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Ryusuke Nishi

夢は火星へ そうなった物語

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Ryusuke Nishiの人生のストーリー

夢は火星へ! 序章 大いなる夢

宇宙への夢は正にロマン。もし実現できるなら? 「宇宙へ行きたい!」が小さいころからの夢。誰もが抱く宇宙への想いですね 宇宙飛行士やロケット開発者など、色々なカタチの宇宙への切符。 しっかり学び、企業や研究を経て夢を追いかけつづける。 これが宇宙への夢を追いかける本筋だと思います。 「宇宙関連の事は未経験です」 過去も今も宇宙関連の事はしていません。 大学も日本大学で商学部、専攻は商業学科 学生時代か

小売業界に入って14年。いろいろな経験から生まれた夢が途方もなく大きなものになりました。なぜそんな夢になったのか?の物語をカタチに残したく思いこうして書かせて頂いています。

夢は火星へ 1章 夢の始まり

 ファーストドリーム 料理人になる 火星の夢に至るまでは7歳の少年が抱いた、小さな夢が始まりです。各夢はその歳相応の夢です。 しかし、どの夢も原点は7歳の夢につながっています。過去の想いが道筋となり今につながっています。 料理人になりたい 一般的な夢だけど 当時料理が大好きだった少年は フランス料理界のシェフに憧れを抱き いつか美味しい料理を皆に食べてもらえる様な 料理人になりたい そう願いをかけた

料理が好きになるまでの経緯をこのストーリーを書きながら思い出しました。

夢は火星へ 2章 夢が大きくなるまで 

セカンドドリーム 「いつか世界の食材を扱う仕事がしたい!」 高校受験時に願った夢です 私の高校時代ですが あまり学校での記憶がないんです 東京都在住にもかかわらず 山梨にある高校まで通っていました。 通学時間は往復5時間 朝5時起き、駅に向かい そして八王子を経由し高尾で河口湖行に乗り、更に1時間。 帰宅後は塾へ行き11時まで勉学に励み また朝が来る この高校生活が私の体力を極限まで高めたのは言うま

なぜ海外へ世界を視野に持ったのか。。あれだったな!そう記憶をよみがえらせていました。

夢は火星へ 最終章 夢まであと一歩 

 サードドリームを叶える 海外への想いを高める 大学時代は日本各地を自転車で旅したり ヨーロッパ一周旅行に行ったりなど 世界の広さを体感 将来は日本ではなくグローバルに関われる仕事がしたい そう願った 現実は酷だった 大学では商学を学び 学問を活かせる職場とサードドリームである海外に関わる就職先を考えた しかし、英語など語学系はさっぱりできない自分に 海外でのフィールドは閉ざされている それが現実だ

現在進行形のストーリーでノンフィクションです。自身の記録として書き始めたストーリーですがここまでが今です。さあ夢は叶うのか!?

小さな命を失った日

 この物語は若くして命の決断をした心痛い物語です。 ※今妊娠中という方は読まれない方が良いです。この物語はミクシィというソーシャル・ネットワーキング サービスの日記から引用しています。  家族を持った 結婚したのは24歳。2008年に結婚しました。 そして翌年の1月1日に長男が誕生 妻は1つ年上なので若い家族という感じです。 共働きでしたが妻が妊娠し、出産と同時に産休へ そのまま妻は退職 稼ぎは良い

妊娠中の人は読まないでください。妻にも秘話としているノンフィクションです。今は時効ですが当時は口が裂けても話せない内容でした。

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