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Chieno Yoshikawa

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Chieno Yoshikawaの人生のストーリー

読んでよかったストーリー

神崎 晃
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【広島1】原爆ドームになったおばあちゃん。

むかし、太陽は、ふたつあった。 1945年8月6日の朝8時15分。 おばあちゃんの上に、太陽が落ちた。 おばあちゃんは『広島県産業奨励館』で働いていた。日本で初めてバームクーヘンを作った場所だ。 おばあちゃんはドイツ人とのハーフで、広島市にいたドイツ人たちとも会話ができた。 それで私のお母さんを育てながら、ずっと『広島県産業奨励館』で働いていた。 1945年の8月6日も、おばあちゃんはいつも通り出勤
Handa Naoto
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「お腹の子は、無脳児でした。」~葛藤と感動に包まれた5日間の記録~

「大事な話があるから、 電話に出られるようにしておいてね。」と、 妻のはなちゃんからLINEが入った。 昼休み。丁度、店内でチキンクリスプの包み紙を開けるところだった。 「そうかあ、本当にだめだったのか。」と心の中で深くため息をついた。 確かに、はなちゃんは病院に行く前から気にしていた。 「もうちょっとお腹大きくなってもいいころなのに。 ちゃんと育っているか心配。」 1か月くらい前から、何度かそう話
高原 響
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マタニティマークの話。

マタニティマークをつけていると、いろんなドラマがある。 私が十月十日の妊婦生活の中で印象に残った、あるオジサマの話をしたい。 いまお腹にいる子どもが大きくなったときに 「あなたはこんな人にも守ってもらってたんだよ」 と伝えたいから、書き残しておこうと思う。 自分がなってみて初めて分かったけど、妊婦は本当に身体がしんどいことが多い。 個人差があるけど、多くの人が 初期はつわりでツライし、 安定期を越え
おの みゆき
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ネガティブな感情が実はとてつもなくメリットになっていた私

「ねばならない」 これが幼いときからの私にまとわりついていた言葉でした。 正義感の塊で、少しの不正も許せない。 もちろん自分も、他人も。どんな人であっても。 幼い頃の私の話しから始まります。 もしかしたらそうではないのかもしれませんが、 私は、学校生活というものに あまり良い思い出がないように思います。 小学校から中学校まで 遠足もお弁当を一緒に食べてくれる友人を いつもギリギリまで探さなくてはなり
石山 城
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「今の自分は48歳のうんこ。高校時代は18歳のうんこ。」→(中高生・若者に贈る言葉)

このストーリーは、STORYS.JP の進学ゼミ(だっけ?)のキャンペーンで、学生さん向けに書いたものです。 - - - タイトルにあるように、ボクは今48歳です。 このストーリーを見ている中高生の皆さんからみたら、お父さん世代、いや、もしかするとお父さんお母さんよりも年上なのかも知れませんね。 『で、大人のくせになんでうんこなんて言ってんの?コイツ』って思ったでしょ? 編集 そう、ボクが言いたいの
菱沼 真
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IT企業が総出で本気で、一人の女性の誕生日を祝ったらこうなった

これは付き合って2年を迎えた毅と舞香のお話です。 毅が舞香の誕生日に合わせて企画した沖縄ツアー。その一部始終をまとめたものです。 ーーーーーーーーーー 2年前、腐れ縁だった友人の紹介で知り合った舞香。 早いもので彼女との付き合いは2年を超えた。 10月11日の彼女の22歳の誕生日。 毅は自分が持っているパフォーマンスをフルに使って、今までにないサプライズをしたいなと考えました。 題して、 「Surp
Nose Hiroyo
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27歳の“インターネットおばあちゃん”が顔も名前もわからない人を探しているという話 ①

WANTED!!! 私は今ある人たちを探しています。 「 ねここた 」さんと「 タムタム 」さんという方です。 16年前、ポケモンやWC/J2というサービスを通じて知り合いました。 当時私は「 おさかな 」というHN(ハンドルネーム)でした。 このお二人に私は是非とも御礼が言いたいのですが、疎遠になってしまって連絡先が分かりません。お心当たりの方、是非ご連絡ください。 何故今この2人に御礼を言いた
Kuchiki Seiichiro
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いつかなにもわからなくなるとして

こんにちは。医学生兼ライターの朽木( @amanojerk )です。 ライターとしてのお仕事の傍ら、医学生として、外来や病棟で触れた医療の様々についてお話ししています。 今回は「最後まで残る言葉」について。 ※個人情報への配慮 これは特定の患者さんを話題にするものではありません。場所・時間、患者さんの病名・病歴など、すべてに僕が経験したことをゆるやかに織り交ぜ、一部にフィクションを加えています。ご了
富田 誠
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IBMで一番びっくりしたこと

以前の職場で「一番」ではないかもしれず、面白い話かどうか私には明言できませんが、以下書いてみます。 私が一人前の営業として活動できるようになったのは、1990年の入社後、丸三年ほど経過した後でした。1993年からということになります。その頃は製造業の中でも装置産業と言われる、石油、化学、鉄鋼、紙パルプ・ガラス・ゴム・セメントといった重厚長大産業を担当する部門に所属していました。 地味な業界で一見斜陽
堀 正斉
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4

少しずつ、少しずつ。

会社員になってから 「このままじゃやばい」 と思っていろんなところに出かけてみた。 セミナー、イベント、読書会、勉強会、食事会etc… 読書もした。会社の飲み会をほぼすべて断り、ひたすら本を読んだ(しかも自己啓発本ばっか) そうすると、少しずつではあるが、変化が現れるようになった。 ここ1年くらいで、本を出している人とか、テレビに出ているような人とか、web界隈での有名人とかとつながりを持てるように

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