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Momose Tatsuya

51歳で色々チャレンジをはじめました。よろしくお願いします。
行政書士とAFPの資格を活かして人の役に立てる存在になりたいです。まだまだ未熟で勉強中です。
今は悩むなら行動!を意識して日々もがいています。
応援宜しくお願い致します

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Momose Tatsuyaの人生のストーリー

曲がった左手の親指

生き方を変えたキッカケ 過去、何度か日記をつけようとしたけど、結局続かない。 そんな私が、ストーリーに残せるのかわかりません。 でも、一年前に始めたフェイスブックをキッカケにして それまで知らなかった世界、その世界の人を知り、その 中でこのストーリーの事を知り、とにかく書いてみよう、 そう思い、日記がわりに思った事を書いてみます。 今の仕事 今年の4月から助成金センターという所で働き始めました。 厚

曲がった左手の親指 その2

会社を辞めた経緯 勤めていた会社は、医薬品や日用雑貨などを扱う物流卸でした。 ドラッグストアチェーンを主な顧客とし、業界でもトップシェアを 争う一部上場企業であり、その業界内で他社を吸収しながら現在の 規模にまでなった会社。でも入社したのは別の会社。 私が幹部候補として入社した会社は、ユニークなネーミングで有名 な製薬会社(実際は化学系)のグループ会社で、3PLの物流子会社。 結果から言えば、親会社

曲がった左手の親指 その3

誰もいない現場で 応援部隊が去った現場。あちこちにやり散らかした資材の山。 詰め替えされた3,000個のダンボールの整理と、ゴミの整理。 あれだけうるさかったフロアーが、嘘みたいに静かで。 ほっとした反面、無性に虚しさがこみ上げてきた。 翌日の作業に支障が出ないよう、現場整理に没頭して気がつけば 日付が変わる頃になってた。足はガクガクだった。 平常でも仕事中15,000歩ぐらい歩いているけど、その日

曲がった左手の親指 その4

親指を見て思ったこと 腫れ上がった親指を湿布で覆い、いつものように会社へ。 何人かに湿布した指の事を聞かれたが、曖昧に応えて濁す。 現場のマネージャーという立場だから、基本的に事務作業が 中心だが、パートさん達の休憩時間の間も搬送ラインは稼働 だから、その間は現場に入って作業した。 専用カッターを右手に、搬送ラインに流れて来る商品ケース を作業台に移し、左手で商品ケースを反時計回りに回しながら カッ

曲がった左手の親指 完結

後悔しない為に 自分の気持ちを誤魔化せない事に、ハッキリと気付いてからの、 会社を辞めて、新しいしい仕事(生き方)を目指そう、という方向 への行動は早かった。 11月の怪我から退職申し出の2月末までの、数ヶ月で次の仕事を 決めた。目指す先に必要な経験を積む為に、失敗する事を含めて、 避けてはいけない道として、その仕事を選んだ。無謀な選択。 それまでの30年以上のサラリーマン的な生き方からの方向転換は

過労自殺に思う事

バブル時代から始まっていた 今年はニュースの中身が悲惨な事が多く、今年の漢字一字である "金"を個人的には想像出来なかった。 もし、色で例えるなら"黒"、あるなら"涙色"かと私なら書く。 その中でも過労自殺のニュースは、働く人にとって他人事でない、 それぞれが考えなければ いけないものだと感じている。 思えば、私が結婚した二十代後半のバブルの頃に流行ったCMに、 「24時間 戦えますか?」がありまし

読んでよかったストーリー

umisora hanaco
7

OL hanacoの赤裸々ならぬ、黒裸々な世界

「お電話、ありがとうございます。」いかにも営業用の甲高いこでが響くオフィスは、私にいろんな感情を掻き立てる。 仕事が大好きだとは決して言えないが、もうちょっとやりがいのある仕事をしたかったと、たまに沸き起こる感情を、大好きな食べて愚痴を言い合うことでなんとか押し殺しながらも、社会人をなんとかやっている。 正解なんてないこの人生、でもまぁ、後悔は尽きない。あの時、この道を選ばなかったら。。。なんてこと
水野 健太
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1

絶対音痴の僕がミュージカルに出て、音痴が全く治らなかったけど、人生変わった話

プロローグ:小学校時代で経験した二つのトラウマ 初めまして、水野です。 いきなりですが僕の小学校の頃の苦い体験を聞いてください。 それは小学4年生の時の学芸会。僕たちの学年は「オズの魔法使い」を扱うことになりました。僕は立候補したのは「オズの大王」。どうしてもやりたかった役です。 そして、とある音楽の授業の時間、他にも立候補した生徒たちが集められオーディションが行われることになりました。課題曲は本番
小山 まき
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5

イライラご飯がにこにこご飯に変わるまで。

                              わたし 今日も疲れたな。ご飯なに作ろう・・ 仕事を終えてスーパーに向かう。それが日課。 結婚後、OLを続けていたわたし。 毎朝起きたら急いで朝ごはんの用意をして洗濯をして、出社。 仕事を終えたら買い物をして、帰って洗濯物を片付け、晩ご飯を作り、お弁当の下ごしらえ。 毎日時間に追われていてクタクタだった。 世の中の兼業主婦の皆さまを心から尊敬
前田 啓太郎
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【11話】正しい社畜の落とし方

美人女子高生からのLINEを既読スルーして、詰められる元社畜の僕。そして彼女から思いもよらない言葉を耳にする。 あやか 好きです... 自分の耳を疑った。人生生まれてから、僕宛にこの単語を耳にするのは初めてだった。 僕 好きって言われても.... 戸惑う僕。恋愛ドラマのような度重なるドラマティックな展開に追いつけない。 でも、僕は彼女の思いに答えられそうになかった。 なぜなら彼女とはまだ知り合ったば
Suzuki Nana
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やくざを泣かせた5歳の息子の話

こころ を すまして みてごらん はな は はな として うつくしく あなた は あなた として うつくしい ただ それだけのこと が いとおしい あれは暑い夏の日のお昼過ぎ・・・ いつものように、2歳の娘を連れて息子の幼稚園へお迎えに行った帰り道。 「アイスクリーム、食べようか?」 暑かったので、三人で駅前のベンチに腰掛けて、アイスクリームを食べることにした。 そんな日常の一場面。 もし、あのやく
大柴 貴紀
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10

16歳夏の忘れられない悲しい出来事

これまでの人生で最も勉強をした時期である中学3年の冬。僕の勉強机は家族の寝室の一角にあった。夜遅く勉強する時は部屋の電気を消し、机の蛍光灯だけで勉強した。傍らには家族が寝ていた。机の蛍光灯が寝ている母親の顔に当たらないように工夫したりした。この頃、母親の体調が急激に悪くなっていた。 母親の様子が少しおかしいなと気づいたのは秋くらいだった。これまで就寝時以外に横になっているのを見た事がなかったが、この
沢城 アリサ
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76歳の父が18歳の娘に語った、生き甲斐、人生。

高校3年生になって進路に悩んでいた。どうしても芸術系の大学に行きたかったのだが、母が失業した。それからというもの働かずにずっと家にいる。よって高校の学費、大学の学費全てを自分で賄うこととなった。芸術系の大学は学費がとても高く、年間200万も払って進学しよう。とは到底思えなかった。何も勉強は大学でしなくてもいい。でもそんなことを言えばそもそも大学へ行く必要なんてあるのか? いろいろな思いが交錯していた
檸檬 姫
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2

おばさんと無農薬レモン その5

この夏亡くなったおばさんの日記に、わたしのことが書いてあると連絡をもらった。 おばさんの息子さんからの電話だった。 今年のレモンはまだ青みがあるから、黄色くなってから声かけたほうがいいのかな? そう思いながらおばさんの日記を開いたら書いてあったそうなのだ。 組合のお嫁さんじゃなくて、わたしとしておばさんの中に存在できたようで嬉しかった。 気前のいいおばさんは畑の帰りに会った人や、友達の家に寄って、作
檸檬 姫
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おばさんと無農薬レモン その4

iPadでお客さんと直接とつながって料亭に葉っぱを卸すおばあちゃんたちをテレビで観て、レモンで村おこしができたらいいなと思った。 住んでる地域が、公会堂の洗剤を買うにのにも躊躇する財政難なの。 ふんだんにあるレモンを売ったら財政が潤うんじゃないか。 どう活動していくのか、ビジネスをしている知り合いに会って相談した。 でも、個人の畑のレモンを売ってどうやって地域の財政が潤うのか道筋がわからなかった。
檸檬 姫
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おばさんと無農薬レモン その1

海辺の、山と山の間のちょっとだけある平らなところに住んでてね、 子どもの気の向くまま、細い用水路わきや山の斜面や一面草が生えてるところを散歩してるうちに レモンがあっちこっちになってることに気づいたの。 あっちこっちにすずなりよ。 その昔、人間が楽園に住んでたころってこんな感じかな。 すずなりのレモンを見るたびにそう思ってたの。 あたたかい季節になって、レモンが採られることなく地面に落ちてるのを見た

書きかけのストーリー

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