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Taki Poppy

Taki Poppyの人生のストーリー

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Taki Poppyの人生のストーリー

読んでよかったストーリー

oouchi rie
70

第4回 流産4回・・・そして離婚。いのちとは何かについて考え、看護師になるまで。

養子縁組!? 夫は笑いながら言った。 「養子縁組には収入や家の大きさなど、条件があるらしいの。詳しくは聞いてみないとわからないけど・・。審査も通るかどうか・・。」続ける私を見て本気だと悟ったのだろう。 「俺は考えられないよ。他人の子を育てるなんて。」と言った。 養子縁組を望む私と、実子にこだわる夫。話し合いを重ねても、溝は埋まらず平行線のままだった。 4度の流産に同種免疫異常・・2人では望むことので
阪口 ユウキ
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あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。

どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで! こんにちは! 個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口といいます。 僕は今の仕事をはじめてまだ稼げなかったとき、2011年9月~2012年4月まで、 大阪・あいりん地区のドヤ街で暮らしていたことがあります。 (詳しい経緯は「 鬱病で半年間寝たきりだった僕が、PC1台で世界を飛び回るようになった話。 」で書いてます)
渡部 彩香
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【共働きの両親へ】いつもいなかったから、大事だった-限られた時間が私達兄妹に与えてくれたもの

「せめて子どもが小学校を卒業するまでは、家にいてあげたい」 社会人生活を11年間過ごす間に、そう言って仕事を辞めていった友人や同僚を何人も見てきた。 彼女達の気持ちは、私にも分かる。私に子どもはいないが、おなかを痛めて産んだわが子はきっと側に居るほど可愛くて、せめて小学校までの大切な時期を側で見守りたいと思うのは、ごくごく自然なことだろう。 しかも、どこにどんな残酷な人間が紛れているか分からない昨今
小林 慎太郎
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ラブレターを代筆する日々を過ごす「僕」と、依頼をするどこかの「誰か」の話。

■ラブレター代筆はじめました 「仕事」は楽しいものではない。 苦しくて大変で、時にちょっとだけ楽しいのが「仕事」というもの。 ちょうど1年ほど前、10年以上特に疑いを持たずにいたこの考え方に、ふと疑問を抱くようになった。 つらいことを歯を食いしばってやり続けることは尊く、楽しいこと・楽なことだけやるのは怠慢。 物心ついた時からそのような価値観で育ってきた35歳の男が、「あれ?誰がそう言ってたんだっけ
KUMON Story
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わが子のためにお父さんが手作りした学習プリントが、『公文式』になった話

いつの時代も、どんな国でも、我が子を想う親の気持ちは同じ。 私たちは、"我が子を想う親の愛情"にスポットを当て、ストーリーを募集しています。 このストーリー募集企画は、『公文 公(とおる)』さんという、 1人の父親のストーリーから始まりました。 高校の数学教師である公さんは、妻の禎子(ていこ)さん、 そして3人の子供たちと共に大阪で暮らす5人家族。 ある初夏の日、禎子さんは小学校2年生の長男、毅(た
Auau Huhihi
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ネットからの初恋だそく

まあ。ふられました。落ち込んで落ち込んでものが喉を通らないなんてことはなかったけど。いつも通り仕事をしてましたけど、なんだか何をしててもどうにも白けて。 もう連絡なんてこないんだろうな、なんておもいきや来ました。割とすぐに。 元気?じゃねえよおめえにフラれて元気じゃねえよとは言わないが、なんで連絡してきたんだ?なんかどっちかというと困惑していた。 が、まだ私としては大好きなのである。そりゃあ呼ばれた
Auau Huhihi
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ネットからの初恋そのろく

好き好き大好き超愛してる! モードに突入した私。スカートなんて持ってすらいなかったのに森さんが喜ぶだろうかなどと沸いた頭で購入してみたり。どちらかと言うと派手なものは好まない質であるけれどもTバックなども一応好きらしいのでいくばくか入手したり。平たい胸を何とか出来ないものかと日夜なんとなしにもんでみたり。 まあ、健気といえば健気だし、安直といえば安直である。 元々顔は残念な部類ではあるがその普段から
Kuribara Kao
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定時制卒が帝六の博士さまに娶られた話 その2 ~純朴と真面目と偽りのマッチングシート〜

  その1で結婚相談所に入った私ですがその時29歳。  考えてみると定時制高校を卒業して丸10年です。その間におつきあいした人は全くおりません(笑) 2年フリーター、5年学校、3年勤務のその間は今思うと嵐のように忙しく、恋がしたいと思ってもそんな時間も心の余裕もなかったのでした(笑) 唯一おつきあいと呼べるのは高校時代3か月だけ清く正しい高校生らしい(笑)お付き合いした元彼くらいでしょうか?    
Kuribara Kao
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若年性脳梗塞になってみた  その8(終) ~ 小さくなったって末広がれば大きな幸せ ~

 一晩たってみると親に言われた言葉を真に受けた自分が恥ずかしくなってきました(笑)  第一今の自分の家族は誰でもない、夫です。両親や姉は夫の次の人。  そんな人の言葉に惑わされ、自分が生きる価値があるかどうかなんて考えるなんて恥ずかしいたりゃありゃしない!(笑)  第一それを決めるのは自分自身なのにね。  まあそれが血族ゆえの想いというか呪いというか・・・難しい心であることに違いはありませんでしょう
Waki Mitsue
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「高い所には登るな」が一族の隠れた家訓だった訳

あれはまだ、四月二十九日が天皇誕生日だった頃の話。 昭和五十二年、四歳だった時のこと。 テレビでは、伊東四朗さんと小松政夫さんが出てた番組に《電線マン》という人気キャラクターがいて、電線音頭なる歌が流行っていた。 四歳の記憶を、なぜこんなに鮮明に覚えているのか、それは、その電線音頭をある場所で踊っていて、転落してしまったから。 当時、近くの市町村会館で、四月二十九日の祝日に《ちびっこ映画祭り》という

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