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北畠 徹也

北畠徹也(英語:Tetsuya Kitahata 露語:Тэцуя Китахата)は1974年生まれ。1993年東京大学教養学部理科2類入学、同大学法学部私法コース卒業。北海道生まれのアントレプレナー。現在:株式会社テラ・インターナショナル代表取締役。タイ王国バンコク都在住。

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北畠 徹也の人生のストーリー

ミャンマー旅行記(+ラオス、ベトナム) by よそじーず

先月の18日から、インドシナおよびミャンマーに行っていました。起点は勿論、バンコク(タイ王国)から。 一応、今回のラオス・ベトナム・ミャンマーの旅は、 (タイ王国)バンコク -> ウボンラチャタニ -> (ラオス)パクセ― -> シーパンドーン -> パクセ― -> (ベトナム)コントゥム -> バンメトート -> ニャチャン -> ムイネー -> ホーチミン -> プーコック島 -> ホーチミン

双極性障害(躁鬱病)と発達障害の関係~発達障害大国日本の課題~

Albert Einstein 私の学習を妨げた唯一のものは、 私が受けた教育である 私の学習を妨げたのは教育ですが、教育にヒントを得て<自ら確立した>「ラーニング」メソッドによって、結局は最も深く学習したので、教育に意味ない事は決してない、と、個人的には思うのですが、皆さんは如何でしょうか? 飛び跳ねる思考 さて。 多分、「当事者」としてビックリされる方も多いと思うので(インターネット上のコミュニ

ラオス旅行記(ビザラン)

2月1日まで1か月エクステンドしていたのだけど、1月下旬にタイ王国バンコク都のイミグレーションに行った際、「一回出国しないとダメですよ」みたいな事を言われて、なんじゃその制度は、と思いつつ、ま、実は隣国には行きたかったのもあるんで、ツアーを探してアプローチ。日本人専用は使うつもり一切なかったんで、安いチケット。プラカノンの会社に17:30についてゴニョゴニョしてからミニバスに乗り込む。私は何故か助手

バンコク・ビジネス日誌 ~ 2015/02/01

前にステイしていたバンコク(Bangrak)のホテルのオーナーとビジネス話をしに行きました。パキスタン人。まあ、ハッキリ言えば偶然の出会いではあったかな。とある別のホテルに連れて行ってくれたのは良いけど、助手席のドアが壊れてしまい(つか、あの壊れ方は壮大だった(笑))半ドアの状態で暫く迷走(笑)。そして、ロビーで対話。結構大きいホテルだったけど、前に通った事が有る場所。意気投合。 4日前、5年前か

新興国のスラム街と写真~時は流れないそれは積み重なる~

先日、私の住むコンドミニアム(タイ王国バンコク都)の近くの、スラム街に行きました。日本人で、バンコクで慈善活動されている有名な方と、同志の数名と、で。 タイ王国バンコク都スラム街 フィリピン共和国でも、スラム街は何回も視察しているので、矢張り同じ事を感じてしましたが・・・。栄養が行き届いていませんね。今回は、いつもに増して大量のお菓子があったそうで、皆、目がギラギラしていました。私は、5バーツ(20

カンチャナブリ旅行記 - 第二次世界大戦の足跡(1)

タイ王国のカンチャナブリ県に行ってきました。クウェー川に架かる橋(クウェー川鉄橋、旧名:メクロン河永久橋)は、映画「戦場にかける橋」(Bridge over the river Kwai)で有名な場所です。 カンチャナブリに行く前日、バンコク都(タイ王国)の隣のナコーンパトムのプッタモントンとマヒドール大学を探索し、そのついでに、SALAYA駅からバンコク都のトンブリ―地区に降り立った、と言うので、

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私たちはどんなふうにも生きられる。無計画に世界を旅した私のはちゃめちゃ冒険記。バンコク編#5

【バンコク3日目】客引きに腕をつかまれ、ゴーゴーバーに連れて行かれた話 3日目は、サイアム地区にあるバンコク最大級のナイトマーケットへ行ってみることにした。ナイトマーケットは、旅行者向けの雑貨、服、貴金属、偽ブランド物などが並んでいて、「チョトマッテ、カワイイね〜」「オネエさん、グッチ!グッチ!」など話しかけられる場所だ。 ふらふら歩いていると、ゴーゴーバーと呼ばれる、ステージに立つ半裸の女性を見て
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