"高校時代" のタグがついたストーリー

高校生の時、自分の未来が見えなかった。今は、毎日楽しく生きている話

現在 (2017年) インドネシアから来ました。25歳です。 私は子供の頃から、日本のことずっと憧れて、 「いつか絶対に日本で働く!」という夢がありました。 今は東京で働いてて、文化の違いとか辛いことがあっても、毎日笑顔で頑張っています。 高校時代。 元々性格明るくて、いつもポジティブな考え方持ってる子でしたが、 高校生になった時、全てが変わりました。 高校生の私は、デブだったし、いじめられっ子でし
ジェシカ メイリナ
5

偏差値30の私が一年間で明治大学を特待生で合格した話【後編】

しゃっす!どうもまくろ( @makuroblog )です! ついに 後編 です。 ありがたいことに数人から続編を読みたいと言われ、涙が出そうです。 書きます。私ができることはそれだけです・ 前編をまだ読んでいない方はこちらから→ 偏差値30の私が一年間で明治大学を特待生で合格した話【前編】 前編では大学受験を決意するまでの経緯を書きました! 今回はいよいよ受験勉強スタート→合格発表です。 偏差値30
平田 眞光呂
14

偏差値30の私が一年間で明治大学を特待生で合格した話【後編】

しゃっす!どうもまくろ( @makuroblog )です! ついに 後編 です。 ありがたいことに数人から続編を読みたいと言われ、涙が出そうです。 書きます。私ができることはそれだけです・ 前編をまだ読んでいない方はこちらから→ 偏差値30の私が一年間で明治大学を特待生で合格した話【前編】 前編では大学受験を決意するまでの経緯を書きました! 今回はいよいよ受験勉強スタート→合格発表です。 偏差値30
平田 眞光呂
16

ウツで10代のうちに人生を壊され、道路に寝そべり、線路に寝そべり、もう二度と夢を見ないと決意したウツ男が、あることを意識するだけで 「180度変わった」と言われるまで成長したハイジャンプストーリー エピローグ ~ウツが教えてくれたこと~

僕がこんなこと平気で言えるようになるなんて あの頃は到底思えませんでした。 「僕だけは報われない人間なんだ」 「生きるのが辛い」 「体がしんどすぎる・・」 こんなことばかり思っていたせいか、 青春時代の記憶はほとんどなくなりました。 今まで、たくさんお話してきましたが、 何時間もかけて『あの頃』を思い出して、書きました。 あまりにもいろいろなことがありすぎて あまりにも辛くて、 僕は楽しかった記憶さ
小崎 真作
34

ウツで10代のうちに人生を壊され、道路に寝そべり、線路に寝そべり、もう二度と夢を見ないと決意したウツ男が、あることを意識するだけで 「180度変わった」と言われるまで成長したハイジャンプストーリー part6 ~『今』は高くジャンプする為に沈んでるだけ~

今まで自分を赦したことがなかった僕は、 自分の赦し方が分かりませんでした。 なにをどうすればいいのか 心から赦す為にはなにをすればいいのか まったく分かりませんでした。 ただ分かったのは、 もう苦しまなくていいってことでした。 僕の中で、それは「バァッと」大きな扉を開いた瞬間でした。 気付きませんでしたが、 それが『赦す』ということなのかなと思いました。 明るく前向きに生きることはまだできないけど、
小崎 真作
21

ウツで10代のうちに人生を壊され、道路に寝そべり、線路に寝そべり、もう二度と夢を見ないと決意したウツ男が、あることを意識するだけで 「180度変わった」と言われるまで成長したハイジャンプストーリー part5 ~神様は唯一幸せになれない人間を作った~

部活をやっているときでした。 シュートを打った際、 「ピキっ」と腰に電撃が走りました。 激痛が全身を巡らせ、まともに歩けなくなりました。 そのまま近くの整体院で診てもらうと 『ぎっくり腰』 と診断されました。 ビックリです。 それまでぎっくり腰は なにか重たいものを持った際になるものだと思っていましたが ただのジャンプでもなるんですね。 先生はこう言いました。 『しばらく絶対安静にしてください』 「
小崎 真作
30

ウツで10代のうちに人生を壊され、道路に寝そべり、線路に寝そべり、もう二度と夢を見ないと決意したウツ男が、あることを意識するだけで 「180度変わった」と言われるまで成長したハイジャンプストーリー part4 ~サヨナラ元気な自分~

お母さんに 「つらい」 と、今まで辛かったものが溢れ出し、泣き崩れた日の翌日、 電車で片道1時間くらいかかる 病院に向かいました。 僕の家は田舎にあります。 ちゃんとした病院は 少し都会に行かないとありませんでした。 病院に向かって歩いているとき、 まっすぐに歩くことができませんでした。 目の前がグルグル回りだしフラフラして 自分の周りに人がたくさん歩いている状況が ものすごく窮屈に感じて息苦しくな
小崎 真作
32

ウツで10代のうちに人生を壊され、道路に寝そべり、線路に寝そべり、もう二度と夢を見ないと決意したウツ男が、あることを意識するだけで 「180度変わった」と言われるまで成長したハイジャンプストーリー part3 ~家族全員ぶん殴ってやる~

僕は親が大嫌いでした。 周りから見たら普通の親だったかもしれません。 ただ、僕には合わない親でした。 お父さんは頑固で無口で古い考えしか 持っていませんでした。 自分が英語を話せるからといって 子供にも教えようとして 小学5年生の頃からNHKの基礎英語を強制的に聞かせ、 夜には自分のところに復習に来させる習慣を義務付けしていました。 僕は最初は喜んでやっていましたが 大きくなるにつれ 強制が嫌で仕方
小崎 真作
33

ウツで10代のうちに人生を壊され、道路に寝そべり、線路に寝そべり、もう二度と夢を見ないと決意したウツ男が、あることを意識するだけで 「180度変わった」と言われるまで成長したハイジャンプストーリー part2 ~嘘つき自分を演じたバツ~

高校で僕はどんな少年だったかと言うと 一言で言えばバスケ一筋でした。 I LOVE バスケ♡ でした。 進学校だったにも関わらず バスケ一筋でした。 もともと勉強が得意ではなく というか大嫌いで、 ただ家から近いという理由で そこそこ有名な進学校を進む道を選びました。 しかも、中学で前回語った体験をしてるので 勉強する時間はなかったんですが なんとか勉強して受かることができました。 本当にこの時は
小崎 真作
17

若干10代で上から下まで、すべて大怪我をした話

良い子は絶対に真似しないでください。 巷では有名な僕の話をします。 「ケガ」と言えば「僕」で、「僕」と言えば「ケガ」でした。 それはなぜか? 今からするお話は おそらくあなたが今まで聞いたことがない話かもしれません。 小学3年生のとき、 学校の敷地内に『わんぱく広場』という、 アスレチックがたくさんある小さな広場があって、 放課の時間はよくそこで遊んでいた。 ちょうど校舎から体育館に行く途中にわんぱ
小崎 真作
16

「赤本」を知らなかった高3の夏。でも生き方は色々あります【其の三・記念受験】

【記念受験】 もう夏の時点で「浪人宣言」をしていたので、勉強するのは基本定期試験の時だけです。それも毎回決まったパターンの一夜漬けでした。 試験→ ビリヤード →帰宅→仮眠→夕食→朝まで一夜漬け 我ながら本当に充実した試験生活…(笑) 浪人を決めている。入試対策もしていない。それなら受験する必要は全くないわけです。しかしどういうわけか「一応記念受験だけはしてみようかな…」という遊び心が芽生えてきまし
山口 寛之
131

「赤本」を知らなかった高3の夏。でも生き方は色々あります【其の一・赤本】

【赤本って何?】 自分はいつまでも若いと思っていましたが、気がつけば高校生の子供がいても違和感のない年になりました。 高校生だった頃はもう四半世紀も前の話。ガラケーもなく友人たちとの待ち合わせは伝言ダイヤル。親の目を盗み、家の電話で長電話をするのも一苦労。そんなのどかな時代だったことを覚えています。 在籍していた高校は一応進学校と銘打たれた老舗の公立高校でした。私はあまり深く考えたことはなかったので
山口 寛之
157

「赤本」を知らなかった高3の夏。でも生き方は色々あります【其のニ・読書】

【読書の夏。現実逃避の夏】 高3の夏休み。周りの95%、いや99%以上はおそらく夏期講習に行っていたのではないでしょうか。そんな中で私が取った選択肢は…親に頭を下げることでした。 「今から勉強してもどうせ間に合わない。だからこの夏は好きに過ごすわ。というわけで浪人させてください。」 いやぁ…これがもし自分に子供がいてこんな発言をしたらどう対処していたのだろうと(笑)どれだけ甘え根性の子供なのかと我な
山口 寛之
129

大学合格の軌跡 奇跡 前編~ひでお物語~

部活に明け暮れた高校時代は後悔の日々のまま終わりを告げた。 そして、ひでおは大学入試に失敗して、一浪となった。 一浪した理由はもちろん勉強がおろそかだったっていうことだけど それは部活のせいではなく、きっと麻雀のせいだと思う。 受験生なのにそっちに興味がいって 勉強といえば麻雀のことだったり 数学の計算式より麻雀の点棒計算だったり そんなひでお受験生だった。    大学にいくのも、そんなもんかな~と
なかむら ひでお
30

もてる君~ひでお物語~

高校時代のひでお少年はきっといままで生きてきた中で一番もてていた。 人は人生の中で3回くらいもてるときがあるらしい。 その1回目がやってきてた。 かといって、性格的にいつもプラトニックなひでお少年だった。 ちなみに大人になった今、もうすでに3回おわった気がする。 高校時代は陸上に明け暮れていた。 部活を中心に生活がまわっていた。 朝は、6時半に家を出て、7時半から朝練だった。 ほぼ、毎日だ。帰りは、
なかむら ひでお
19

みんなにチョコを配ってた女子からさえも、チョコをもらえなかった男子の話。

小学生の頃、 バレンタインデーが、一年で一番嫌いな日になりました。 小学生になった頃から、バレンタインデーの存在を意識し始めました。 正確に言うと、意識させられはじめました。 「これ、いらないんだよなー。」 「気持ちわりー。」 と口では言いつつも、ニヤニヤしながら 女子からもらったチョコをかばんに入れてる友達が増えたから。 僕の真横で、チョコレートを女子から手渡しされてる友達がいたから。 弟さえも、
春明 力
221

35年ラブ

不思議な女性に出会った。正確にいうと35年ぶりぐらいに再会した。 鹿児島の高校時代の同窓会にふらふらと参加してみた。そこで彼女と再会した。 不思議な女性は私の高校の同学年。クラスは一度も一緒じゃなかった。 彼女とは、あまり面識がない。温厚そうな印象。でも、話してみて驚いた。 彼女は、高校時代の私の天敵?ははははは。の奥さんになってた。 彼女だけ同窓会には参加してた。天敵は不在。 歴史をサカノボル。そ
天野 功一
150

高校デビュー~ひでお物語~

どっちかというとぱっとしない中学生活を経て、高校に入学した。 高校は地元の高校で自転車で20分くらいだったけど、ずっと坂道なので、あまり意味がない。 帰りはすごくいいけど。 1学年10クラスと多かった。創立4年目の学校。 入学してそれなりに過ごしていた。 同じクラスには中学の時に同じだった連中もいたが、ほとんどが知らない顔。 そして同じ連中というのが、女子に多かった。 高校の部活は陸上部に入った。
なかむら ひでお
16

■小学生時代にDJに憧れた男が一つのラジオ番組の終焉に語る想い②中学・高校生編

ラジオへの熱い思いを描いて迎えた中学生時代。 果たして僕はDJへの道を辿れたのだろうか・・・ 中学に入った僕は放送部に入ろうと決めていた。無論その目的はマイクを握ることであり、DJへの道を究めるためでありお昼に小粋な放送でもしてトーク力を磨くためであった。しかし部活紹介を見ても放送部はない。なんと放送部ではなく放送委員会しかなかったのだ。しかし部と委員の違いがあるとはいえそこは同じマイクを握る放送委
下川 祐介
103

医者になれなきゃ死んだ方が良いと本気で思っていた高校時代のお話

◆落ちこぼれだった高校時代 高校時代、私はおちこぼれでした。どれくらいおちこぼれだったかと言うと、全国模試で数学の偏差値が38、おまけに足首を捻挫しているのがクセになっているので運動もまともにできない、彼女はいない、青春の思い出はゲーセンでのメダルゲームだけという素晴らしい灰色オレンジ・デイズを送っていたわけです。 とはいえ、最初から落ちこぼれだったわけではありません。高校受験をしていた時は第一志
Sasaki Shin
2252

新着の書きかけストーリー

詳しく聞きたい!
詳しく聞きたい!
詳しく聞きたい!
詳しく聞きたい!
もっと見る