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宇高 俊晃

地球髪切屋[旅する美容師]として2年7ヶ月で47ヶ国を巡りながら世界の絶景を鏡にして沢山の人の髪を切ってきました。これまでの人生や、旅で得た様々な経験による想いを「鏡のない美容室」という形にするためのプロジェクトに現在奮闘中!!

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宇高 俊晃の人生のストーリー

世界一周後、世界でたった一つの「鏡のない美容室」を作ろうとする変わった美容師の話。【STORY1】「世界一周、それが僕の夢だった」

初めまして。宇高俊晃です。 世界一周、それは僕の夢でした。僕は【地球髪切屋】と名乗って、2年7ヶ月で47ヶ国の国を巡りながら出逢った沢山の人の髪を切らせてもらいました。 その夢の中で、好きなことをしながら旅ができたことは何事にも変えられない素敵な時間でした。髪を切る場所はいつも、 鏡のないこの世界のどこかの風景 でした。 日本には22万件もの美容室があり、そのどこにも当たり前のように鏡がある。たとえ

【STORY2】「僕の中の『絶対』」~地球髪切屋~世界一周後、世界でたった一つの「鏡にない美容室」を作ろうとする変わった美容師の話。

世の中は目まぐるしく移りゆく時代。 日本はとくに出る杭はうたれる。 人と違う事を嫌う。 そういう教育をうける。 成功する為にはどうしたらいいか。 それを親でも学校でも社会でもテレビでも植えつけてくる。 でもそもそも「成功」とはなんなのか? それを考えた時、自分の事を知る。 大切なのは自分がどう生きていきたいか。 自分の心に素直になるだけ。 そんなことを書いてます。 よろしくお願いします。 STORY

「父がくれたもの」【STORY3】~地球髪切屋~世界一周後、世界でたった一つの「鏡にない美容室」を作ろうとする変わった美容師の話。

人はみんな何かの影響を受けて生きている。 その中でも親というのはやはり偉大だと思う。 子は親の背中を見て育つとはよくいったもんだ。 僕の生き方や働き方を決めたのは中学2年生のときの父の言葉だった。 世の中は誰かに決められたルールが多い。 もはや当たり前で誰も疑問に思わないことも多い。 父の言葉は、人と人とが関わり合う上でもっと本質的なものだった。 今日はそんな日のことについて綴ります。 【STORY

「偽りのない美容師」【STORY4】~地球髪切屋~世界一周後、世界でたった一つの「鏡のない美容室」を作ろうとする変わった美容師の話。

STORY3で書いたように、僕は父から大切なものをもらった。 それだけでは美容師という世界は厳しいものだったけど、それがあったから僕は美容師を続けられた。 人は嘘をつくのも偽るのもうまい。 もはや社会やテレビも嘘ばかりだ。 美容師だって口が巧けりゃうれる。 だからこそ髪を通してあなたと向き合う時だけは、偽りのない美容師でいたい。 だけというと語弊があるけれど、、、笑 自分に素直に自分らしくやることの

「美容師として大事なことに気付かされた日々」【STORY5】~地球髪切屋~世界一周後、世界でたった一つの「鏡のない美容室」を作ろうとする変わった美容師の話。

美容師になった僕が、何を想い、何を感じ、どんな経験を経て今の僕になったのか。そんなことを綴ったストーリーです。 美容師になってもはや11年。 この日々がなければ今の僕はありません。 あなたの髪に触れるときの僕の想いを知っていただけたらと思います。 この日本には美容室が22万件もある。 コンビニで5万件、歯医者で8万件、なんなら信号機より多いらしい。 当たり前のように髪が伸びたら美容室に行

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「父がくれたもの」【STORY3】~地球髪切屋~世界一周後、世界でたった一つの「鏡にない美容室」を作ろうとする変わった美容師の話。

人はみんな何かの影響を受けて生きている。 その中でも親というのはやはり偉大だと思う。 子は親の背中を見て育つとはよくいったもんだ。 僕の生き方や働き方を決めたのは中学2年生のときの父の言葉だった。 世の中は誰かに決められたルールが多い。 もはや当たり前で誰も疑問に思わないことも多い。 父の言葉は、人と人とが関わり合う上でもっと本質的なものだった。 今日はそんな日のことについて綴ります。 【STORY
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