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稲葉 拓磨

稲葉 拓磨の人生のストーリー

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稲葉 拓磨の人生のストーリー

読んでよかったストーリー

Suzuki Takuya
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真面目になったとたん成績が伸びなくなった時の話。勉強は長距離走と短距離走。

中学の時に覚えた「だるい」って言葉。 小学校まで真面目だったのに親との関係が悪くなって居場所を求めて気づいたらヤンキー社会の中にいた。周りの仲間はいつも口癖のように「だりー」とか言っていて自分も頻繁に「だりーなー」って口に出すようになっていた。ぐだぐだ外でたむろすることがなぜか楽しく夜遅くまでコンビニの前とかたまり場にいて昼過ぎまで家で寝ているような中学生活だった。だるいことは最小限やらないようにす
中条 信一
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鬱病の心に響いた、たったひとつの言葉

忘れもしない、24歳の夏頃、 僕は1年間会社に寝泊まりしていて、ある日、衣類を取りに家に帰ると、 自分の家の安心感と、疲れからか深く寝てしまいました。 いつもより深く眠りにつくと、 次の日の朝、僕は立つことが出来なくなり、 何故か涙が止まりませんでした。 僕 このまま会社に行っても死んでしまう… 3年間ずっと仕事を頑張ってきました、大好きな仕事でした。 しかし上司に言われた言葉が、脳裏をよぎります。
間部 理仁
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ロンドン大学の友人がホームレスに言った一言

「病院に行くからお金をくれないか」 血だらけの男がやってきて、そう言った。 夜のロンドンの街を、イギリス人の友人・マットと2人で歩いていた時のことだ。 みすぼらしい服装をしており、見るからに怪しい。 これはロンドンでは良くある手口だが、血は偽物である。ホームレスがお金を得るために使う手法だ。もちろん僕はお金をあげなかった。 しかしマットは、「大丈夫か? これで病院に行け」と言ってお金を渡した。 僕は
渡辺 健一
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趣味で食べていかれるのか?

僕は来年50歳になるが、就職したことがない。 もともと、家業があるわけでもないし、資産家でもない。 アルバイトもほとんどやったことがない。 でも、結婚しているし、子どもは2人、大学生と高校生。 マイカーを持っているし、小さなマンションの部屋も持っている。 就職もせず、じゃあ、何をしていたのか? 1:20代前半は、塾講師をやって、ちょっとお金を貯めた。 と言っても、カメラ一式を買う程度。 2:そこで、
池森 裕毅
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ダメ人間が逆転サヨナラ満塁ホームランを打った後、金に溺れたストーリー

はじめまして、池森と申します。 これは僕が高校を卒業し大学を中退した後、起業して成功し、それからの凋落までを描いたストーリーです。 あまり大したお話ではありませんが、良かったらご覧ください。 高校生までの僕は、勉強が大嫌いでただ騒いでるだけの人間でした。 どこの学校にもいるような、体育祭の時だけヒーローになれる、そんな類です。 授業中は寝てるか、本読んでるか、騒いでるか。 部活はずっとサッカー部でフ
堀口 悠冴
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ブラック会社の最高経営責任者になった。5回目

建設業の朝は早い。朝7:30には会社につく。社員の何人かすでに出勤している。自然に早く出社するようになった。 好きな時間に出勤し、都合のいい時間に帰宅、出勤日も自分で決められる。 社長出勤というのは朝七時台に会社にいくことであると勝手に解釈する。 経営者が果たすべき役割とは?私の存在は何者なのか。朝必ず自問自答していた。現時点においては経営責任を取らされているだけの神輿のような存在である。ただ単に担
水元 英登
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【くれくれ体質なクズだった私が「180°変わって」会社を興した話】はじめての海外オーストラリアで過ごした1年

オーストラリアには、 “なにか” がある・・・ はじめまして、 水元英登 (みずもと・ひでと)と申します。 私が大学生の頃のこと。誰にも相談することなく オーストラリアに1年行こう と決意します。 これは、 生まれて初めて の海外渡航となります。 私に多く事を与えてくれた “たったひとつのきっかけ” の話です。 あなたはオーストラリアについて どれくらいご存知ですか? オーストラリアは日本から南へ、
遠藤 譲
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『常識とは18才までに積み上げられた先入観の堆積物にすぎない』

アルベルト・アインシュタインがこんなことを言っていたらしい。 『当たり前』と思っていることが『常識』。 『当たり前』だから疑問を抱くこともないし、そもそも気にも留めていないことだってある。 よく「常識を疑え」なんて言うけど、気にも留めていないことを疑うのは簡単じゃない。 でも自分の常識とは異なる常識と出会った時に、自分の中の常識がフッと姿を現す時がある。 16才の時にひとりで中国に行ったのが、ボクの
Kuribara Kao
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成功とお金は同義語ではない ~ 千円の価値は心の中に ~

   小さい頃、バブル時代を体験した。  それは日本中が狂瀾した時代だったと思う。  私はその頃はまだ小学生だったがはっきりと 「金持ちは貧乏人より偉い」 という感覚を持っていた。  なぜならば(私の住んでいた地域だけかもしれないが) イジメでまず先導を取るのは必ず「裕福な家の子」であった からだ。彼らの親御さんはいわゆる「株」でもうけた人たちだった。話によると給料より株の配当の方が高かったからみん

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