"起業" のタグがついたストーリー

21歳ヒサマツダイキ。カンボジアで起業するまでの話とこれからの夢について。

初めまして。 1993年7月2日生まれ、久松大樹、3人兄弟の長男です。(1つ下と19こ下、いずれも男) 僕は今カンボジアで清掃の会社を経営しています。 今後、この会社を従業員満足度と顧客満足度で世界一へとし、 清掃業初の世界一の偉大な掃除業者になるために、ただ今現地カンボジア人従業員達と奮闘中です。 これは僕の今までの人生の中では一番大きな挑戦ですが、これからしていく挑戦にくらべたら、こんなのサイバ
Hisamatsu Daiki
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《日本代表⇒ベンチャー⇒逃げる⇒漫画喫茶⇒兄の起業》タナクロを起業するまで。

株式会社タナクロ で代表を務めております田中淳也です。今回は僕が起業するまでの道のりを書いてみようと思う。みんなが自己紹介書いているのでこの流れに乗って恥ずかしいこと含め、僕の恥ずかしい過去も全てWeb上にさらけ出しちゃおうと思います! ちなみにタナクロは超ざっくり言うとファッションブランド古着の買取・販売をオンライン上で行ってるEC運営会社です! バーバリー専門通販サイト ゴスロリファッション服の
田中 淳也
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「半年で0から1千万ビジネスを作り出した話」第6話

ミッション6【人が集まる自分メディアを構築せよ! 】 自分メディアを構築する事で、 集客へと繋がる発信力、吸引力、影響力を持つことが出来る。 そうすれば、人が自然に集ってきて、集客が格段に楽になる。 しかも、あっちから来てくれるから、営業も不要になり、 理想のクライアントが増えていった。 契約が長くなると、当たり前だけど、毎月クライアントに会うことになる。 そのため良い顧客が来る事が重要になってくる
宮城 真吾
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「半年で0から1千万ビジネスを作り出した話」第4話

ミッション4【100 万円を名刺一つで売れる仕組みを作り出せ!】 営業が苦手だった。なので、買ってくださいではなく、 相手から売ってくださいにするにはどうすれば良いかを考えた。 それに、単価が上がると、必然的に成約率が極端に下がる。 このままでは、単価が上がっても売り上げは変わらない。 契約が決まらないままだと、時間だけが無駄に費やされる。 実は集客出来ないより、契約に繋がらない事の方がダメージが大
宮城 真吾
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「半年で0から1千万ビジネスを作り出した話」第3話

ミッション3【100 万円サービスを作り出せ!】 立ち上げ当日、一年間の月間売り上げ目標を決めていた。 そして、それを達成するために単価を毎月170%ずつ上げていく事にした。 いつも、今日が今後の最安値とした。 単価を二千円からスタートさせ、100 万円にするのは、 どうすればいいか途方にくれた。 単価を上げる方法なんて聞いたことなかった。 本も無い。1 から自分でつくった。 完成までに半年かかった
宮城 真吾
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「半年で0から1千万ビジネスを作り出した話」第2話

ミッション2【 自分の武器を最短で作り出せ!】 コンサルになった時、 時給2 千円からスタートさせた。 2時間のコンサルだったから、一回4千円。 まずは自分を買ってもらえる事から始めようとした。 もし、この金額で2 ヶ月お客が取れなかったら コンサルを廃業しようと思った。 そのぐらいの気持ちで挑んだ。 決め事は3つ 1.お願い営業や、買ってください営業はしないという事 2.たとえ友達でも最初から完全
宮城 真吾
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「半年で0から1千万ビジネスを作り出した話」第1話

0 から一千万ビジネスを作り出せ! もし、あなたが独立したい。 もしくは、すでにしているけど、思うように発展していないとしたら、 この本書の内容は、お役に立てるかもしれません。 ビジネスを成功させるのに一番大事なのは、 ビジネスを成功させる方法を知っていて、それを実行することです。 今回、自分が半年で0 から一千万ビジネスを構築するまでに、最短最小起業、 ミニマムスタートアップとして、HP、ブログ、
宮城 真吾
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吉本興業を辞めてまで、僕が挑戦したかったこと

日本には今プロデューサーが足りない。 だから、プロデューサーを育てる会社になる。 QREATORとは、QuantumLeap×Creatorの造語です。 ありとあらゆる世界において、新しい、そして驚くべき「モノ」を創る「ぶっとんだ人」。 そんな人たちのことを、僕たちは『QREATOR』と呼ぶことにしました。 起業家、職人、ファッションデザイナー、学者、医師、漁師、作家、芸術家、アスリートなどその職業
佐藤 詳悟
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ニューヨークから強制送還され、全財産3万円から年収1億円以上に成り上がった男の起業物語(前半)

井口です、 こんなメールが来ました。 -----Original Message------ 「井口さん、  私は37歳の平凡なサラリーマンの男です。  年収は500万円くらい、  仕事は営業で、嫌でもなく、 かといって大好きではありません。 同い年の奥さんと小学生の娘が2人います、   家も東京の郊外に30年ローンで買ったので  今すぐ会社を辞めるわけにもいきません。  ただ、  ボーナスもカッ
井口 晃
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高校も大学も中退し、就活もしていない波瀾万丈な人生を歩んだ私が、学校教育を変えたいと決意した話

私は、せっかく入学した高校を、理不尽なことがキッカケとなり高校2年の時に自主退学し、その年に大検(大学入学資格検定)を取得し、大学へ進学するも、家計の事情により仕事をせざるを得なくなり、大学も中退しました。 元々福岡出身だったのですが、出稼ぎのため茨城の工場で半年間みっちり仕事をし、家計の問題を解消させ、福岡へ帰りました。 世間を賑わせた派遣切りが起きる1年半ほど前だったので、頑張れば頑張るだけ稼ぐ
榊原 正幸
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月収12万円だったしょぼい起業家が、新しいビジネスを立ち上げて3ヶ月で収入を30倍にした話

6年前、終わりの始まり ああ、もうダメかもしれない・・ サプライズを企画する会社をはじめて6ヶ月。 オフィスが無いおかげで大きな固定費はないが、 収入源のあるビジネスじゃないのに社員を雇ったせいで 毎月100万円以上のお金が飛んでいく・・ 社員に給料を払うために、自分の手元に残すお金は 月々の少ない生活費の12万円が限界。 つまり、 月収12万円 これが起業して6ヶ月もたったその頃の私の月収だ。 用
小泉 憲一
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起業してちょうど1年が経ちました

昨日で起業してちょうど1年が経ち、本日から2年目に突入しました。 起業して1ヶ月のところでstoryを書いてから、本当にあっという間でした。 http://storys.jp/story/5203 そして、この1ヶ月のstoryを改めて読んでみると、 まぁ今もそんなに変わってないかも。。。 しかし、1年ってやっぱりすごい時間なわけで、 その時間を考えると、今のBizer(https://bg-biz
畠山 友一
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オンライン上で手軽にスーツやシャツをオーダーメイドできるLAFABRICSをつくった話。

ぼくは2014年2月にLAFABRICSというオンラインベースのファッションブランドを立ち上げました。 LAFABRICSは、第一線で活躍するビジネスパーソンのためのオーダーファッションブランドです。自宅にいながら手軽にスーツをオーダーするという、これまでにない新しいユーザー体験を提供しています。 URL: https://lafabrics.jp/ ただ単に洋服を売るのではなく、人々のライフスタイ
森 雄一郎
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2週間で3000件のエンジニア職応募につながった斬新な有給休暇制度と採用プロセスとは?

米デンバーにあるスタートアップ「FullContact」は、Webアプリ開発者向けに、ユーザーの連絡先とソーシャルメディアの情報をひもづけるAPIを提供している。http://www.fullcontact.com/ 2012年7月、同社はより多くのエンジニアを採用するために、ユニークな有給休暇制度を発表し、わずか2週間で3000件以上の求人応募を獲得した。 その有給休暇制度は「Paid, Paid
町田 龍馬
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リーンスタートアップの仮説検証は時間の無駄

リーンスタートアップや顧客開発モデル、ランニングリーンなど、、いろいろやった結果、プロダクトロンチ(販売)前に顧客インタビューに時間をかけることは無駄だとわかった。 そんなことに時間をかけるより、さっさと販売実績をつくること。つまり販売可能なもの顧客の前に出して(ロンチ)、売り込み、購入した人のフィードバックをもとに、プロダクトを改善することが重要。 どんなに考えても、どんなにインタビューで検証して
町田 龍馬
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17年前に語られていた楽天の成長プランと競争戦略。三木谷会長インタビュー。(その2)

楽天・三木谷会長のインタビュー記事、 その1 に続いて2回目をご紹介します。 2 回目のインタビューは、 1 回目から 7 ヵ月後の 1998 年 3 月に行われました。その間、「楽天市場」の出店者数は急速に増えていきました。当時は「インターネットで買い物するわけがないよ」という否定的な見解を語る人も多かったのですが、その間隙をついて事業を順調に伸ばしていったのです。   しかし三木谷さんは、まった
寺澤 浩一
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パズドラで急成長するガンホーの孫泰蔵会長が、東大受験に2回失敗した時に、兄・孫正義ソフトバンク会長から教わったこと。

だいぶ昔の話になりますが、1990年代終わり頃の数年間、僕はある大手証券会社のベンチャー企業支援事業のお手伝いをしていたことがあります。具体的には、全国の中堅・中小企業の経営者や起業家向けに月刊情報誌を編集・制作する仕事でした。その中で、当時注目され始めていたベンチャー起業家に毎月1人ずつお会いし、インタビュー記事を書いていました。 ガンホーの孫泰蔵会長(当時はインディゴ代表取締役)にお会いしたのも
寺澤 浩一
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17年前にタイムトリップ。社員7名だった楽天の三木谷会長は当時、何を語っていたのか。(その1)

1990年代終わり頃に書いたベンチャー経営者へのインタビュー記事、 ガンホーの孫泰蔵会長 に続いて、もうお一人ご紹介します。楽天の三木谷会長です。 三木谷会長へのインタビューは、1997年7月と1998年3月の2回にわたって行われました。今から17〜18年前のことです。三木谷さんが楽天の前身である(株)エム・ディー・エムを設立したのが1997年2月ですから、その数ヵ月後のことになります。当時の社員は
寺澤 浩一
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