STORYS.JP

小林 佳徳

2014/8/20 STORYS.JP書籍化第3弾 http://ow.ly/ALYBF
http://xbeeing.com/

★すべての発言は個人的な見解であり、所属する団体とは無関係です★

スーパーカー、特ににランボルギーニが好きです。
国産ではHONDA(NSX、S2

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小林 佳徳の人生のストーリー

社長が逮捕されて上場廃止になっても会社はつぶれず、意志は継続するという話(1)

※諸説、色々あると思いますが、1平社員の目から見たお話として御覧ください。 ( 2014/8/20 宝島社より書籍化されました!ありがとうございます ) それはテレビの中の出来事ではなかった・・・ あれは、2006年1月。当時、六本木ヒルズの38Fにて、携帯サイト(今で言うガラケー)のWebディレクターをやっていたときだった。自分の年齢は33歳だった。 いつもどおりにお昼を食べ終わった15時くらいだ

社長が逮捕されて上場廃止になっても会社はつぶれず、意志は継続するという話(2)

去っていくナショナルクライアント 強制捜査が入った翌日も、何事もなかったように出社した。淡々といつもの仕事についてる人が多かったように思う。 担当しているのはインターネットサイト。24時間365日無休のビジネス。止める訳にはいかない。 そんな中、最初に事件が起きたということを実感したのは、会社のイメージダウンによるお客様への影響だった。 今ほどアドテクノロジーが進化していない当時、ポータルサイトの主

社長が逮捕されて上場廃止になっても会社はつぶれず、意志は継続するという話(3)

去りゆく社員、残る社員、そして入社してくる社員 事件前の頃にはマスコミに取り上げられることも多くなったせいか、毎月毎月、入社する社員数がうなぎのぼりに増えていっていった。 入社のタイミングは、普通の会社であれば毎月1日、とか決まっているのだが、それでは追いつかないので、その都度その都度、入社してくる状況だった。 事件後は、「みんなどんどん退職して、社員数は半分以下になったんじゃないのか?」、みたいな

社長が逮捕されて上場廃止になっても会社はつぶれず、意志は継続するという話(4)

なにはともあれ、社員採用だ 復帰して最初に取り組んだのは、いわゆる人事業務における、『 中途採用 』面の立て直しだ。 いや、立て直し、というよりは、 0からの構築 という方が近いかもしれない。 当時、新卒採用の前例はなかったし、何年後かの春の入社まで待っている余裕もなく、社内での育成の実績もなかったので新卒は一旦あきらめ、中途採用を行うことにした。 一般的な企業の中途社員の採用方法としては 自社We

社長が逮捕されて上場廃止になっても会社はつぶれず、意志は継続するという話(5)

ホリエモンとたった一度の会話 ちょっとここで寄り道。 そもそも私が堀江氏を知ったのは、(今はもう休刊してしまった)「 月刊ASCII 」という由緒正しいパソコン雑誌の中で、なんとなく目に止まった、とあるインタビュー記事で見かけたことがきっかけである。まだlivedoorになる前の、オン・ザ・エッヂの時代だ。 印象的な作風で、その後、映画まで制作するようになるCGクリエイター「 新海誠 」についてや、

社長が逮捕されて上場廃止になっても会社はつぶれず、意志は継続するという話(6)

「再出発」 そして「再構築」 採用の話を少し書いたが、前向きな話ばかりではない。 そう、リストラだ。 リストラとは、そもそもの意味は「 リストラクチャー=再構築 」からきているのだが、世間では単なる「 首切り 」としての意味合いが強いように感じる。 何が起きてもおかしくはない状況だっただけに、知らされた時には、「自分の会社がリストラをやるのか・・・」と、あまり強いショックを記憶はなく、もしかすると漫

社長が逮捕されて上場廃止になっても会社はつぶれず、意志は継続するという話(7)

彗星のごとく現れた小僧という名の大人 事件後、自分にとって大きな影響を与えたのは、 平松庚三 氏との出会いである。 ホリエモン (事件直後)私に何かあったときには、その時は、会社のこと、みんなのこと、よろしくおねがいします。 平松氏 (・・・・) ホリエモン (次の予定があり、そのまま退室・・・) 事件後、こんなやりとりがあったらしい。 ボクがライブドアの社長になった理由 (ソフトバンクビジネス)

社長が逮捕されて上場廃止になっても会社はつぶれず、意志は継続するという話(8)

メジャーになれなかった新規事業たち 事件後しばらくして、新規サービスを立ち上げていこうという機運が高まり、社内コンペなども活発に行われた時期があった。 なにしろ、社内にディレクター、エンジニア、デザイナー、マークアッパー(HTML、JSコーダー)と揃っているのでちょっと集まって手を動かせば、さくっとネットサービスを作ることができる環境がゴロゴロしており、 短期間で次々と 立ち上がった。 いくつかご紹

社長が逮捕されて上場廃止になっても会社はつぶれず、意志は継続するという話(9)

これからWebの時代だっていうのに紙メディアという編集長との出会い 東京IT新聞 というメディアをご存知だろうか。 その名前の通り、主に都内IT企業向けに配布されているフリーペーパーで、ちょうど事件後頃に創刊して、当時、井上さんという編集長とたまたま出会った。 とても面白い方で、事件のことなど関係なく、まだ誌面に空きがあるので広告とさらに連載枠をいただいた。(交渉して1枠定価25000円のところを先

社長が逮捕されて上場廃止になっても会社はつぶれず、意志は継続するという話(10)

そして六本木から、次なる地へ 一番の理由は分からないが、六本木ヒルズから移転をすることを急遽知らされた。 まず、ヒルズへの移転当時、まだ全フロアが埋まっていなかったためか、多少値引きされて坪単価が確か4万円/月くらいで、 毎月1000万円くらいの家賃 を処理していた(事件後は自分が請求書処理担当だった) 高いと思うかもしれないが、近くのマンション(レジデンス)が200万/月の家賃の部屋もあるというの

社長が逮捕されて上場廃止になっても会社はつぶれず、意志は継続するという話(最終回)

体質改善を追求し、黒字化へ邁進 赤坂へ移転後も引き続き、不採算事業を1つずつ見直し、注力する部分には選択と集中を図った。 livedoorメールにGmail採用 「黒字化へ最後の一押し」 今でこそ、オリジナルフリーメールアドレス事業を継続しているところは少ないと思うが、2007年7月時点で潔くlivedoorメールサービスをGmailへ転換した。得意なところに、得意なことは任せる、という話だ。 何で

ピンチ!日本企業。10年前のライブドアから学ぶ、今の我々に足りない働き方とは(1)

きっと、就活生にも、社会人にもある、「働く」ことに対する日々の迷い ※去年、こちらで書いたストーリーが意外に好評だったので、もう少し当時を振り返り、もっと伝えたいこと、そしてこれからに少しでも役立ちそうなことを書こうと思いました。 -------------------------------------------------------------------------------------

ピンチ!日本企業。10年前のライブドアから学ぶ、今の我々に足りない働き方とは(2)

ユーザーファースト?経営者ファースト? 「顧客目線を持って仕事せよ!」 近頃、よく耳にするが、ではいったい誰の声を聞けばいいのだろうか? 最近、10年目を迎えたご存知livedoorblog livedoor Blog 10th Anniversary - おかげさまでライブドアブログは今年で10周年 当時、ホリエモンもせっせと更新していたのだが、ある時、記事を投稿しようとしたらサーバが重すぎたのか

ピンチ!日本企業。10年前のライブドアから学ぶ、今の我々に足りない働き方とは(3)

世界の半分は女性で出来ているということ 日経ビジネスで 女性昇進バブル という連載が始まるくらい、企業における” 女性登用 ”、” 女性活用 ”が、昨今、強く叫ばれている。 しかし、逆に考えれば、「あえて叫ばないと進まないということ」を裏付けてもいる。 なぜ進まないのか? 一番の理由はやはり産休や育休による業務への影響が大きいのではないか。 2003年のある日、妊娠がわかったひとりの女性社員がいた(

ピンチ!日本企業。10年前のライブドアから学ぶ、今の我々に足りない働き方とは(4)

できない理由を考えない、超強行軍社員旅行とは 「若者の車離れ」「若者の飲酒離れ」と、「若者の○○離れ」シリーズに事欠かないわけだが、「若者の社員旅行離れ」もあるのではないかと思う。 ましてや社員数が100人を超えてからの全社行事ともなれば、イケイケドンドンのIPOしたばかりのベンチャー企業でも、そうやすやすとは実施できないだろう。 振り返って、私が知る限り、livedoorでは、社員旅行として 海外

ピンチ!日本企業。10年前のライブドアから学ぶ、今の我々に足りない働き方とは(5)

もっとも使っている仕事道具に、日々、どれくらいこだわっていますか? 「通勤カバン」「スケジュール手帳」「名刺ケース」・・・仕事に使うものは多くの人は自分で買って用意すると思う。しかし、毎日、一番使うのに自分で用意せず、会社が用意してくれるもの。 それは、、、 ”パソコン” 私がlivedoorへの入社が決まり、手続きなどの連絡を受けていた時の話である。 わたし 他には入社時に何か必要な持ち物はありま

ピンチ!日本企業。10年前のライブドアから学ぶ、今の我々に足りない働き方とは(6)

インスパイア?オマージュ?いいえ、パクリです。 「パクリ」という言葉がある。「 他人のアイデアや企画をそのまま取ってきて、楽をして美味しい思いをすること 」というネガティブワードであり、誰でも知っている言葉の1つだろう。 当時、livedoorのパクって作られた?と噂されているサービスを振り返ってみた。 1.livedoorフレパ 2005年1月サービス開始(最初はlivedoorフレンドパークとい

ピンチ!日本企業。10年前のライブドアから学ぶ、今の我々に足りない働き方とは(7)

歪みきってしまった「シューカツ」という世界 「ブラック企業問題・・・」「内定が取れずに自殺・・・」「東大生がWebテストを替え玉受験・・・」「保護者が就職説明会に参加・・・」 いつから”就職活動”とは、こんな世界になってしまったのだろうか。。。 学歴を重視し、エントリーシートにWebテスト。SPIテストにグループディスカッション。複雑化し続ける選考フローと、多大なコストをかけて行われる新卒採用。果た

ピンチ!日本企業。10年前のライブドアから学ぶ、今の我々に足りない働き方とは(8)

「国産」という神話の崩壊 自分がまだ小学生だった時代。 1日でも早く運転免許を取って車を運転することが夢だったあの時代。 いわゆる「ベンツ」や「BMW」は、 『ガイシャ』 と呼ばれ特別扱いされていて乗っている人も少なく、日産、トヨタ、ホンダ車こそが、自分の生活においてそれらが 「車」 を象徴していた。 実際、80年代、頭文字Dで有名になったスプリンタートレノ(通称ハチロク)や、セリカ、シルビア、CR

クルマ好きのオッサンなので、あえて車ネタを入れてみた。若者には受けが悪いだろうが後悔はしていない

ピンチ!日本企業。10年前のライブドアから学ぶ、今の我々に足りない働き方とは(9)

Webディレクターって美味しいの? みなさんは、”Webディレクター”という仕事について何を想像するだろうか? 「ディレクターって、TV局の人の職業でしょ?それと似た感じなんじゃないの?」 自分でその仕事をやるようになるまで、私もその程度の認識だった。 一般的にWebサイトやネットサービスを開発するにあたり、当時のライブドアでは主に ★Webディレクター ★Webエンジニア ★Webデザイナー が基

大企業からベンチャーまで、全て正社員で8回転職して「今」わかったこと

年収アップ目的での転職ならば、しないほうがいい 恐らく、このSTORYをクリックした人が一番興味を持ちそうなネタから。 年収は働く上での大きなポイントの1つではあるが、では実際に転職したらどうなるのか? 超個人的な自分の例を一例としてみてみると、あまり年収はあがらなかったと言える( もちろん、時代、その時の年齢、職種など様々な条件はある上で ) 1社目→2社目  ○アップ (新卒1年目だったから1社

ちなみに、こんな本もあり、上には上がいると思うのであった。

■僕はこうやって11回転職に成功した [単行本]
http://www.amazon.co.jp/dp/416358580X/ 

ピンチ!日本企業。10年前のライブドアから学ぶ、今の我々に足りない働き方とは(10)

株式100分割、覚えていますか? より正確にはもっともっと分割していたのだが。 当時は 「錬金術だ!」「反則技だ!」 とマスコミにひどく騒がれたが、本当に ”不当に株価をつり上げること” が目的だったのだろうか? 私自身、株には全然興味がなく、株を購入したことすらないのだが、特段、不当に株価を上昇させているとは思っていなかったし、その後のソーシャルゲームやSNS関連の株価の上昇と比べても、特段、異常

SNSもブログもまだない2002年に、PHSでメルマガを配信しながらマニュアル車で海岸線を日本一周した話

あえてプー太郎になり、便利な日常と縁を切ることで新しい何かを見つける旅へ 2002年のある、29歳の誕生日に・・・ わたし (来年はもう30代か、、、) わたし (・・・そうだ!日本一周しよう!) 誰でもやろうと思ったらやれるのに、 意外と誰もやってないこと 。そんなトライをしたくなった。 「 そういえば、日本人として日本に生まれたのに、まだ知らない日本の土地がたくさんあるな。。世界も見てみたいけど

ピンチ!日本企業。10年前のライブドアから学ぶ、今の我々に足りない働き方とは(11)

2003年12月24日 歓楽街で僕らは 私 (てくてく λ.......) お兄さーん、ちょっと寄ってかなーい! 私 (・・・そうか、今日はイブか・・・) クリスマスイブの深夜。 自分はエンジニア( ♂)と二人 で 都内の歓楽街 を抜けてある場所へ向かっていた。トナカイのコスプレをしたオネエチャンにポン引きされたのを全力でスルーしたのを今でも思い出す。 ※確かこんな感じ。 向かっていた先は、 「デー

ピンチ!日本企業。10年前のライブドアから学ぶ、今の我々に足りない働き方とは(12)

色々なサービスがありました・・・ 石橋を叩いて渡るどころか、 橋があるかどうかも確認せずに突進してきた ライブドア。 1の成功 の裏には 100の失敗 がある。 ということで、「え、そんなサービスもやってたんだ?」、というWikipediaにも載ってなさそうなのを思い出してみた。 ■インスタントメッセンジャー「YABUMI」 そもそもインスタントメッセンジャー(IM)という呼び名すら、あまり聞かなく

ピンチ!日本企業。10年前のライブドアから学ぶ、今の我々に足りない働き方とは(最終回)

「今までどおりにやる」ことに対して反抗していた10年前の俺 2005年の夏頃、 日経新聞の全国版1面に実名(小林 佳徳) で出た。 知人の旦那様が日経の社員だったということで、当時、インタビューを快諾。 ただ、マスコミは時に、 「あることないこと」どころか「ないことないこと」 書かれても文句も言えず、世間に出てしまえば取り返しはつかないことも多いというが、その リスクも覚悟の上の実名でのアピール を

生後3ヶ月から親元で暮らせない子どもたちが、こんなにもたくさんいるという日本の現実に目を向けて、実際に行動を起こした話

新規事業を起ち上げた社長のセミナーを会社でやるというので参加してみたら全然違った 会場では林さんという、自分と同い年の女性社長が 元気に 講演されていた。 ≪林恵子氏プロフィール≫ NPO法人ブリッジフォースマイル理事長。津田塾大学卒業後、株式会社パソナに入社。副社長秘書、営業、面接、契約管理、人事などを担当。二児を出産後、子育てと仕事を両立させながら、MBA留学を目指して参加した英語研修を通じて児

児童養護施設出身者との出会い

読書感想文が何より嫌いだった自分が、アラフォーになって出版をすることになった話

いつまでもあると思うな親と金、ないと思うな運と災難 40歳のとある冬の日のできごとでした。 STORYS.JPの中の人 小林様のストーリーに関しまして、ある出版社より書籍化の要望が来ております。もし興味がありましたらご連絡ください いつものように仕事でクタクタになって帰宅したあと、これまたいつものようにメールボックスを開くと 見慣れない人からメール が届いていた。 「え?」 「え?」 「え?」 出版

自分で本を出してみてわかった、現代の出版ビジネスの限界~とあるデジタルマーケッターによる分析~

※これは出版社や書店に対する否定ではなく、そもそもこれから 出版というビジネスがどうなっていくべきか を考えていく材料の1つになればと思い書きました。また、より具体的には出版の中でも「 書店販売 」という部分について勝手に分析しました。 ちなみに2014年現在、全国に書店数は 14000店舗 ほどあるらしいですが1999年には22000店舗たったようです。かなりの減少ですね。それにも関わらず、印刷さ

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嫌いだった自分探しの旅 第4話 社会人になって

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原田 正文
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居酒屋のキャッチからグリーへ転職。わずか1年で年商50億の事業責任者になって思ったこと-フリーター編-

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【娼婦の少女がみた青い空】父宛に贈られてきた娼婦の少女の物語・父の想い出②

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