけである。
清水 一磨
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30代半ばのオッサンが起業した話 最終回

3期目に入って更に色々なことが順調になった。 明確な目標を掲げると必ず達成できる。 だから、その時には達成できる根拠が全く無い目標を立てるようになった。 woodsmallは税金対策で身内を取締役に入れているが、実質は俺一人でやっている。 これから会社を成長させていくにあたって従業員も雇うだろう。 企業としての存在意義を明確にする、という意味で企業理念を制定した。 今現在は売上予測もかなり正確に出来
小林 高志
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30代半ばのオッサンが起業した話 第7話

2013年12月17日 1期目の決算が出たとのこと。税理士との打合せ。 淡々と1期目の売上、粗利、損益の説明を受ける。 損益は 384万円。赤字 である。 税理士からのアドバイスはこんな内容だった。 ・ とにかく『売上』『粗利』を意識すること ・ 社外への印象等もあり資本金は1万円ではなく最低でも100万円 ・ 売上目標は840万円 俺的には全然思うようにいってなかったし、全く納得できなかったけど。
小林 高志
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30代半ばのオッサンが起業した話 第6話

最初に受注したアプリ案件は、当初の納品日を過ぎていた。 受託案件に関しては基本的に粗利50%を下回らないこと。これを最低限のルールとしていた。 一つの希望の光は、iOS版を比較的単価の高いエンジニアにお願いしていたので完成が間近だったこと。 ただ 開発費は底をつきそうだった 。 世間が夏休みでFacebookに浮かれた近況がアップデートされている頃、弊社の戦略を大きく変えた。 今までは弊社が仕事を取
小林 高志
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30代半ばのオッサンが起業した話 第5話

代表取締役は妻であったので、法務局に行って変更登記申請書を提出した。 申請書は自分で書いた。 これで、発起人でただの株主だった 俺が社長になった のである。 受注したアプリ開発は、クラウドソーシングで見つけたエンジニアにお願いした。 基本的にはプロジェクト管理をやるだけ。 平日でも時間がある時は、ハーレーで走りに行ったりしていた。 自由に時間を使っていた。 多分世間一般の人がイメージするであろう『社
小林 高志
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30代半ばのオッサンが起業した話 第4話

とあるマッチングサイトに掲載したのが年も押し迫った年末。 1ヶ月後には早速問合せが来た。 WEBシステムを作りたいとのこと。 初めてだし、割と安めに見積りを出したのを覚えている。 何社か見積りを依頼している よう。祈る思いで返事を待った。 2日後、依頼者から連絡が入る。「 貴社にお願いしたい 」とのこと。 この瞬間は本当に嬉しかった。妻にも話した。その日は俺は終始上機嫌だったと思う。 遂にやったのだ
小林 高志
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30代半ばのオッサンが起業した話 第3話

当時勤めていた会社も753シーズンになって忙しくなってきた。 ウッドパネルの注文も台紙の注文も山のようにあった。 土日の撮影も昼飯が食えればラッキー位の忙しさ。 休日は休日で、自分の会社の仕事。 co.jpドメインを取得してコーポレートサイトを開設した。 果たして誰かの目にとまるのだろうか?と思いつつ。 その他にも 会社名を商標登録 した。 さて、会社は何を本業にやっていこうか。実は明確に決めていな
小林 高志
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30代半ばのオッサンが起業した話 第2話

2012年10月24日 喫煙所に行くと、運良く同僚がいた。 そこに上司がいないことを確認して声を掛けてみた。 俺 俺、起業したいと思ってるんですよね。 だけど会社が軌道に乗るまで、ある程度時間が掛かるし、どうしようかな?って思ってるんです。 同僚 だったら奥さんの名義で会社作っちゃえば良いんじゃないですか!? 会社が軌道に乗るまで、サラリーマンして、軌道に乗ったら本腰入れるとか。 俺 そっか!それな
小林 高志
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30代半ばのオッサンが起業した話 第1話

今からさかのぼること3年前。 平日の3日間は本社勤務で、商品の梱包、商品の発送 。 ウッドパネル用の画像の補正、753シーズンは台紙の作成なんかをやっていた。 ( 要は雑用 ) 土日は、実店舗で子供連れの家族の撮影。 当時の会社にはシステムエンジニアとして入社 したが、 入社したての頃は、3キャリア向けの公式サイトの運用をやったり、 当時流行っていたSNSアプリのプロジェクトを任されていたが、 気が
小林 高志
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21歳ヒサマツダイキ。カンボジアで起業するまでの話とこれからの夢について。

初めまして。 1993年7月2日生まれ、久松大樹、3人兄弟の長男です。(1つ下と19こ下、いずれも男) 僕は今カンボジアで清掃の会社を経営しています。 今後、この会社を従業員満足度と顧客満足度で世界一へとし、 清掃業初の世界一の偉大な掃除業者になるために、ただ今現地カンボジア人従業員達と奮闘中です。 これは僕の今までの人生の中では一番大きな挑戦ですが、これからしていく挑戦にくらべたら、こんなのサイバ
Hisamatsu Daiki
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《日本代表⇒ベンチャー⇒逃げる⇒漫画喫茶⇒兄の起業》タナクロを起業するまで。

株式会社タナクロ で代表を務めております田中淳也です。今回は僕が起業するまでの道のりを書いてみようと思う。みんなが自己紹介書いているのでこの流れに乗って恥ずかしいこと含め、僕の恥ずかしい過去も全てWeb上にさらけ出しちゃおうと思います! ちなみにタナクロは超ざっくり言うとファッションブランド古着の買取・販売をオンライン上で行ってるEC運営会社です! バーバリー専門通販サイト ゴスロリファッション服の
田中 淳也
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「半年で0から1千万ビジネスを作り出した話」第6話

ミッション6【人が集まる自分メディアを構築せよ! 】 自分メディアを構築する事で、 集客へと繋がる発信力、吸引力、影響力を持つことが出来る。 そうすれば、人が自然に集ってきて、集客が格段に楽になる。 しかも、あっちから来てくれるから、営業も不要になり、 理想のクライアントが増えていった。 契約が長くなると、当たり前だけど、毎月クライアントに会うことになる。 そのため良い顧客が来る事が重要になってくる
宮城 真吾
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「半年で0から1千万ビジネスを作り出した話」第4話

ミッション4【100 万円を名刺一つで売れる仕組みを作り出せ!】 営業が苦手だった。なので、買ってくださいではなく、 相手から売ってくださいにするにはどうすれば良いかを考えた。 それに、単価が上がると、必然的に成約率が極端に下がる。 このままでは、単価が上がっても売り上げは変わらない。 契約が決まらないままだと、時間だけが無駄に費やされる。 実は集客出来ないより、契約に繋がらない事の方がダメージが大
宮城 真吾
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「半年で0から1千万ビジネスを作り出した話」第3話

ミッション3【100 万円サービスを作り出せ!】 立ち上げ当日、一年間の月間売り上げ目標を決めていた。 そして、それを達成するために単価を毎月170%ずつ上げていく事にした。 いつも、今日が今後の最安値とした。 単価を二千円からスタートさせ、100 万円にするのは、 どうすればいいか途方にくれた。 単価を上げる方法なんて聞いたことなかった。 本も無い。1 から自分でつくった。 完成までに半年かかった
宮城 真吾
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「半年で0から1千万ビジネスを作り出した話」第2話

ミッション2【 自分の武器を最短で作り出せ!】 コンサルになった時、 時給2 千円からスタートさせた。 2時間のコンサルだったから、一回4千円。 まずは自分を買ってもらえる事から始めようとした。 もし、この金額で2 ヶ月お客が取れなかったら コンサルを廃業しようと思った。 そのぐらいの気持ちで挑んだ。 決め事は3つ 1.お願い営業や、買ってください営業はしないという事 2.たとえ友達でも最初から完全
宮城 真吾
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「半年で0から1千万ビジネスを作り出した話」第1話

0 から一千万ビジネスを作り出せ! もし、あなたが独立したい。 もしくは、すでにしているけど、思うように発展していないとしたら、 この本書の内容は、お役に立てるかもしれません。 ビジネスを成功させるのに一番大事なのは、 ビジネスを成功させる方法を知っていて、それを実行することです。 今回、自分が半年で0 から一千万ビジネスを構築するまでに、最短最小起業、 ミニマムスタートアップとして、HP、ブログ、
宮城 真吾
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吉本興業を辞めてまで、僕が挑戦したかったこと

日本には今プロデューサーが足りない。 だから、プロデューサーを育てる会社になる。 QREATORとは、QuantumLeap×Creatorの造語です。 ありとあらゆる世界において、新しい、そして驚くべき「モノ」を創る「ぶっとんだ人」。 そんな人たちのことを、僕たちは『QREATOR』と呼ぶことにしました。 起業家、職人、ファッションデザイナー、学者、医師、漁師、作家、芸術家、アスリートなどその職業
佐藤 詳悟
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ニューヨークから強制送還され、全財産3万円から年収1億円以上に成り上がった男の起業物語(前半)

井口です、 こんなメールが来ました。 -----Original Message------ 「井口さん、  私は37歳の平凡なサラリーマンの男です。  年収は500万円くらい、  仕事は営業で、嫌でもなく、 かといって大好きではありません。 同い年の奥さんと小学生の娘が2人います、   家も東京の郊外に30年ローンで買ったので  今すぐ会社を辞めるわけにもいきません。  ただ、  ボーナスもカッ
井口 晃
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高校も大学も中退し、就活もしていない波瀾万丈な人生を歩んだ私が、学校教育を変えたいと決意した話

私は、せっかく入学した高校を、理不尽なことがキッカケとなり高校2年の時に自主退学し、その年に大検(大学入学資格検定)を取得し、大学へ進学するも、家計の事情により仕事をせざるを得なくなり、大学も中退しました。 元々福岡出身だったのですが、出稼ぎのため茨城の工場で半年間みっちり仕事をし、家計の問題を解消させ、福岡へ帰りました。 世間を賑わせた派遣切りが起きる1年半ほど前だったので、頑張れば頑張るだけ稼ぐ
榊原 正幸
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