"起業" のタグがついたストーリー

フランスで起業をするということ(4)いざパリ上陸。

2011年6月、JAPAN EXPOのタイミングに合わせてパリ入りしました。 シンガポール経由の格安チケット、 滞在先はパリ郊外“ちょっと”そう少しだけ治安の悪い場所にある 韓国ドミトリー(1泊30ユーロ朝晩ご飯付き!) さて、JAPAN EXPO。 友人が出展していたこともあり、普段着で訪れます。 舐めてました… 普通の服の方が違和感あるーーーー!!! でも、クオリティ高すぎて気軽に何か着る雰囲気
田淵 寛子
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フランスで起業をするということ(3)営業権って?

『とにかく行動』がモットーのわたし。 何もわからないので、とりあえず検索をかけてみることにしました。 「フランス 起業 レストラン」カタカタ。。。 情報を仕入れていくと、聞き慣れない言葉に出会います。 フランスでレストランを経営するには営業権の購入が必要…。 営業権??????? フランスで営業権 (fonds de commerce、より語義に近い訳は営業財産) とは、顧客を開拓し、惹きつけるため
田淵 寛子
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スタートアップを支える家族

僕が起業できたのは、家族の支えがあったからです。 「俺、いつかアメリカで起業しようと思ってる」 僕が最初に奥さんにその話をしたときは、3年前くらいでたしか結婚する前だったと思います。 そのとき、 「いいね!じゃあ私は何をしようかな?」 と言って、盛り上がってくれました。 2度目に話したのは、昨年の春でした。 「退職して、アメリカに行きたいと思ってる。」 その時は、まだ子供ができる前でした。 「そっか
須藤 憲司
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フランスで起業をするということ(1)それは思いつき。

突然思い立って模索を始めてからもうすぐ3年。 フランス語もある程度わかるようになって、 2013年10月、パリでお好み焼き屋を開きます。 なんでお好み焼き屋なのか。 遡ること3年。 2010年の9月19日、本当であれば私はウエディングドレスを着て、 両親や、沢山の友人に囲まれているはずでした。 しかし、7月には別居をしていたので、 もちろん結婚式を挙げるはずもなく、予定もなく東京にいました。 別居
田淵 寛子
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フランスで起業をするということ(2)引き返せない。

半分本気、半分冗談で言い始めたパリでのお好み焼き屋。 JAPAN EXPOの情報も手伝って、萌え系で始めることにしました。 (その後、方針転換することになるのですが。) 言ってまわっているうちに、 お好み焼きに関係しそうな方たちを紹介していただく機会が増えました。 そして、年が明けて2011年1月、 某大手お好み焼きソースメーカーの役員の方に出会います。 『この子、パリでお好み焼き屋したいって言って
田淵 寛子
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vol 2 : 自宅でのテレアポは初めの一歩が遠かった。

28歳になるちょっと前。 きっかけ があって独立する事になった。 全くの一人での独立。全くゼロの独立。 WEB業界を選んだものの 半年しか業界を経験していない自分は、 ホームページすら作れなく、 出来る事はやはり営業しかなかった。 費用を最低限にするため、 開業場所に選んだのは自宅。 都営大江戸線の 落合南長崎 から歩いて5分。 目白大学や哲学堂公園が近いエリアの 家賃6万8千円の1K のマンション
Miyamoto Kazuaki
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vol 1 : 周りは自分よりも能力ある奴ばかり。でも起業する!

起業しようなんてタイプで多いのは、 すっげー優秀なタイプか すっげー人気者タイプか、 逆に非凡なほど不出来なタイプ。 で、ボクはというと ミスターアベレージ 。 イケてないわけじゃないけど、イケてるわけでもない。 勉強できないわけじゃないけど、勉強できるともいえない。 運動神経悪いわけじゃないけど、運動神経が良いというレベルには達せなかった。 そんなミスターアベレージ。 普通な事がコンプレックス だ
Miyamoto Kazuaki
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paperboy&co.創業記 VOL.3: 東京進出、そして変化。混乱。

福岡時代、僕はペパボはいわゆる”ベンチャー企業”では無いと思っていたし、スタッフにもそう言い聞かせていた。ITベンチャーで連想される、ヒルズ族といった様なギラギラとしたキーワードが嫌いだったというのもあるし、そもそもペパボ自体は起業した月から、ロリポップで順調に売り上げが伸びて経営は安定していたから、がつがつとする必要が無かった。家族経営スタイル。これが福岡時代のペパボだった。 GMOグループにジョ
家入 一真
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paperboy&co.創業記 VOL.1: ペパボ創業からバイアウトまで

12年前、22歳の時に福岡の片田舎で、 ペパボ ことpaperboy&co.を立ち上げた。その時は別に会社を大きくしたいとか全く考えてなかった。家で仕事が出来て、仕事をしながら子育て出来ればそれでいいやと思ってた。当時サラリーマンをしてたんだけど、中学2年から引きこもり、対人恐怖症気味だった僕には、定時出社や同僚とのコミュニケーションが苦痛でしようが無かった。サラリーマンを辞めたいが為の起業。どちら
家入 一真
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paperboy&co.創業記 VOL.2: バイアウト後の東京進出

会社、個人それぞれの銀行口座に数億円が振り込まれた。 僕らはGMOインターネットグループにジョインした。 25歳の春だった。 個人、法人共に立場が激変した。まずペパボ。 それまで有限会社だったのを株式会社化した。福岡のままでも良いよ、と熊谷さんには言われてたけど、元々東京への移転を健太郎(くわがた)と話していたので、本社を渋谷セルリアンタワーに移転した。東京は福岡と違ってとても刺激的だった。良い意味
家入 一真
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28歳で投資銀行を辞めてアメリカ留学予定だったのに、フィリピンに語学学校を設立してしまった経緯の話(第三話)

転換点 「机上の空論を並べるコンサルタントにはなりたくない!」 第二話の事件 をきっかけに、僕の人生は大きく舵を切ることになる。 色々と考えを巡らせた末に、僕が選んだ結論として、 「アジアで起業もしくは就職をし、泥臭い経験を積み重ねる!」 これこそ、今の僕に足りない経験であり、必要な経験であると定義。 さて、決めたからには行動はなるべく早くがモットー。 まず、そもそも海外経験がほとんどなく、英語も
渡辺 和喜
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KAIZEN Platformの始まり

エリック・リースの「 リーン・スタートアップ ―ムダのない起業プロセスでイノベーションを生みだす 」という本が米国で出版されたのは2011年9月でした。 この本は、インターネット業界にいる人であれば少なからず聞いたことがあると思います。 ただ、エリックがインスパイアされたリーン生産方式の原典となる本を読まれた方はあまり多くないのではないでしょうか? 大野耐一さんという方の「 トヨタ生産方式―脱規模の
須藤 憲司
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28歳で投資銀行を辞めてアメリカ留学予定だったのに、フィリピンに語学学校を設立してしまった経緯の話(第二話)

【第二話:挫折】 第一話は コチラ から。 コンサルティング部門に配属された私は、10年以上コンサルティングの キャリアを持つ上司から、手厚く指導してもらい配属後半年した頃から プロジェクトリーダーとしての仕事を任されるようになった。 当時まだ26歳。 コンサルティング先の企業からすれば、 「こんな若いお兄ちゃんで、本当に大丈夫かいな?」 と思われていただろう。 年齢に加え私は童顔であるため、さらに
渡辺 和喜
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