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森内 剛

ただ今人生修業中。まわりの全てが,私のお手本です。
 たくさんの気づきが得られると良いな。みなさんよろしくお願いします。

大阪市で生まれ育ち,動物とテクノロジー大好きっ子に。中学生時代には,コンピュータの操作を学習するために,休日開催の体験教室に通う。当時は「パソコン」はなく,1台が教室1つ分くらいの大きさだった。
高校は男子高。進学校だったのに,あまり勉強せず,吹奏楽部の活動に明け暮れる。
大学は山梨県の都留文科大学へ。教員養成系の大学で,動物行動学を学ぶ。大学生の頃動物の生態調査のため訪れた北海道の魅力にKOされる。
北海道で教員になることをめざして就職試験にチャレンジ,合格して海を渡る。
北海道オホーツクの佐呂間町に着任,それ以来小学校の教員。
趣味は劇台本や曲づくり。映画鑑賞。


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2013年4月21日 森内 剛

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21/04/2013 TSUYOSHI MORIUCHI

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森内 剛の人生のストーリー

私が作・編曲に取り組む理由

ボロクソに言われた,初めての学芸会  私は小学校の教師になったその年,学芸会で大失態を演じてしまった。それも,劇と音楽,ダブルでだ。  私は小学生に,どこまで指導して良いのかが分からなかった。そういう私に対して,先輩教師たちは,手を差し伸べてはくれなかった。いや,私がSOSを発すればすぐ助けてくれたのだろう。私からSOSのサインが出るまでは私のやりたいようにさせる,それが私を育てるのに必要だと思って

大きな挫折の先に,私が見たたものとは?

絵本は心の拠り所

心の闇から光が見えた日

絵本は心の拠り所 その2

ただ読むだけ,それだけ 説明できない… 事実がわかり,涙した私

絵本は心の拠り所 その3

“ただ読むだけ”の尊さ  私は子どもたちから帰ってくる言葉を予想していた。それは, うるさくすると先生に叱られるから おとなしくしていると,成績をよくつけてくれるから うるさくなると,プリント学習になってしまうから などなどだった。なんのことはない,読書が魅力的だとは思っていなかったことが分かる。 しかし,子どもたちからの返答は,驚くべきものだった。 え? である。そんな返事があるかと私は目をむいた

絵本は心の拠り所 その4

真実は美しかった 私は子どもたちに,おそるおそる次の質問をぶつけた。 読むスピードは… みんなでおんなじ早さで読まなくていいから,楽しいんだよ! 子どもたちの反応は早かった。私の言葉を遮り,まくしたてたのだ。 私は愕然とした。国語の授業では,子どもたちに一斉読みをさせる。これは,子どもたちの“読み”が正確か,つまずいている子は誰かなどを知るために行われていた。 私としては,みんなが正しく文章を読むこ

【夜と朝がつながっていた話】

 先日娘と話していて,甦った大切な思い出。  もう20年ほども前のことでしょうか。娘は当時,幼稚園に通っていました。何に対しても興味を抱く年頃,私は毎日,娘の質問攻めに合っていました。 「お父さん,お月様はどうして落ちてこないの?」 「お父さん,走ると汗がでるのはどうして?」 「お父さん,……」  子どもの好奇心を大事にしたい私は,毎日返事をしていました。そんなある日,娘が思いつめたような顔で私に訊

私の心に今も残る,大好きな娘との思い出

私が作・編曲に取り組む理由 その2

どこまでやれば良かったのか  私のファースト・コンタクトは,大いなる失望をぶら下げてしまった。そんな私に先輩の先生が温かい声掛けをしてくださった。 森内くん,誰も初めはそんなものよ。頑張ってもなかなか上手に指導はできないものなの。 私たちだって,子どもたちが思い通りに動いてくれなくて困ることがあるのよ。 はあ,そうですか。ありがとうございます。 来年はがんばります。 どんな指示をしたら子どもが動くか

絵本は心の拠り所 その5

講演会  ある日,私のもとに一本の電話がかかってきた。それはある出版社からだった。私が絵本の読み聞かせを続けていることを聞きつけ,私に講演をしてほしいというのだ。  私は突然の話に混乱した。そもそも読み聞かせは,私が進んで取り組み始めたのではない。私には確たる信念があったわけでも,綿密な計画があったわけでもない。図らずもそれまで子どもたちから本を遠ざけてしまっていたことを反省し,子どもの傍らに本が存

【えりも方式の衝撃】第2話

第2話〔現在の襟裳〕  話を始める前に,そもそも『襟裳岬』とはなんだろうか。Wikipediaによると,以下の記述が見られる。 襟裳岬(えりもみさき)は、北海道幌泉郡えりも町えりも岬に属し、太平洋に面する岬。北緯41度55分28秒、東経143度14分57秒。北海道の形を大きく表徴する自然地形の一つである。日高山脈の最南端で、太平洋に向かって南へ突き出した岬である。海上にまで岩礁群も伸びている。

【えりも方式の衝撃】第1話

第1話〔何もないとはなにごとだ!〕  1974年第25回紅白歌合戦,森進一が歌う『襟裳岬』が紅白の舞台で初めて披露された。当時私は小学生,この歌の持つ雰囲気が好きだった。  しかしこの歌は,北海道えりも町では歓迎されかった。当時の昆布漁師たちはテレビでNHK紅白歌合戦を見ていて,森進一が出るや罵声を飛ばし,曲のクライマックスでは大声で毒づいたという。 「人の住んでるところを“何もない”とは,どんな了

【えりも方式の衝撃】第3話

第3話〔冬が来る〕  かつて襟裳は自然豊かな場所だった。しかし江戸時代の後半,襟裳の海の岩礁に生えるコンブを求め,人々は襟裳に移住を始めた。時代が過ぎ明治になると,政府が開拓移住を呼びかけたこともあり,開拓農民もそれに加わった。  たしかに襟裳は自然が豊かだ。鮭を始めとする回遊魚が多く立ち寄るし,海鳥も集まってくる。アザラシも手の届くほどの距離で生息している。そしてなにより襟裳のコンブは最高だ。  

【えりも方式の衝撃】第4話

第4話〔前代未聞の“襟裳方式”〕  襟裳の砂漠化…事態を重く見た林野庁は1953年以降,治山事業を開始した。地元の漁師も協力した事業だった。  まず行われたのは,草の種子を蒔くことだった。しかし砂漠化した襟裳岬に何度種子を蒔こうとも,どんなに大量に種子を投入しようとも,期待された成果が出ることはなかった。  何度種子を蒔いても,すべて風で飛ばされてしまった。他の地域で育てた草を持ってきて植える〔張芝

【えりも方式の衝撃】第5話

第5話〔まだ,“なにもない”襟裳〕  「えりも式緑化工法」は3年間の試験期間を経て,本格的に導入された。ゴタは種子の飛散を防止するための重しとして,また肥料としての2つの役割を果たした。  この工法は,様々な副次的効果をもたらした。まずは合成肥料の使用量が削減された。そして,今まで最も手間が掛かっていたよしず設置の労力が省略された。しかもゴタを敷き詰めるだけなので費用が安く施行が簡単なため,緑化のス

【えりも方式の衝撃】第6話

第6話〔襟裳に戻ってきたもの〕  少し時間を遡るが,草以外にも1954年より樹木の植栽を行ってきたのだが,襟裳は全国的にもまれに見る強風地帯であることや,夏は濃霧に覆われるため日照が不足しがちであること,冬季は積雪が少ないため苗が強風にさらされやすいこと等の過酷な条件により,なかなか樹木が順調に生育しなかったのだ。  また,当時の北海道では海岸緑化の成功例が無く,襟裳という場所に適した樹木や育て方な

【襟裳の森の物語】第一夜

〔北海道のすばらしさを伝えよう〕  襟裳に緑を取り戻す一連の話に注目した,ひとりの作曲家がいた。北海道合唱団の木内宏治さんだ。それまでにも『アンネの日記』で有名なアンネ・フランクを題材にしたものや旭川地方の突哨山のカタクリ群生地を守るためのものなど,“社会派”と呼ばれる合唱曲を次々に生み出していた木内さんは,襟裳の物語を知り,作品化への情熱をかきたてられた。  彼は実際に何度も襟裳を訪れ,当時のこと

飛行機が苦手な妻が,それを一瞬で克服した話

私の妻は飛行機が苦手だった。  結婚前から苦手だった。結婚して私の実家に行く時にも,青ざめた顔で飛行場に向かった。飛行機から降りたあとは,彼女が復活するまでに相応の時間を要した。頭脳明晰,穏やかで優しく,運動神経抜群と苦手なことが見当たらない彼女の,数少ない欠点の一つだった。  何年前のことだろうか,季節は初夏。彼女と2人で東京に向かって飛行機に乗っていた時のこと(いや,復路だったかもしれない)。私

完全徹夜明けの午前五時,たったひとりの職員室で心が晴れやかだった理由

晴れやかな 気持で迎えた 午前5時  ある年の9月のこと。同僚が結婚したので,その“祝う会”のパンフレット作りを担当した時のことです。  私はアルバムやDVD作品などを作るのが好きなので,同僚たちは制作担当者に,私を指名しました。私は嬉々として取組を始めました。 
 自分から進んでお受けしたプロジェクトでしたが,想像以上に大変でした。結婚されるお二人の馴れ初めを始めとして,記事になりそうなネタを仕入

仕事が終わらず,迎えた時刻は朝の5時。でも私の心は晴れやかだった。それは…

【襟裳の森の物語】第二夜

〔合唱組曲『襟裳の森の物語』序章〕  序章は前半部分で緑豊かだった頃の襟裳を歌っていた。短調で厳しい感じの曲調だ。  序章『人は海越えて…』    風が吹いている 砂塵を巻き上げて 風が吹いている 照る日も雨の日も   三百年ほど前の襟裳の岬は どこまでも広がる森が続く 豊かな大地   そしてあふれる海の幸は 神々からの贈り物   三百年ほど前の襟裳の岬は 針葉樹の衣裳をまとった 緑の森と紺碧の海

【私の思い出たち】〔第二話〕

姉と同じ顔  一昨年の2学期,中学年(小学校)の参観日のことでした。当時担任を持たずに理科と書写の専科担当だった私は,参観日の懇談会に出ることもなく,職員室で仕事をしていました(確か理科の単元テストの採点だったと思います)。集中して仕事をしていた私は,私の前に静かに立つ女性の姿に気付きませんでした。そしておもむろにその女性が私に声をかけます。 「先生,お久しぶりです」 と。  彼女の顔を見上げると,

【私の思い出たち】〔第一話〕

わすれないよ  私が勤務を終え,疲れた体を引きずりながら夕食の材料を買いに生協に行った時のこと。
  私が食材を吟味していると,隣りから私の顔をじ~っと見つめている女性の姿がありました。なんだろうと思い,私も見つめ返したら,その女性,おずおずと
 「あの~,違っていたらごめんなさい,小学校の先生ですか?」
 と言われるのです。私は“来たな”と思いました。こういう場合,まず間違いなく,昔の教え子との再

【私の思い出たち】〔第三話〕

崩れた均衡  昔のこと。ある子が不登校気味になってしまった。そこでその子が学校に来やすくなるように保護者に働きかけ,私の指導する少年団に入部してもらった。その子は教室に入るのは嫌だが練習はしたいので,なんとか登校するようになった。そして技術が向上し,その活動が周囲から名指しで絶賛されるまでになった。
  その子は自身と自信を取り戻し,時間はかかったが,学校生活を再び謳歌するようになった。その過程で得

【私の思い出たち】〔第四話〕

背中に見えた光  遥か昔教員になった年の事。私は3年生の担任だった。ある女の子の事が気になった。その子は常日頃はおとなしく,友達と一緒に遊ぶ事も少なかったから。  運動会の前,体育の学習で,グラウンドで50㍍走の記録をとっていた時のこと。私はその子のフォームがとても美しい事に気がついた。授業時間が終わって教室に戻る道すがら,何気なく彼女に 「走るかっこうが,とってもいいね。絶対速くなるよ!」 と声を

【襟裳の森の物語】第三夜

〔合唱組曲『襟裳の森の物語』第一章〕  序章に続き,第一章が始まった。日本音階が入り,祭のような賑やかさが醸しだされる。力強さとかわいらしさ,そのどちらもリズミカルに表現されていく。歌いながら観客席に目をやると,まるで座席が動いているように見えた。それは,リズムに合わせて体を左右に動かす聴衆の姿がそう見えたのだった。 第一章『エゾは良いとこ…〜海に幸あふれ,山に緑光る〜』    ドゥドゥドゥ…   

【私の思い出たち】〔第五話〕

言葉が存在を規定する 自作脚本に込めた願い  17年ほど前のお話。当時私は3年生の担任(3年生担任が多い)だった。当時の学級はちょっと難しさを抱えていた。私は子どもたちに,“自分のことは自分でする”人間になってほしかった。“自分の気持ちをまっすぐに話すことのできる”人間にも成長してほしかった。  その年の学芸会は,私が脚本を作ることになった。私は願いを込めて書いた。人間は,自分の発した言葉に縛られる

【襟裳の森の物語】第四夜

〔合唱組曲『襟裳の森の物語』第二章〕  木内宏治さんは,旭川地方の突哨山のカタクリ群生地を守るための合唱組曲『生命の森』で,“クマゲラ太郎”や“エゾハルゼミ”などを登場させ,環境を無視した開発に警鐘を鳴らした。  今回の組曲にも,動物が登場する。それは第二章を歌う主体をシマフクロウという設定にした部分だ。北の大地特有の種であるシマフクロウを語り部に,人間の愚かさを歌った第二章は,序章後半とはまったく

私が作・編曲に取り組む理由 その3

指導者講習会①  私が学校で見つけたもの,それは,研修センターで行われる『器楽指導者講習会』のプリントだった。  私はすぐに校内の研修担当教員に相談した。その年,研修に当てられた旅費は潤沢にあったので,私の希望は満度に叶えられることになった。講習会とは,どんなことをするのだろう,学校の教師なので私自身は“指導者”といえなくもないが,専門の先生がいっぱい来るんだろうな,専門的すぎて全く刃が立たなかった

【私の思い出たち】〔第六話〕

説得工作  私は昔,相当なヘヴィースモーカーだった。多い時は,日に50本以上喫うこともあったぐらいだ。パイプもくゆらせていたし,紙巻き機を使って自分でタバコを巻いてもいた。葉巻も楽しんでいた。禁煙しようと努力したこともあったが,いつも失敗していた。もう一生,禁煙はできないと思い込んでいた。  15年前の1月4日のことだった。当時指導していた吹奏楽部の6年生11名が,練習を終えても帰宅せず真面目な顔を

絵本は心の拠り所 その6

動揺  私は電話に出た。受話器の向こうには,明るい声の女性がいた。 森内先生,今日はぜひ,具体的な話をさせていただきたいと思いまして。 え〜っと。私はまだ,お受けするとは言っていないはずですが… 承知しております。でもみんな,すごく乗り気なんですよ。読み聞かせを日々実践されている方の話を伺うことができるなんて… ちょっと待って下さい! たしかに私は,毎日絵本の読み聞かせをしています。でもそこには,系

絵本は心の拠り所 その7

契機 気づき  私は妻に向かって,自分の思いをゆっくりと話し始めた。子どもから本を遠ざけてしまっていた自分,しかも子どもたちが本嫌いになったのは担任の影響だとは露ほどにも考えられない,独善的な自分。朝読書のように子どもの心をつかむことができればと,苦し紛れに絵本を引っ張りだして読み聞かせてみたら,偶然にマッチしたこと…  妻は微笑みを浮かべながら,黙って私の独白を聴き続けてくれた。自分の思いを話し続

【襟裳の森の物語】第五夜

〔合唱組曲『襟裳の森の物語』第三章〕  第三章は,ピアノの独奏で始まった。非常に繊細で物悲しいそのメロディーは,前章の悲劇がさらに拡大してしまったことを暗示しているようだった。途中で何度も止まろうとするピアノは,そこにはもう生命の輝きを見出すことができない絶望感を表現していた。客席からは咳はおろか,物音一つ聞こえてこなかった。皆,身じろぎもしないで聴き入っていた。まるで大ホール自身が,呼吸も止めてし

【私の思い出たち】〔第七話〕

この遠い… 心が動く  今からもう20年くらいも前のこと。私は当時,小学校6年生の担任だった。初めての卒業担任。毎日が新鮮だった。  私は卒業式で合唱に取り組ませることにした。今では懐かしい名曲『巣立ちの歌』だ。ある女の子が伴奏者に決まっていた。この子,学芸会で主役を堂々と演じきった子だった。いわゆる“戦争物”の,ありふれた脚本だったが,彼女の鬼気迫る演技は,皆の度肝を抜いた。  この子,なかなか頑

【私の思い出たち】〔第八話〕

風の中に消えた  私ははじめに勤務した小学校で金管バンドの指導をしていた。最初は8名から始まったバンドだったが,5年目には40名弱まで増えた。  私は当時から,演奏会のビデオ撮影と編集をしていた。その年のビデオには,インタヴューに答える形で 「一番好きな曲は,〈星に願いを〉ですねぇ」 と話すシーンが盛り込まれていた。時間がかかったがなんとか編集を終え,演奏会のビデオを子どもたちに配付したのが3月半ば

【襟裳の森の物語】第六夜

〔合唱組曲『襟裳の森の物語』第四章〕  前二章にわたり,人間の愚かさ,取り返しの付かない絶望を次々に重ねてきた合唱だったが,それはこの第四章の輪郭をくっきりと示すためだった。前章が終わり,悲痛なほどの,耳の奥が闇に引っ張られて痛くなるほどの静寂が会場を包んだと思った次の瞬間, 「わー!」 という子どもたちの明るい叫び声が,雰囲気を一気に変えていった。  今までとは打って変わって明るいピアノ伴奏が始ま

【ぞうれっしゃがやってきた!①】

 『ぞうれっしゃがやってきた!』という名の絵本がある。私はこの本が大好きだ。この絵本には,全てが詰まっている。後世まで伝えられるべき名作だと思う。それは,文章がいいとか,こんな決めぜりふがあるとか,こんな素敵な絵があるとか,そういう類ではない。真実の重さ,人間の素晴らしさ,生命の重さが,伝わってくるのだ。 出会い  “ぞうれっしゃ”と私は,しかしこの絵本で出会ったのではない。話は31年前にさかのぼる

【襟裳の森の物語】第七夜

〔合唱組曲『襟裳の森の物語』終章〕  終章は明らかに,序章後半部と関連付けられていた。明るく穏やかな三拍子のピアノは,前章で解きほぐされた大ホールの表情をさらに輝かしいものにしていった。  木内宏治さんは,終章を歌うに際して,合唱団に一つの注文を出していた。それは,表情へのオーダーだった。とにかく穏やかに。明るくではなく,穏やかに。明るくしようとすると,どこかに力が入ってしまうものだが,作曲者は,生

心が震えたひとときが終わります。でもこれは,はじまりだったのです。

【襟裳の森の物語】第八夜

〔控えめな提案〕 話のタイミング  北海道から世界に問うた組曲の誕生から,1年半が過ぎた。私は職場の送別会の席にいた。皆が良い気分でほろ酔い加減になる中,私は緊張しながら話を始めるタイミングを図っていた。  次年度の担当は既に決まっていた。私は音楽・書写専科になることになっていた。私は音楽専科になったら,やりたいことがいくつかあった。それをやっていいものかどうか,先生方の考えを探るために,この席はま

【ぞうれっしゃがやってきた!②】

 私と“ぞうれっしゃ”は,かくも強烈な出会いを果たした。私はその後,“ぞうれっしゃ”を何度も歌い,自分のレパートリーにしていった。そんなある日,本屋に立ち寄った時,ふと絵本のコーナーに目をやった。そこで私の視線はくぎづけになった。えっ,“ぞうれっしゃ”って,絵本になってるの?  本当はあべこべだった。まず絵本があり,それをもとにして,合唱構成が作り上げられたのだった。私はもちろん絵本を買い,何度も読

【襟裳の森の物語】第九夜

〔再演決定!〕 「なんかそっちで,ずるい話してないか? 高学年のことも考えてくれや」  私は待っていましたと,高学年の席に移り,今決まった話をした。高学年の先生方は私が話し終えるや, 「もちろん,高学年も考えてくれてるんだろ。なにをしてくれるんだ?」 と言われる。先生方は,にやにやしながら私の話を待つ。  私は,ゆっくりと話し始めた。 「環境問題とも関わるのですが,合唱組曲の“襟裳の森の物語”に取り

【襟裳の森の物語】第十夜

〔声のカルテ〕  新年度が始まった。私が音楽の時間にまずしたことは,子どもたち全員が校歌をしっかりと歌うことができるようにすることだった。  子どもたちには校歌というものが特別な存在であり,この学校に所属したものでなければ歌うことが難しいこと,校歌の中には音楽的に難しい部分があり,これに挑戦することなくして歌の上達ははかることが難しいこと,NHKの番組に応募して,自分たちが校歌を歌うところをテレビ放

【襟裳の森の物語】第十一夜

〔総合の学習で〜高学年合唱〕  小学校三年生以上には,【総合的な学習の時間】というものがある。これは,文部科学省のページにおいて,以下のように説明されているようなものだ。すなわち,   総合的な学習の時間は、変化の激しい社会に対応して、自ら課題を見付け、自ら学び、   自ら考え、主体的に判断し、よりよく問題を解決する資質や能力を育てることなどを   ねらいとすることから、思考力・判断力・表現力等が求

【ぞうれっしゃがやってきた!③】

 ゾウ達は東山動物園のマスコット的存在になっていった。子どもたちの人気者になったのだ。戦時の鬱屈した空気を和らげる働きを,ゾウ達は担ってくれたのだった。しかし戦況はどんどん悪化し,食べ物を手に入れることができなくなっていった。 「ゾウに餌を」 と町中を懇願して廻っても, 「今は人間様が食うのが大事だ」 と,とり合ってもらえない。そんな中,動物園には最悪の命令が下されてしまった。 ドウブツヲコロセ  

私が作・編曲に取り組む理由 その4

 講師が用意していたのは,『きらきらぼし』の楽譜だった。小学校2年生からクラリネットの演奏に親しんできた私は,途端に元気を取り戻した。現金なものだ。  私はリコーダーを選択し,譜読みをし,練習をした。1時間目にはとても優秀に見えた周囲の教師たちだったが,2時間目には私と同じ存在と思えた。その実は違ったのだが,1時間目とのギャップに興奮していた私は,彼らの凄さを完全に見落としていたのだ。  30分ほど

【襟裳の森の物語】第十二夜〔強烈な出会い〜高学年合唱〕

 私は『襟裳の森の物語』序章を歌ったのだ。しかも,前後を逆にして。その効果は絶大だった。歌い終わった私が何も説明しないうちから,子どもたちは私に殺到し, 「先生,なんという名前の歌ですか?」 「楽譜は?」 「カッコイイです!」 などなどと口々に叫んでいた。  私は子どもたちを座らせて,合唱組曲についての説明を始めた。子どもたちは息を呑み,私を食い入るように見つめていた。私がひと通り説明を終わらせた時

【ぞうれっしゃがやってきた!④】

 しばらくして動物園は,軍の兵糧庫とされた。殺処分の進んだ動物園は,だだっ広かった。そこにまとまった食料が運び込まれたのだ。飼育係達は軍の目を盗んで,フスマなどを持ち出し,ゾウに与えていた。なお,盗まれていることを軍の責任者も承知で見て見ぬふりをしたり,わざと食料をゾウの檻のそばに置き忘れさせたりしたという。  これらの努力で生き続けていたゾウ達だったが,終戦の前年,「キーコ」は死んだ。終戦の年には

読んでよかったストーリー

森田 友里
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過敏性腸症候群 3回目

2011年から  S県から帰ってきた私は荒れていました。  そして翌年の2011年3月。私は電車の中にいました。  母は職場にいながら、私のことを心配していました。  テレビは連日、東北の状況を放送していました。  どうしてこの時、東北に行かなかったのか。  母に、「私の子供なら行ってほしかった」としみじみ言われて  内心「お腹のことが心配過ぎて無理なんだ」と思ってました。    そして同年10月、
森田 友里
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語学留学 3回目

発音練習  ビギナークラスの私。  発音練習も、大変でした。  発音は英語で「PRONUNCIATION」です。  「L」と、「R」の難しさたるや!  巻き舌が出来る人は、多分ラクに出来ると思います!  巻き舌が出来る日本人は、ぜひFirst Englishへ!  上達すること間違いなしだと思います。  R、R、R!!  ~ゥウルルァア! …という感じの発音に聞こえました。  ふざけてません、ほんと
森田 友里
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語学留学 2回目

一週間留学  1weekだけの短い期間で、私はたくさんの人と出会い、  お話することが出来ました。  私は、働いているわけではないので、家に一人でいることが多いです。  そんな私の人生の中で、この留学で出会ったたくさんの人たちとの  ささやかなおしゃべりは、とても有意義な時間でした。  たとえば、同じ部屋になったルームメイトのGさん。  この方は、先輩で、経営者で、母親のように沢山の事をおっしゃって
森田 友里
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語学留学

マクタン島、FIRST ENGLISH GLOBAL COLLEGE  おはようございます。語学留学のことを書きます。  私は2/8(日)~2/14(土)までフィリピンのセブの南にある、2つの橋で繋がった、  マクタン島というところの、  First English Global Collegeという語学学校でお世話になりました。  そこは、キレイで活気のある学校です。  スタッフの方も生き生きとさ
森田 友里
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過敏性腸症候群 第2回

編入学と卒業、それから入学と退学の繰り返し  全日制の高校を辞めてからすぐ、  通信制の高校に編入学して、なんとか卒業できました。  通えた理由は、「分校」での月2,3回の授業と、  「キャンパス」での週1回だけの集まりに出席するだけだったからです。  この病気になってから、こういう形態の授業内容に  どれだけ救われたかわかりません。  また、信じられませんが、  私の実家の、同じマンションに住み、
森田 友里
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過敏性腸症候群

今もなお心の中にある恐怖  皆さんは、過敏性腸症候群(IBS)という病気をご存知ですか?  過敏性腸症候群は、ストレスや不安や恐怖を感じると、腹部が痛み出す・ガスが溜まって苦しくなる・お腹を下す等が突然起こる病気です。腸や血液の検査をしても、何の異常も見られないことも特徴です。→http://medical.yahoo.co.jp/katei/160303000/?disid=160303000←
華 はな
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1

小学校教員が安定した職を捨て、家族を日本に残し、発展開発国に単身赴任した話(5)

教師をやめて私に何ができる? 問い続けていた私に転機が訪れたのは、 チャーリーさんの投資クラブに入って4ヶ月目。 当時(今もあるかしら)香港・珠海・マカオツアー というのが開催されていて、 私はそれに参加することにしました。 それぞれの国について知ることができ、 投資セミナーに参加でき、 投資を学ぶ仲間たちに会え、 そして何よりチャーリーさんに会えるという、 北海道の片隅にいて セミナー等にもなかな
華 はな
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小学校教員が安定した職を捨て、家族を日本に残し、発展開発国に単身赴任した話(4)

教員を辞めたい!でも私に何ができる? 辞めたい!となったらもう我慢がきかない私。 でも、公立小学校教員という狭い世界しか知らない私が 教員を辞めたところで一体何ができるだろう? と考えました。 そこで私はネットを駆使して、 ありとあらゆる情報教材を探すことにしました。 望月俊孝さんの宝地図(これは今でも実践中) マツダミヒロさんの魔法の質問(今もメルマガ読んでいます) ロジャー・J・ハミルトン さん
華 はな
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小学校教員が安定した職を捨て、家族を日本に残し、発展開発国に単身赴任した話(3)

都会の学校で感じた違和感…… 娘が高校3年生になる年に 私は3校目の学校に転勤になります。 それまで田舎の小さな学校しか知らなかった私にとって、 3校目の都会の学校は未知の世界。 好奇心旺盛な私はワクワクしながら 高学年の担任を担当しました。 子どもたちは田舎も都会も同じ。 高学年になると それぞれ思春期特有の悩みをもつようになるし、 親御さんの心配事も増えていきます。 けれども、それとは別に私が感
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【教壇から見た世界】カンニングシークレットマニュアル。生徒がカンニングしたとき、僕はどう対処したか。2【通知編】

生徒は片手だけ机の中に入れている。 僕:「おかしい。。。」 その生徒は、 窓側の一番後ろの角に座っている。 オセロだったら、ぜひ欲しいところだ。 僕は机間巡視をしながら、 生徒の背後に位置し、事実確認を試みる。 当然、 生徒は僕が背後にいるのは知っているから、 警戒している。 僕が考えたのは、 「彼は机の中に携帯電話を持っている」 ということだ。 数分の間、 膠着状態。。。 テスト時間は進行している

書きかけのストーリー

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