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清水 嘉一

北海道在住の旅する投資家。
小4の時から株オタク。
愛読書は会社四季報。
もっとわかりやすく!が人生のテーマ。
目標は歌って踊れる株主。
北海道余市町在住の41歳。
(2016年7月8日現在)

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清水 嘉一の人生のストーリー

小4の時に株オタクになった少年のその後の物語 【第1話】

きっかけは引っ越しから 小学校4年生の時、 私は引っ越しと転校を経験した。 生まれ育ったのは北海道余市郡仁木町銀山地区。 福祉関係の団体職員だった父と母、そして弟。 (母は結婚してから専業主婦だった) のどかな田舎暮らし。 この頃はとりとめて書く話題も特にない。 仁木町は出身地として登場するのみである。 そんな私が引っ越しする事になったのは、 私や弟の教育を考えての事だったと聞いている。 自然環境は

基礎力が大切、継続は力なり、人生はいつも「きっかけ」から、の物語です。

小4の時に株オタクになった少年のその後の物語 【第2話】

インターネットはまだ無かった ある日、小4の少年(私)が家に帰ると、 居間で祖母が新聞を読みながらラジオを聞いていた。 聞いていたのはNHKのラジオ株式市況。 現在も夕方5時から放送されている番組で、 その日の個別企業の株価を順に読み上げて行く、 という内容。 当時はまだインターネットが無かった時代。 株(株価)の情報を手に入れるためには、 「新聞」 「ラジオ」 「電話」 といったあたりしか手段はな

インターネットが生まれる前からオタクだとこうなる、というお話です。

小4の時に株オタクになった少年のその後の物語 【第3話】

夢中になる、ということ 小4の時に「株」の世界を知り、 上場企業の名前をほぼ全て覚えきった10歳の夏… (ちなみに1000社以上ありました) 幼少期に夢中になると、そのパワーは計り知れない。 これは歳を重ねた今だからこそ言えるのだと思う。 毎日毎日繰り返し新聞を見ながらラジオを聞く。 これが興味を持った状態で習慣化する事で、 結果的には確実に脳に記憶されていく事となる。 当時は覚える事がとにかく楽し

「知る」ことと「水平思考」を深めていく過程についてのお話です。

小4の時に株オタクになった少年のその後の物語 【第4話】

「知る」事の大切さ 会社四季報を手に入れた少年(私)は、 少しづつ、「知らない」を「知る」へと変えていく。 例えば、 大手ゼネコン(建設会社)といえば、 大成建設 大林組 清水建設 鹿島建設 竹中工務店(非上場) の5社だが、他にも、 前田建設 佐田建設 植木組 奥村組 西松建設 など多くの上場企業がある。 建設のカテゴリにはこの他に、 積水ハウス パナホーム 日本道路 協和エクシオ 千代田化工建設

小4の時に株オタクになった少年のその後の物語 【第5話】

大切なことは全て上場企業が教えてくれた 小4の時に株オタクになった少年(私)は、 高校3年生になり、大学受験を控える時期。 数学と理科が苦手だったので、 必然的に文系を志すこととなり、 社会科は「政治経済」を選択。 そして初めて挑戦した全国模試。 結果は、 国語 48 英語 45 政治経済  82 (偏差値です) 今でもそうなのだが、 単純に「暗記」の勝負になると勝てなくて、 学生時代の学力考査はあ

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