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渋谷 徹

渋谷 徹の人生のストーリー

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渋谷 徹の人生のストーリー

読んでよかったストーリー

神崎 彰久
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Hi-STANDARDの音楽に魅せられた中学生が15年後ライブハウスのブッキングマネージャーになった話

Hi-STANDARDとの出会いは中学1年生。 そのころ頃俺は既に音楽が好きでギターもそこそこひけて、親父の影響でベンチャーズやフォークソングや当時流行ってたGLAYなんかをひいたり歌ったりしていました。 自分のまわりにはこの頃から音楽が好きな友達がたくさんいた気がします。 テンポもミディアムでなんならバラードが好きだった! 5歳から続けていたピアノの教室にその日も行こうと準備していた。小さい頃はマ
栗原 康行
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アウトローの役得

 クラブにおけるバウンサーの仕事は多岐にわたる。お立ち台(呼称は各クラブや時代によって変わる)という目立ちたがりの女の子にとっての聖地がある。普通のダンスフロアーより少し高くなっていて店内でも、もっとも目立つところだ。女性のそこでの占有権についてもバウンサーの指導には従わなければならない。  どんなに常連のお客でもバウンサーが彼女の前に立ちはだかって「降りろ」という仕草をすれば従わなければならない。
栗原 康行
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アウトローの様々な仕事2

 午前二時、突然ダンス音楽がとまり、ミラーボールの照明が落ちると、DJがアナウンスする。スポットライトがDJブースに当たる。DJ「みんな、突然だけど、今日は素敵なプレゼントがあります! 実は今日ここにH.A.さんが来ているんです。』客で満杯のダンスフロアーは熱気に溢れている。一瞬、みんな何のことか分らずざわつき始める。「そして、今日は特別にみんなのために、今から彼女が新曲を披露してくれます。どうだい
栗原 康行
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アウトローの様々な仕事

「たすけてくれー」遠くから聞こえてくる力の無い叫びが、波間に漂っている。黒い海の中から人の溺れている気配がする。僕はコンクリートの防波堤に駆け上り、携帯していた懐中電灯を声の方に向けると、海面に白い顔がいくつか浮かんでいる。「助けて、溺れる、お願いします...」さっきまでの勢いは失せ、田舎チンピラたちのか細い声が体力の消耗を伺わせる。彼等は必死にコンクリートの岸壁をよじ登ろうともがいているが垂直に切
栗原 康行
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アウトローの生活

 翌日は、割合に平和な空気がクラブ店内に流れていた。目つきの悪い輩(客)はあまりいない様子だ。ほかのスタッフと談笑していると、フロントマネージャーが有名写真週刊誌をもってきた。「これ読みましたか?」僕が何気なくページをめくると粒子の粗い一枚の写真が目に入ってくる。  タイトルは「人気アイドル○○夜のご乱行!!」と銘打ってある。その場面はまさに僕が、奴を店の外に放り出した瞬間だった。「しまった!!」背
栗原 康行
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アウトローのトラブルバスター

「F事件の真相」 写真週刊誌の「F」というのがある。全国紙でみなさんご存知のあの雑誌だ。おそらくこれを全然読んだことがないと言うひとは日本人ではいないだろう。  週末のある日、店はいつものように盛況だ。僕がクラブの前に行列を作る客の様子を見て回っていると、一台のタクシーが滑り込んできた。一人の小太りの中年男が降りてきて、なにやら携帯電話でしゃべりながら大きな一眼レフカメラで写真を撮り始めた。バシバシ
栗原 康行
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アウトローの仕事

 僕はかつてアウトローで生きていた。  アウトローの暮らしは厳しい。が、刹那的には最高に楽しい。楽しいほうの写真がいくつか残っている。厳しいほうの写真は...あまり、いやぜんぜん残ってない。写真をとってる場合ではないからだ。新聞記事の切抜きとして残っているくらいだ。  僕がアウトローの世界に足を踏み入れたのはひょんなことからだった。夜の六本木には不良外人が多いのは皆さんご存知だと思う。こいつらは夜な
オガワ マサノリ
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正月、僕はマニラで死にかけた

海外旅行、トラブルは突然に・・・ 2013年1月1日、僕が気づいたときにはもう夜になっていた。 しかも場所は新千歳空港だ。 一体いつ新年が明けたのだろうか。 大晦日から正月という年が変わる節目の丸1日の記憶が全くなかった。 これ以前の記憶は12月31日の夕方まで遡る。 僕はマニラにいた。 年末年始の正月休みを利用して僕はフィリピンのマニラに一人で観光に来ていた。 北海道に住んでいた僕は、新千歳空港か
阪口 ユウキ
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鬱病で半年間寝たきりだった僕が、PC1台で世界を飛び回るようになった話。

こんにちは! WEBの仕事をしながら世界を旅している阪口といいます。 2012年7月に出国以降、東南アジアとヨーロッパの7ヶ国に住みつき、現在も旅をしながら、旅資金を稼ぐ生活を続けています。 しかし三年半前、 僕は鬱病で仕事を辞め、起き上がることもできない状態にいました。 今日は、鬱病で寝たきりの状態から、どうやって世界を飛び回る力をつけたのか、お話させていただきます。 ※この話は2014年4月、朝
阪口 ユウキ
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あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。

どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで! こんにちは! 個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口といいます。 僕は今の仕事をはじめてまだ稼げなかったとき、2011年9月~2012年4月まで、 大阪・あいりん地区のドヤ街で暮らしていたことがあります。 (詳しい経緯は「 鬱病で半年間寝たきりだった僕が、PC1台で世界を飛び回るようになった話。 」で書いてます)

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