"闘病生活" のタグがついたストーリー

ある小さな女の子の生きた姿

 桜が大好きだった娘。風に舞う桜の花びらを見て、「寂しい」と涙を流していました。桜を見ると娘との思い出が蘇り、グッと胸が締め付けられる思いがします。 娘の時は立ち会い出産でしたが、 産まれた時は力強いく泣き声をあげ、 その輝いた姿に私も妻も感動して涙をながしました。 人生で一番嬉しい瞬間に立ち会えたことを感謝しました。 その後元気いっぱい、愛嬌たっぷりに育っていましたが、 2歳の時にインフルエンザに
Masayoshi Fukushima
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うつだっていいじゃない!【其の六・退屈】

【退屈が心を蝕む】 父と私による「24時間看護体制」が始まりました。仮にの話なのですが、あの時にこういう物書きをするということにもっと関心を持っていれば、全く違う看護生活を送れていたのかもしれません。 看護生活が始まった頃は、母親もまだ寝たきりというわけでもなく時折会話もしましたし、「あれが欲しい」とか「これをして欲しい」という要望も口にしていましたので、小間使いのように動き回ることであっという間に
山口 寛之
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ちょうど1年前に余命12ヶ月宣告を受けた話。第3話

抗癌剤治療 想定外の余命12ヶ月宣告を受けて、妻の運転する車で病院を後にし、近くの薬局に立ち寄った。処方してもらった抗癌剤を買うためだ。 妻 どうする?一緒に行く? 私 ・・・・・・ 妻 じゃー、私買ってくるわ。 私 ごめん。お願い。 車の助手席に座ったまま、病のことを気に掛けてくれていた韓国のドンセン(弟のような奴)に電話した。 彼とは長い付き合いで、今の化粧品会社を立ち上げる前には一緒に会社をや
野中 秀訓
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ちょうど1年前に余命12ヶ月宣告を受けた話。粗筋

46歳、サラリーマンマンを辞めて独立後9年。 紆余曲折を経てようやく2年前に立ち上げた会社が軌道に乗り始め、事務所を移転した矢先の突然の腹痛。 悪い予感は的中して肝臓、リンパ転移の大腸ガン、最悪のステージ4(末期)。 何と余命12ヶ月宣告。 妻と中学に入学したばかりの息子、住宅ローンと事業運転資金、事業の為に受けた投資資金、ようやく軌道に乗った会社をどうするか?
野中 秀訓
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ちょうど1年前に余命12ヶ月宣告を受けた話。第1話

ちょうど1年前、数日前からの腹痛が眠れ無いほどの状態になり、2014年6月9日月曜日、朝一で掛かりつけの近所のS先生に診てもらったところ、腸閉塞と診断された。急遽紹介状を書いてもらい、近所の虎ノ門病院分院で緊急検査する事になった。 腸閉塞とは腸がなんらかの要因で詰ってしまった症状なので、詰まった原因が別にある。CT検査で詰まりの原因を調べたところ、大腸の下降結腸というところに、かなり大きさな腫瘍があ
野中 秀訓
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【第2話】〜生きようと決めて1年間闘い続けたら、過去がすべて今に繋がっていた話〜

うつ病から躁うつ病に… 前回のお話はコチラ↓↓↓ 【第1話】〜生きようと決めて1年間闘い続けたら、過去がすべて今に繋がっていた話〜 2014年1月下旬。 うつ病がまた悪化した。 旅から帰って来て、僕の生活はガラリと変わった。 休職していた会社を辞め、心理学を勉強し始め、バイトも始めた。 一日中家にいた生活とは打って変わって、また忙しない生活になった。 「一刻も早く社会復帰しなければ…」 と思っていた
坂内 秀洋
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【第1話】〜生きようと決めて1年間闘い続けたら、過去がすべて今に繋がっていた話〜

これまでのお話、 『死に場所を探して11日間歩き続けたら、どんなものよりも大切な宝物を見付けた話』 を読んでくれて本当にありがとうございます。 その後の話を「詳しく知りたい」と言ってくれた方々、 Facebookのメッセージや友達申請、メールをくれた方々、本当にありがとうございます。 僕の経験が少しでも誰かの役に立てたなら、心から幸せに思います。 このお話は日本海への旅が終わってから、起業を決意し、
坂内 秀洋
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原因不明の肝疾患で肝移植してから約10年, 闘いは今も続く その⑫ 10年目【本編最終話】

10年目 ここ数年間、初詣に行き祈祷して、御神籤を引くことにしています。今年 (2015年) の御神 籤は 大吉 。昨年も大吉だったので2年連続です。 お まけに今年は 《病気 重くない癒る》 と書かれていました。とても幸先良いスタートで す。 昨 年までで入院回数25回。いくら慢性疾患で、手術後の不具合も起こり得るとはいえ、多過ぎです。今年は (なるべく) 入院しないことが第一の目標です。 しかし
岡本 滋
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原因不明の肝疾患で肝移植してから約10年, 闘いは今も続く その⑪ MRSA腸炎

1年後、ダブルバルーンERCP 明けて2012年。春先に2006年と同じような腸の不調はありましたが、全体的には好調を維持していました。 あれ程繰り返していた胆管炎も、 ダブルバルーンERCP での処置が効果的だったのか、発症していません。 そしてこのまま1年経過し、再度ダブルバルーンERCPをすることになりました。これは元々決まっていたことで、1年経過時点での経過観察と、ステントの交換のためです。
岡本 滋
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原因不明の肝疾患で肝移植してから約10年, 闘いは今も続く その⑩ 逆行性胆管炎頻発, 脳死移植に向けて

5年 2010年11月22日で肝移植後、5年経過です。 特に何かをすることはありませんが、毎年無事1年過ごせたことについて、当時の状況とともに振り返る日になっています。 5年も経つと、その当時のことと今時点のこと、どちらも知っている方はほんの限られた人数です。わざわざこちらから具体的な話をすることもありませんし、聞かれても話が長くなりすぎるので、 肝臓が悪くて~ ぐらいで済ませてしまうことが大半です
岡本 滋
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原因不明の肝疾患で肝移植してから約10年, 闘いは今も続く その⑨ 経過良好~逆行性胆管炎

順調過ぎるほど順調 腸炎以降、特段の変化もなく日常を過ごしていました。定期的な通院と薬の服用で上手くコントロールできているようです。 何かあったとしても、たまに発熱していたぐらいでしょうか。それも病院に行く程でもなく、1日寝ていたら治るレベルのものでした。 この頃は通院間隔は、1ヶ月から長いときで3ヶ月弱ぐらい空けるときもありました。 余り間隔が空くと困るのが医療費です。 通院時は毎回血液検査のため
岡本 滋
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原因不明の肝疾患で肝移植してから約10年, 闘いは今も続く その⑧ 退院~肝移植後、はじめて体調を崩す

退院に向けて 経過はまずまず順調で、12月半ばには退院の話も出てきました。 当初から目標にしていた、年内の退院ができそうです。 この頃には既に一般病棟に移っていました。8人部屋で騒々しく、わずか数日でも嫌気がさしていたので、早めに退院できそうなのは良い知らせです。 (集中治療室~個室では1人で、周りに誰も居ないため遠慮も何もなく、ある意味快適に過ごせていました) また年明け (2006年) すぐに系
岡本 滋
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原因不明の肝疾患で肝移植してから約10年, 闘いは今も続く その⑦ 肝移植 -「今日何日ですか?」

16時間 目が覚めたときは、見慣れない景色の部屋に居ました。後でここが集中治療室だと伝えられました。 随分長い間寝ていたようなすっきりしているような、よく分からない状態で、初めに頭に浮かんだのが、 いったい何日間寝たままだったのか , です。 主治医が側に居て、最初に出てきた言葉が 今日何日ですか? です。 じゅういちがつにじゅうさんにちのごぜんいちじぐらい と、まだ意識がはっきりしない私にも分かる
岡本 滋
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原因不明の肝疾患で肝移植してから約10年, 闘いは今も続く その⑥ 肝移植 -「さあ、いこか」

外科へ ここまでは治療は内科中心だったので、消化器内科病棟での入院でした。 いよいよ準備も整いつつある段階, 11月頭には同じ消化器でも外科病棟に移ることになりました。 同じ敷地内ですが、内科と外科で建物が別で、そこそこ離れた場所にあり、荷物移動も大変です (入院が長くなると、段々と荷物が増えてきます) 。 なんだか慣れたところから急に知らないところに放り出されたようなものです。また、内科が1部屋4
岡本 滋
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原因不明の肝疾患で肝移植してから約10年, 闘いは今も続く その⑤ 肝移植 -手術決める

お金の話 諸々、解決していかないといけない課題は山積みですが、最初に現実的に直面したのは、 お金 のことでした。 お金のことといっても多岐に渡りますが、何にも分からない・想像もつかないのが医療費についてです。この頃はまだ移植について調べ始めたところで、何百万? 何千万? みたいなイメージだけを持っていました。何百万・何千万だったら、そもそもがムリな話です。 医療費については、病院の事務担当(医事課)
岡本 滋
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原因不明の肝疾患で肝移植してから約10年, 闘いは今も続く その④ ERCP再び~肝移植へ

ERCP再び ERCPから約1年間は目立った症状もなく、安定した状態で過ごせていました。こういうときは自覚症状もありません。 気まぐれで受けた健康診断からは約4年半経っています。 これまでと同じように大学病院への通院・検査を続けていましたが、また日が経つにつれ、血液検査データの悪化や画像診断での狭窄の進行がみられるようになってきたということです。 そこでまた、1年前と同じようにERCPのために入院す
岡本 滋
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原因不明の肝疾患で肝移植してから約10年, 闘いは今も続く その③ はじめての長期入院

かゆみとだるさ ここまでの約1年半で、 原発性硬化性胆管炎(PSC) の診断確定が確定し、それから2年程は定期的な通院・検査を続けるだけで、特に大きな変化もありませんでした。 しかしこの年(2004年)の夏前から、肝機能の異常が具体的な症状として出始めてきます。 まずひとつが、 《だるさ》 です。 よく肝臓が悪くなると身体がだるくなる, といいますが、まさにそれです。 通勤の電車待ちのときに毎日のよ
岡本 滋
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原因不明の肝疾患で肝移植してから約10年, 闘いは今も続く その② 原発性硬化性胆管炎 診断確定

原発性硬化性胆管炎 ここで先に、後々診断確定する 《原発性硬化性胆管炎》 について触れておきます。 原発性硬化性胆管炎(PSC:primary sclerosing cholangitis) は、肝臓内外の胆管に炎症が生じ狭窄し、胆汁の流れが滞る(胆汁うっ滞)ことにより様々な症状が発生する疾患です。 主だった症状には、だるさや皮膚のかゆみ, 黄疸がありますが、特に症状のないまま長期間経過する場合も多
岡本 滋
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原因不明の肝疾患で肝移植してから約10年, 闘いは今も続く その①「結構悪いな」から始まった

2001年、当時28歳。 何がきっかけということもなく、気まぐれで受診した健康診断で肝臓の異常が発覚。 このときは、 《原発性硬化性胆管炎》 という原因不明で治療法のない慢性肝疾患で、わずか4年後に 肝移植 , 今に至るまで20回以上の入院を繰り返すことになるとは、想像だにしませんでした。 健康診断は、街の診療所のようなところで受けました。問診と血液検査をして、あとレントゲンぐらいは撮っていたかもし
岡本 滋
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一生、下半身麻痺と診断された父との約束

「鉄棒と水泳は俺がもらってもいいか」 父と2人で飲んだときに、言われた言葉だ。 鉄棒と水泳をどうしても孫に自ら教えたい。それを予約させてくれということだ。 父はアクティブでワイルドで、一カ所にジッとしていられない性格だった。 朝から川に行って魚を捕ってきたり、山で何か採ってきたりしていた。 公立中学の教師をしていたが、50代になっても運動会のリレーで走ったりしていたらしい。孫と公園で遊ぶときもダッシ
石井 琢磨
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