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白井 結衣

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白井 結衣の人生のストーリー

自分は何が向いてるのか、何がやりたいのかをわからなくて模索している自分。

今まで販売職、事務、CADオペ、配達員(宅配業者ではない)・・色々やって思ったのは、失業した時に感じた無力感・・結局自分は何に向いてるか、何がやりたいのかサッパリわからなくなってた・・今思うと精神的に参ってたのでしょうね。鬱とまではいかないけど、鬱になりかけてたのではないでしょうか・・とにかく、働くのが嫌になってた・・思い切って休憩したかったけど、当時は親と暮らしてたものの、生活をかけて働いてたので

5年間続けてきたデーター入力の仕事を辞めた理由。

当時の私は週3日の仕事を探していました。 家からも近くて車通勤が出来て・・そして、見つけたのが木・金・土の仕事・・土曜日はなるべく休まないように・・しかも残業があります・・そんな仕事でした。本当は土日祝や休みがよかったけど、贅沢も言ってられないので決めました。 ところが、リーマンショックの影響で不況になり、仕事が減って週1、土曜日の午後からみの仕事になってしまいました・・仕事は順調に増えて来たのに相

Webデザインを学び始めたキッカケ

まだCSSが無かった頃、自分のペットのホームページを作るのが流行ってました。私もホームページ作成ソフトを使って色々作ってました。最近はCSSが主流で、昔のようなホームページでは恥ずかしい・・でも、CSSはさすがに敷居が高くて素人では上手く出来ません・・何度かテンプレートを用いて作りましたが、デザインが崩れたりして大変でした。その後ブログが主流となり、個人のホームページは消えて行った・・でも、あのキレ

読んでよかったストーリー

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5年でハイリスク妊娠、中絶、離婚、再婚、出産を経験した私が伝えたい4つの事・前篇

 学生時代から、自分の周りや雑誌、ネットなどで、「中絶」の話を見たり聞いたりするたびに、不快な気持ちになっていた。  同じ女性として、軽蔑さえしていた。  まさか自分が 当事者 になるなんて、思いもよらなかった……。  この話は、 胎盤が1つにつながった三つ子 を自然妊娠し、 NICUが足りない こと等を理由に複数の病院から受入を拒否され、最終的に中絶を選んだ私が、その経緯、その後自分の身に起こった
花岡 めうみ
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フツーの主婦がサラリーマンの旦那を日本に置いて、マレーシアのジョホールバルに移住して起業してしまった話

花岡めうみです。 私は、 6歳と4歳の娘のママ で、 現在35歳 です。 見た目はどこにでもいる フツーの主婦ですが、 実は2012年の夏から 普通とは違う ユニークな人生 を歩んでいます。 ▼ユニークな人生!? サラリーマンの旦那を日本に残して 、 子どもの将来の為、 教育の為に、 シンガポールのすぐお隣の マレーシアの最南端、 ジョホールバル へ 『 親子で海外留学 』 を実現してしまったのです
Bana Choco
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なぜか見ず知らずの欧米系ハーフ美女と一つ屋根の下二人で生活することに(現在進行形)1

2013年11月3日にフィリピンに到着し、マニラから夜行バスでバギオに来た。 フィリピン到着前、以前現地に滞在していた時に知り合ったフィリピン人女性複数に家に泊めてもらえないか連絡、フィリピン人は他人を家に招き入れることに対して抵抗があまりないため誰か泊めてくれるだろうと腹をくくっていた。この倫理観の無さが今回奇跡的な状況を生み出した。 連絡した女性の内の一人Aが、私の家には泊まれないが友人Lの家に
平城 寿
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就職嫌いのITエンジニアが、2度目の独立で成功できた理由とは?

今回は、私が2度目の独立で一定の成功を収めることができた理由について書いています。独立を迷っている方に読んで頂きたいですね。 それでは、スタートです! ーーーーーーーーーーーーーー 私は今までに2度、独立している。 一度目は23歳の時。 二度目は29歳の時。 一度目の独立においては、さほど大きな成功は得られなかったが、 二度目の独立においては、自分で予想もしていなかったほど、 爆発的な成功を得ること
畠山 友一
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12年半のサラリーマン人生から起業してみて

起業して1ヶ月が経ちました。 まだ1円も売り上げてない状況なので、起業や社長業について偉そうなことは全然言うつもりはないのですが、 自分なりに今までの12年半のサラリーマン人生との違いなんかを書き留めておこうと思います。 書いてたら全然まとまりのないものになったので、自分のための備忘録として書いておきます。何かのご縁で読んで頂く方もいるかもしれませんが、読み辛いところとかは無視してくださいませ。。。
平城 寿
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貧乏時代

大人になっていくにつれて、 実は自分の家が『貧乏』であったことを徐々に感じるようになった。 私は宮崎県の生まれだったが、一応一戸建ての持ち家に住んでおり、 クラスの中にはいわゆる『公団住宅』に住んでいる人もいたため、 さすがに医者の家庭とまでは行かなくても、クラスの平均以上の家庭だと思っていた。 しかし、よくよく分析してみると、 ・色鉛筆は手で握れなくなるまで使っている ・靴下に穴が空いたら、糸で縫
ほそかわ ひでお
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職業ではなく、生き方を探せ。

世の中の多くの人は、職業につくこと、つまり就職することが重要だと考えている。 しかし、本当にそうだろうか。 どんな有名な大企業に就職しても、自分のしたいこと、やりたいことが見つけられなければなんにもならないし、自分が生きていく意味も失ってしまうだろう。 昔、理系の優秀な大学を出て、大手企業に就職した、年長の知り合いがいた。 入社当初から社長になることをめざし、トントン拍子で出世したが、途中で人間関係
Motonaga Mitsuhiko
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日本人の才能と海外の人の才能

日本人と海外の人の大きな才能の違いは、0からアイディアを生み出す才能とサービスや商品にアレンジを加えクオリティーを上げる才能に大きな違いがあると思います。考えてみると分かりますが、電化製品、車、インターネットサービスなど100%日本初という商品はあまり思い当たりまあせん。例えば、最近騒がれたIPS細胞も元はイギリスの学者の研究を基に山中教授がアレンジした結果大きな成果を得ました。この文章から推察され
Maemura Rina
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初めての整形

私は人生で2回美容整形外科にお世話になったことがあります。 1度目は18歳の時。顔面の小さなホクロをとりました。 ホクロ除去も立派な美容整形だし、若干の罪悪感もあったため誰にも言わずに手術を決意。 ものの10分で手術は終わったのですが、途中で看護婦の人が「あっ、、」と言って、明らかに何か起こった雰囲気が漂ったことは今でも鮮明に覚えています。 麻酔が効いていたので言葉を発することができず、何が起こった
Sato Masashi
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「就職しない」と決めるまで

はじめに 「聞きたい」と付けてくれた人が多かったので書いてみます。これを付けてくれた人はこれから社会に出るような若い人達なのだろうか。そういう人の参考になれば幸いです。 それまでの歩み それまでの僕は比較的順調な人生を歩んでいたと思います。別に裕福ではない両親の元に生まれましたが、両親や姉との関係はとても良好でしたし、少し夜遊びが過ぎて日曜にも寝てばかりの父親以外には特に不満はありませんでした。 小

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