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Suzuki Takuya

極端な性格で、10代の時は遊びonlyで20代は勉強onlyみたいな生活です。

でも人生っていいことしかないみたい。

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Suzuki Takuyaの人生のストーリー

「ぼくのやったこと」もし元とび職の不良が海外名門大学に入学したら。

4年前の24歳の時に留学を始め、それと同時に ブログ を始めました。少しずつページビュー数も増えてきたのでこちらでもストーリーを書いてみようと思います。 【著者:鈴木琢也】 中学・高校まではいわゆる不良だとかヤンキーの様な社会に属しており卒業した高校は偏差値40以下でした。卒業後は不良の王道就職先「とび職」の会社に勤め職人として肉体労働に励んでいました。 仕事をすることで色々考えさせられ「どうせやる

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【バカヤン】もし元とび職の不良が世界の名門大学に入学したら・・・こうなった。カルフォルニア大学バークレー校、通称UCバークレーでの「ぼくのやったこと」

初めて警察に捕まったのは13歳の時だった。 神奈川県川崎市の宮前警察署に連行され、やたら長い調書をとった。「朝起きたところから捕まるまでの過程をすべて話せ」そう言われた。 「マジで言ってんのこのクソ警察!?」 そう思ったのはよく覚えている。警察がワープロで書いた調書を印刷し渡してきた。「調書のタイトル書け!」そう言われても何書けばいいんだろうと思っていたら。 「ぼくのやったこと」 と書けと指示され書

「やるかやらないか。僕はやらない人間だった」 きっかけを得た後、本当に行動するために必要なこと。

高校を卒業してとび職をしていた19歳の時、少しお金が貯まりそれを何に使うか考えていた。十代の頃はひたすらモテる事ばかり考えていてその為に金を使っていた。周りの先輩には職人になって、金貯めて、カッコいい外車を買って男女両方からモテている人もいた。その姿を見て自分もCoolなアメ車を乗り回したいと思っていた。港北にある中古車店の前をたまたま通りがかった時にピカピカに光るアルミホイールを履いた黒の中古SU

真面目になったとたん成績が伸びなくなった時の話。勉強は長距離走と短距離走。

中学の時に覚えた「だるい」って言葉。 小学校まで真面目だったのに親との関係が悪くなって居場所を求めて気づいたらヤンキー社会の中にいた。周りの仲間はいつも口癖のように「だりー」とか言っていて自分も頻繁に「だりーなー」って口に出すようになっていた。ぐだぐだ外でたむろすることがなぜか楽しく夜遅くまでコンビニの前とかたまり場にいて昼過ぎまで家で寝ているような中学生活だった。だるいことは最小限やらないようにす

暴走族を作ろう!という話

僕は大人になってから勉強を始め現在28歳で海外大学の4年生だ。割とエリート的な人が集まる大学で「おじいちゃんが経済学でノーベル賞とったよー」なんて言っている人がいたり「某有名企業の家族」や日本人でも「天皇関連の家族」とかがいたりして普段知り合うことのできないタイプの人と一緒に切磋琢磨でき貴重な経験をさせてもらっている。 色んな人がいるんだなーなんて思いながら自分のバックグランドを振り返った。10年く

元とび職の不良が海外名門大学を卒業して今更気づいたこと。通称UCバークレーでのぼくのやったこと

親父が稼いだ大切な金を使うなら最高の環境が整った大学で学びたい。そう思い思い切って「 てっぺん 」を目指そうとアメリカに留学しカルフォルニア大学バークレー校、通称UCバークレーを最近卒業した。 以前『 【 本編】もし元とび職の不良が世界の名門大学に入学したら・・・こうなった。カルフォルニア大学バークレー校、通称UCバークレーでの「ぼくのやったこと。」の話 』という記事を書いたがその卒業編である。(

本当にあった海外留学すると必ずあると言われる逆カルチャーショック

     高校まで割りかし不良社会にいて、最初のキャリアはとび職。その後にIT企業で法人営業をしていたのだがバカ過ぎてやばいと思い大学に行くことを決め家族の支援もあり留学し最近卒業した。 ▼大学に入学するまでの経緯: 【本編】もし元とび職の不良が世界の名門大学に入学したら・・・こうなった。カルフォルニア大学バークレー校、通称UCバークレーでの「ぼくのやったこと。」の話 http://storys.j

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