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廣川 ともよ

慶應義塾SFC4年。
写真と文章を書くのが趣味。時々ブログも書いてます。http://tomoyo1994.blogspot.jp

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廣川 ともよの人生のストーリー

100組の新郎新婦様がレンズを通して私に教えてくれたこと

左手薬指を焦がしたマクドナルドからの卒業 今から3年前、大学に入学したばかりの私は求人サイトと睨めっこしていた。 高校2年生から1年半務めたマクドナルドを辞めたばかりで、新しいバイトを探していたのだ。 どうせなら趣味のビデオをいかせるバイトがしたくて、「大学生 映像」で検索した気がする。 するとたった1件だけ、結婚式の映像撮影の求人がヒットした。 勤務地は横浜近辺で、しかも時給換算ではなく単価制!

13年間続けたバイオリンを辞めた理由

バイオリンを初めて触ったのは6歳の時だった。 どうして習い始めたのかは正直覚えていない。 でも母が言うには、どうやら私は隣に済んでいた3つ上のお姉ちゃんに憧れてバイオリンを始めたらしい。 「お姉ちゃんみたいなの弾きたい!」 と母に向かって言ったそうだ。 母がピアノの講師だったということもあり、私は「ピアノもしっかりと練習する」という条件付きでバイオリンを習い始めた。 レッスンは週に1回。隣のお姉ちゃ

私が自分の左手を好きになった話。

生まれつき、私の左手には赤アザがあった。 「単純性血管腫」という言葉を聞いた事があるだろうか? 別に検索する必要はないが、皮膚に赤いアザのようなものがある状態のことを医学的にはこう呼ぶらしい。 こんな大層な名前をつけられてしまうと急に恐くなってきてしまうのだが、実際のところほとんど害はなく、種類によっては成長の過程で消える場合もある。 色はピンク色からワインレッドまで様々。 私の場合このアザは左手の

読んでよかったストーリー

嶋津 幸樹
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3

英語教育の被害者が留学し虐められ17歳で起業、20歳で出版、そしてオックスフォード大学院ロンドン大学院ダブル合格

Chapter1 人生に転機を齎したオーストラリア短期留学 僕の部屋にはバベルの塔の水彩画が掛けられている。言語が分かれた原因ともいわれるバベルの塔だ。「言語」それは人間がコミュニケーションを図るために不可欠なものである。自分の人生の転機を齎したその バベルの塔 には深い思い入れがある。  高校2年の夏、日本の偏差値教育に苛立ちを感じ、また将来の展望が開けずにいた僕は、オーストラリアへのホームステイ
Riney James
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私が何故STORYS.JPを作ったか。

私の 父 は、旅人でした。 旅人と言っても、単なる旅行好きという意味ではなく、普通の人は中々経験しないような未知の出来事に積極的に飛び込んでいくという意味で、本当の意味での旅人でした。 父親は、私が幼い頃から世界中で遭遇した様々なストーリーを話してくれました。 大学時代にアメリカ中部からフロリダまでヒッチハイクをした話、アラスカまで車で友達とドライブして、アラスカの鉄道で働いた話…。 何度も何度も
Nagata Yamato
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美大に入った理由

 私は物心ついた頃から絵を書くことが無性に好きだった。父は建築家で、母は絵画が趣味、建築に関する膨大な書籍や芸術関連の書物に囲まれていたからかもしれない。  絵を書くことが好きになった理由は単純で、褒められたからだ。油性のマジックで部屋中落書きをしても、両親は怒りもせず、私が長男だったせいか、まだ両親も子育ての経験もなかったせいだろう、怒ることを躊躇した。いつも「仕方ないな」で済ませてくれた。  そ
Togashi Taki
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3.11 in London

時差 あの頃の私と日本との距離はだいたい地球4分の1周。 時差は9時間。日本が3月11日を迎え、翻弄されていた14:46頃、私の体内時計はまだ5:46。バービカン・センターでのマーケティングのインターン業務に備えて深い眠りの中でした。 朝は友人からのメールから始まりました。 「たき、家族大丈夫!?日本、大丈夫!?」 飛び起きて、テレビを見ても、インターネットでニュースを見ても、わけがわからない。10

書きかけのストーリー

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