"起業" のタグがついたストーリー

専業主婦を夢見た事務職OLが、夫婦で起業した話 その9

「OLを辞めて、環境や時間に縛られない生き方の方が楽しそう♡」 だから私は、本業の時間以外をほぼすべて副業に費やして、 OL以上に稼げる自分になるべくがむしゃらに取り組みました。 (月給以上に稼げるようになったら会社を辞めていいと 旦那さんに言われていたので、絶対にやってみせる!と燃えてました。) ▶︎参考記事はこちら 誰に指示されたわけでもない。 自分の未来のために、自分が決めたこと。 だから、ち
堤 ゆかり
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専業主婦を夢見た事務職OLが、夫婦で起業した話 その8

初心者向けのバイマに関するセミナーを受講して、 今の自分が、恥ずかしくなりました。 たまたま私と同い年だった講師の方は、 家で子育てをしながらバイマで稼いで、講師としても活躍中。 経済的な余裕もお子さんとの時間もやりがいも全てを叶えていて、 自信と充実感に満ち溢れていて、眩しくて目が眩むほどでした。 かたや在宅で楽しく稼いで輝く主婦。 かたや夢や目標もないしがない事務職OL。 なんで同じだけの時間を
堤 ゆかり
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専業主婦を夢見た事務職OLが、夫婦で起業した話 その7

旦那さんはもう何年も副業の経験があって(株・FX・物販などなど…) ブランド品を輸入して価格を上乗せして販売するバイマ(BUYMA)も 一時期かじっていたことを、私も知っていました。 だけど、別に興味はなくって(笑) 「目標を持って毎日を過ごしたい」とは思っていたけど、 自らビジネスをしたいだなんて、考えたこともありませんでした。 でも、バイマはリスクが少なく取っ掛かりやすいと聞いていたし、 可愛い
堤 ゆかり
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専業主婦を夢見た事務職OLが、夫婦で起業した話 その6

結婚式という人生における大イベントを終えて、 ふとこんな思いが湧いてきました。 「次は、何を目標に生きていけばいいんだろう…」。 事務の仕事にも慣れてきて、忙しかった結婚準備も終わり、 日常が戻ってきたことを感じるのと同時に、 ぽっかりと心に穴が空いたような感覚を覚えました。 何かこう、目標やゴールに向かって頑張る喜びを久々に感じて、 また何か目標を見つけたい、という気持ちになったんですよね。 それ
堤 ゆかり
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専業主婦を夢見た事務職OLが、夫婦で起業した話 その5

今までとは違い、仕事にやりがいは一切求めません。 「楽しそうな仕事なのか?」よりも「楽そうな仕事なのか?」。 「キャリアアップはあるのか?」よりも「福利厚生がしっかりしてるか?」。 業界にはあまりこだわらず、 残業が少なくて営業や対面接客をしなくて済む 事務系の職種に焦点を絞ってエントリーをしていきました。 今回の転職活動は、大苦戦。 事務職の経験や資格も、自慢できる実績もなかったし、 前職をすぐに
堤 ゆかり
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専業主婦を夢見た事務職OLが、夫婦で起業した話 その4

今の旦那さんと出会ったのは、 私が心の病を患って休職をするタイミングでした。 知り合ってまだ間もなかったその距離感も、良かったのかもしれません。 とにかく彼には、仕事で悩んでいることを素直に話せたんです。 出会ったときからずっと変わらない優しさと誠実さに、安心してたんだと思う。 彼も偶然、最初に入社した人気業界の会社が超激務で、 しんどい思いをした経験があったから、 私の気持ちに寄り添って話を聞いて
堤 ゆかり
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専業主婦を夢見た事務職OLが、夫婦で起業した話 その3

転職に成功して、やっと憧れのウエディングの仕事を始めて 10ヶ月ほど経った頃のことです。 朝起きたら、体が動かない。 会社に行かなきゃいけないのに、体が動かない。 「会社に行きたくない…」 突然、会社に行けなくなってしまいました。 私は今まで、誰にも弱みを見せられない人間でした。 愚痴や悩みを言ったところで、相手は迷惑じゃないか。 ネガティブなことを言ったら、嫌われるんじゃないか。 家族にも、彼氏に
堤 ゆかり
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目標は高く 努力をし 諦めない 感謝は人生の豊かさの鍵を開ける

私の人生観を変えた起業への見方 感謝は人生の豊かさの鍵を開ける。 この言葉はしみじみそのとうりだなと感じます。 極貧、虐待、いじめ、世の中の虫けらと言われたりして育ったわたしには 普通の人がごく当たり前に手にするもの 食事や衣類、住まいや学費(自分で払っていました) 気にかけていただける事 声をかけていただける事 みんなには具がありわたしには具なしの味噌汁を振舞われようが ライバル視した女性があの手
カノン KANON 333
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ボクとアニキの起業物語 ~町工場から医療機器の会社を立ち上げた話~

医薬品事業 経営戦略企画 アシスタント・バイス・プレジデント これはボクがシンガポールのベンチャー企業に勤務していた時の肩書きである。正直、何をしているのか?、偉いのか?偉くないのか?良くわからない。 そして今は… カーターテクノロジーズ株式会社 代表取締役 アシスタントもバイスもなくなり、いわゆる一つの「社長」となった。ただ、なんの会社の社長なのか…相変わらずわかりにくい。 ボクはシンガポールにい
関根 敦
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朝の新聞配達とトラック運転手で、睡眠時間3時間だったボクが会社を作るまでの話

ボクは、薄汚れて今にも崩れ落ちそうな団地の踊り場にいた。 階段から転げ落ち、大の字に倒れて階段を背もたれにしながら夜空を見上げていた。 借金を返すため、トラック運転手の残業手当だけでは足りず、朝の新聞配達を始めたのだ。 朝刊とはいっても、新聞販売所での作業は夜中の3時から始まる。戦争のように競い合って、チラシを新聞に折り込み、自転車やバイクの前と後ろに山積みにして担当エリアに配る。 ボクのような新人
Ikematsu 【kaz】Yoichi
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朝の新聞配達とトラック運転手で、睡眠時間3時間だったボクが会社を作るまでの話

ボクは、薄汚れて今にも崩れ落ちそうな団地の踊り場にいた。 階段から転げ落ち、大の字に倒れて階段を背もたれにしながら夜空を見上げていた。 借金を返すため、トラック運転手の残業手当だけでは足りず、朝の新聞配達を始めたのだ。 朝刊とはいっても、新聞販売所での作業は夜中の3時から始まる。戦争のように競い合って、チラシを新聞に折り込み、自転車やバイクの前と後ろに山積みにして担当エリアに配る。 ボクのような新人
Ikematsu 【kaz】Yoichi
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姉として妹の夢を叶えたかっただけなのに、給食のおばちゃんからローチョコレート職人へ昇華した妹の話<序章>

「大きくなったらお菓子屋さんになりたい」 目をキラキラさせてお菓子を食べていた当時3歳の妹の言葉。 私の妹はお遊戯会で2年連続主役(お姫様)をやるほど可愛い妹で、お菓子を食べてる姿なんて本当にお姫様か!と思うくらいだった。 炬燵に入りながら 「お菓子屋さんになりたいなぁ」 と小さいほっぺたをプックリとリスのようにしてお菓子を頬張っていた食いしん坊の妹。 言った本人は30数年後、この言葉をこれっぽっち
渡邊 真紀
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地下1階から11階へ ~フリーターから3年で会社社長になった弱虫バンドマン~【プロローグ】

26才フリーターで結婚→就職・転職3回→29才起業→30才会社設立…。 美大卒業後、売れないバンドをやりながら、地下1階のパン屋でバイト。 バンド解散後ニート中に結婚。 その後、初の就活・社会人を3年間3社で過ごし子どもが生まれ退職。 自宅の物置部屋で起業したものの、子どもを膝に乗せながら待ち続けた仕事の電話。 そして気づけば法人化しビルの11階に事務所を構えた。 これが当時、3年間の僕の履歴書。
Yuzie Tsukamoto
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奇跡は自分で起こす!18歳で致死率99.9%の脳出血から奇跡的に生還。在学中に高学歴男子集団でビジネスに目覚めた秘訣。

あれ・・・? これって夢だよね? それにしても、この夢長くない? 今までこんなに長い夢あったっけ? 何だか現実のようだな・・・でも夢か。スースー 2009年の4月、総合病院の病室にいた私は、 あの世から無事に生還したが、 脳がやられて現実なのか夢なのか、よくわからない状態になっていた。 ~致死率99.9%の大病~ 高校3年生 卒業目前の3月に受験のストレスで、 ある日突然、致死率99.9%の脳室内出
白鳥 香織
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東南アジアで起業したら、フェラーリが来た。

カンボジアで全てを投資した28歳の日本人。資本が5000円になったとき、私のもとへ1台のフェラーリが来たことでビジネスが動き出す ※あらすじ 3年程かけて海外進出先となる国を探し歩きカンボジアへたどり着く。1軒のヴィラを借りて起業するが、資金は5000円になっていた。それでも自身の直感を信じ営業を続けた結果、1台のフェラーリがやって来たことでビジネスが動き出す。 写真1 実際に来たフェラーリの写真 
TKD C
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【一生働ける会社がないから起業した】

30歳で独立するまで勤めた会社は数知れず 履歴書、職務経歴書を書くととても1枚じゃ書ききれません 社会人の頃活躍ができませんでした     一生働ける会社って何を基準に選ぶのだろう 1、仕事をしていて楽しいかどうか 2、社会の役に立つかどうか 3、たくさんお金がもらえるかどうか 4、勤務時間が短いかどうか 5、その仕事ができるまでにかける労力が大きいかどうか 6、長く出来る仕事かどうか 7、仕事をす
トミー 信長
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「もうライターを続けられない」と思ったときが、新しいスタートだった

ライターを続けられない。もうダメだ。 そう思ったことがある。 執筆作業がいやだったのではなく、クライアントからの支払いが遅れ、生活費に困るような状態になったとき。 クライアントが資金繰りに困っているとか、何らかの事情があることを誠心誠意説明してくれた、ということがあったなら、おそらく私も納得できたのだけれど、 「忘れてました」 「支払日を勘違いしてました」 「支払いが遅れると伝えたつもりでした」 な
河野 陽炎
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Ozoneができるまでとこれから。フェスで未来をデザインする仕事。

これまでのストーリー 私は恐らく生きていて、恐らく死ぬ この一瞬にも及ばないような命はどう使えば後悔しないだろうか、、 そんなことを考えては、やめ考えては、やめる、そんな風に生きてきました。 進学してからも、どうせ死んだら何もなくなる人生だと、生き急ぐように遊ぶ日々も 忘却しきれない何かがあり、どこか空虚でした。 教育という領域に出会ったのは学生時代、テニスコーチのバイトを始めたときでした。 子供た
雨宮 優
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「私の失敗」について話そう

私は現在、ライター業務の他に、 ●ライターになりたいという人 ●既に起業はしているけれど執筆業務にも取り組みたいという人 のご相談に応じる仕事もしている。 私がライター業についたのは、知り合いのライターが家庭の事情で休業せざるを得なくなり、ピンチヒッターを依頼されたことがきっかけ。それまでは、まったくの趣味でしか文章を書いたことがなかった私にとって、たとえば編集用語に関する知識、プロのライターとして
河野 陽炎
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起業してまで伝えたかった2つの想い

2016年4月20日に会社を退職しました 30歳を目前に脱サラしたイベント起業家えいきです。 2016年4月20日に会社を退職したのはいいものの、 やりたいイベントのジャンルが多すぎて なにからどのように進めていったらいいか悩み、 そしてもがいていました(悲) そこでもう一度考えてみました。 「本当に自分がやりたいことはなんなのか?」 「なんのために会社を辞めたのか?」 「ビジネスとか利益とか抜きに
堀井 栄希
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